第14話悲痛の叫び
その日、朝登校すると僕の1番の親友が机に突っ伏していた。
近くでふざけていたバスケ部のがじゃれ合いの中でバランスを崩しそいつの机にぶつかっても何の反応もせずにいる。その異様な雰囲気に他のクラスメイト達も奇異の目を向けていた。
「おい」
そのままにしておくのも気が引け、鞄を置いて近くに歩み寄るとゆったりした動作でそいつは顔を上げた。
「...おう。...はよー...」
「何かあったのか?」
「なんかあったというか...これからあるというか......」
「どういう意味だ?」
「学内模試の掲示もう見たか?」
その言葉でこいつが何故この状態でいるのかおおよそ察しがつく。
学内模試。
定期的に学内で行われるオリジナルテストで科目は国語、数学、英語の3科目。
およそ2週に1度行われるミニテストのようなものだ。
生徒同士学力を常に競わせることによって切磋琢磨させるという目的で始まったこの学校特有の物であくまでその時の自分の学力を知るためだからかあまり熱心に取り組む人は中間や期末に比べ少ないように思う。
特にペナルティも『一部』を除いてない。
「まだだけど。お前また...」
僕の冷たい目線を見てか直樹はガバーッと机に突っ伏した。
やはり、またやっちまったのか...
「ご愁傷さま」
手を合わせておく。
「ちょっ、
時計を見ると後1分で予鈴が鳴る時間だ。
次の休み時間にでも掲示板見に行くかと考えつつ、自分の机に戻った。
※
学年模試の個人の成績は昨日の帰りのホームルームで配られた。
学年150人程いる中で僕の順位は42位。
凄くいいわけではないけど悪いということも無い。平均的な順位だと思う。
中学の時はとにかく上の順位になろうと寝る間も惜しんで勉強したものだが、高校生となってから毎日日付が変わる前に就寝し、休日は12時間睡眠を取るほど超健康的な生活をしているためか今はあの時より心身共に安定していると実感する。もうあの時には戻れない。平均バンザイ。
掲示今日からされているからか一限終わりの掲示板の前はそこそこの人だかりが出来ていた。
バラバラの男女の声。一つ一つのボリュームは普通なのだが同じ空間でそれぞれに発せられることで合わさりワイワイガヤガヤと耳を塞ぎたくなるほどの大合唱だ。
顔を顰めながら集団の最後方からつま先立ちで掲示されている模造紙を見る。
人の頭に邪魔されて下3分の2は隠れてしまっていた。
この中に入り込むほど人の順位に興味がある訳ではないから見えるとこだけでいいか。
学年模試では全科目の総合点の順位のみが貼り出される。
1位にはもはやここ半年でそこにある事が当たり前のようになっている名前があった。
「うわ、また永田1位かよ」
「さすがっていうか...もはやない方がおかしいって感じ?」
すぐ側で同じく順位を見ていた男子生徒がコソコソ話している。
当たり前...か。
腕時計を見るとそこそこの時間になっていた。
教室に帰る前に『アレ』も確認しておくか。
集団から離れ、広い掲示板の端の方に掲示されている探していたA4のプリントを発見した。縁が赤く塗られていて明らかに禍々(まがまが)しい雰囲気を感じる。
プリントの発行者は
『補習者』と題が書かれたそのプリントには今回のテストで赤点又は低い点数を取った者が選ばれ強制的に補習に参加させられる。
学内でも「地獄を見た」とゾンビのような顔で言う経験者が溢れているものだ。
今回もプリントには10数人の名前が書かれていた。
クラス順、出席番号順に並んだその名前の1番上には先程自席で死んでいたクラスメイトの名前があった。ちなみに今回含め、名前がなかったことは無い。
両手を合わせ、さて教室に戻ろうかと来た道を引き返すと先程より人が減って開けた視界の中に見知った人物を見つけた。
「すごいですよ!4位なんて!」
「やっぱさっすが〜っ!!那須さん、この前も順位1桁だったし!」
「そうそう!もしかしたらこのまま順位上がればトップも堅いねっ!」
さすがに話しかける訳にはいかず素知らぬ顔で集団の中に立つ那須を見るといつもより何倍も輝く『作り笑い』を浮かべていた。
この日は火曜日。
いつもの時間に那須からの着信はなかった。
※
モヤモヤとした夜が明け、翌日の放課後、靴を履き替えていると裏門の辺りに那須を見つけた。
別に約束しているわけではないから昨晩のことは電話が来なかったとしても仕方ない事だということは承知しているが、ここしばらく当たり前になっていた事が急に途絶えた事に様々な感情が混ざりモヤモヤする。
まだ放課後になって間もないからか辺りには人がほとんどいない。
よし。
このままモヤモヤ考えるより聞いた方が早い。
下駄箱に適当に内履きを突っ込みローファーに履き替えてから早足で那須を追いかける。
裏門へと向かい影から道路を除くと小さくなっている那須の後ろ姿が住宅街の方へと消えた。
広い道という訳ではなく分かれ道も多いため信号待ちをしている間に那須の姿は完全に見えなくなる。
道も一本道で別方向に行った可能性も無さそう。
どこかの家に入った?
そう考え、ふと『ある場所』を見上げる。
もしかして...
※
「やっぱり」
学校にほど近い場所にある神社の境内の裏。
制服で那須と会う時はいつもここだ。と、言っても今回で3回目だが。
那須はしゃがみこんで頭を付けた膝を抱えていた。声に反応し一瞬顔を上げたがまたすぐ俯いてしまう。
「...どう、したんですか?」
弱々しい声。様子がおかしいのは明白だった。
「...何かあったのか?」
「...大丈夫です。いつもの、いつものことですから」
いつものこと...ねぇ。
「僕にも、話せない?」
那須はピクっと反応しただけで言葉を返さない。
「話せないっていうか...いつも、押川さんに聞いて貰っていることです。私が、自分自身に負けそうになっているだけで」
「あのな、那須」
僕は傍にしゃがみこみ
「僕と那須の関係は他の人とは初めから違う。僕は那須にとって不満のはけ口でいいんだよ」
「そんな...!」
那須はバッ顔を上げて先程より張った声を出す。
「そんなんじゃないです。...確かに押川さんにはたくさんお話を聞いてもらいましたし、いっぱい助けられたのは事実です。でも、でも...!『不満のはけ口』だなんてそんな都合のいい存在じゃないんです!私にとって押川さんは!...押川さんは...」
段々と声のボリュームが下がり消える。俯いた顔はほのかに赤らんでいて僕の心臓が跳ねた。
勘違いするな僕!
那須に『そんなつもり』はないのだから。
「...こんなに、人に頼らないと自分の事も処理できないなんて...やっぱり私はダメなんです」
那須はポツリと言葉を零す。ここ何週間かの感覚で那須が悩みを話してくれる気になったという事に気づく。
「誰にも頼らず生きていける人なんていないよ。1人で生きていくなんて、口で言っても所詮人類には不可能なんだ。どんなにお金を持っていても、精神力が強くても、才能があっても、完全に他人との関係を断つことなんて誰にだって出来ない。」
「そんなの屁理屈です。私は...私は、期待に応え続けなければいけないんです。それしか、私が存在する理由を証明する方法がないんですよぉ!」
過去の自分を見ているようだ。
まるで見えない敵に嬲られ続け、傷が増えていってボロボロになっていくような。
中学の時、僕もこんな風に周りの期待に押し潰されそうになっていた。
勉強も部活も1度良い成績を取ればそれを下回ることを周りは良しとしない。1度でも落ちれば漬け込んで落としにかかる。
「勝手に期待して、勝手に失望して。もう嫌です。何もかも、放り出したい。でも、私にはそれが出来ない。私が私という存在を保ち続けるにはそうするしかないんですよ」
かつて僕も同じ事を考えていた。
本当に、那須と僕はどこか根っこの部分が似ている。膨らんで処理しきれない不安のまま叫ぶ那須はあのときの僕と鏡写しのようだ。
勝手に期待して、勝手に失望して。
絶対に負けられない戦い。それは分かっている。
でも頭では分かってるのに、心がついて行かないくてモヤモヤする気持ち。
逃げたいのに逃げられない。
苦しいのに進まないといけない。
全てを諦めれば楽になれるのは分かってるのに、周りの期待が、自分の意地が、これまで積み上げた時間が重く重くのしかかり逃がしてくれない。
甘えることすら許されない。
ああ、なんでそんなことをしているのだろうと自分を省みて悲しくなる。
人を殺すのはいつだって人だ。
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