第13話噂
その日、数日ぶりにレインコートのウザったさを感じず自転車を走らせ学校に到着すると歩く先の自分のクラスの靴箱に見覚えある陰を見つけた。
そいつはこんな朝っぱらから靴箱の端に背を預けているからか、そこそこ目立ち、周りからチラホラ注目を集めている。
近づくとその手には小さな白い物が握られているのが見えた。
恐らく折った紙か封筒だろう。
それを右手に持ち、反対の空いた手でしきりに前髪をくしくし弄るその姿はさながらこれから告白でもするかのような佇まいだ。
周りもそのただならぬ雰囲気を感じているのか話しかけることはせず遠くから「相手は誰だろうか」と見守っている。
近づきたくねぇ...
しかし、こんな所に居続ければ予鈴が鳴ってしまう。今日は朝っぱらから数学の小テストが控えていて早めに教室に行って対策をしなければならないのに。
意を決してその陰に近づく。
その人物は僕に気づき視線を彷徨わせ、頬を掻いた。
「お、おはよう。待ってた」
そいつは笑みを浮かべて僕をまっすぐ見てくる。
「...おう」
待ち人が僕であることが確定してしまった。
そいつが僕に話しかけたことで周りが湧く。
「...それで、なんだ?こんな朝早くから」
「そ、それは......」
そいつは急にモジモジしだし、落ち着きなく長く伸びた髪を触る。
そして
「こ、これ!」
と手に持っていた4つ折りの紙を差し出してきた。
なんか嫌な予感がする...
受け取らない訳にもいかず手に取りゆっくりとそれを開く。
数学のプリントだ。
全部で10問並んだ問題の下にはそれぞれ解答欄があるがこのプリントには名前の欄以外鉛筆が走った跡がない。
「で?」
どんよりした気分でそう言うとそいつは顔をクシャッと歪める。
「頼むよぉ。
『直樹』は伸ばしっぱなしの髪を揺らし拝む。
「...髪をしきりに触ってたのは?」
勘違いの原因の一端になったと思われるあのいじらしい仕草について聞くと途端直樹は眉をひそめ
「はあ?ほら、雨上がりで湿気酷いじゃん?髪がベタっとしてセット崩れるし跳ねるしで直してたんだよ」
「当たり前じゃん」とでも言いたげにフンと鼻を鳴らす。
この周りの勘違いの原因について追求しても無駄だと悟った僕はこれ以上面倒事にならないうちに話を戻す。
「で?大迫に渡されたところでそんな急に仕上げられないだろ。事情説明して期間伸ばして貰えば?」
すると直樹はスっと視線を逸らした。
「いや...」
目が泳いでいる直樹の姿からある予感がした。とてもよくない予感が。
「まさかお前...貰ったのって、昨日だったりとか?」
直樹は急にわざとらしい笑みを浮かべる。
「おい...」
自然と声がさっきより低くなった。
「だ、だって、ほら!嫌なことってついつい後回しになるじゃん?それに昨日は他の科目の課題も多かったし!」
「いや、それはそうだけど...だからって...これ1番残しちゃダメなやつ」
同じクラスの僕が見覚えないプリントだから直樹専用のペナルティプリントなのだろう。
とはいえ、追加課題だとしてもあの大迫が「仕方ないな」と許してくれるとは思えない。
直樹はパッと僕の手を両手で掴む。
「お前しかいないんだよ!」
その一際大きい声と行動に周囲のざわめきが大きくなった。特に女子の甲高い声がキーンとする。...何か盛大に勘違いされてないか?
直樹のその熱量に対し、僕は完全にドン引きしつつ
「...わかったよ」
渋々了承した。
大迫の機嫌が悪くなると同じ授業を受ける僕にもとばっちりが来るのは目に見えている。そんなのまっぴらごめんだ。
「ありがとう!透!大好きだぁ!!」
「ちょっ...!?」
暑苦しく直樹が飛びつき抱きしめてきた。
男同士の悪ノリなのは分かってるけど周囲の視線が集中していることに気づき恥ずかしさが増す。
柔軟剤の香りなのかふわっと甘い香りがする。
何?何でこいつこんないい匂いすんの?
新しい扉が開いてしまう前に直樹を引き離し
「ほ、ほら!さっさと教室行くぞ、もう時間あんまないだろ」
靴を内履きに履き替え直樹を促す。
その場を離れるまで周囲のガヤガヤは収まる気配がなかった。
※
昼休み。
直樹は弁当を食べ終わるなりサッサとお馴染みの職員室に向かい1人残される。
何だか今日は普段より居心地が悪い。
特に直樹と話している時、何だか周りがニヤニヤしながらこちらの様子を伺ってくるのだ。
朝は疎らだった視線も時間を追うごとに増えている気がする。
原因は恐らく朝の件だ。
変に曲解されている気がしてならない。
まだ昼休み時間は長く残っている。
向けられる好奇の視線から逃れようと僕は教室を出た。
※
少しでも静かで人気のない所へ行こうと図書室に入る。
今日も利用者はほとんど居ない。
ようやくホッと息をつき奥に進む。
――と、知り合いを見つけた。
なにやら参考書を開きノートにペンを走らせているそいつの傍に近づき向かいの席の横に立つ。
気配を感じそいつは顔を上げた。
「......」
図書室という静謐な空間だからか無表情のまま何も言わず問題を解く作業を再開する。
「ここ、いい?」
「......」
返事がないため、とりあえず座った。
手持ち無沙汰になり、すぐ側にある本棚を覗いていると
「今日、押川くんうちのクラスで人気だったよ」
ポツリと小さな声で永田は呟くように言葉を紡ぐ。
「人気?」
「黒木くんって人から告白受けてOKしたんだって?」
コケた。
「誤解だ。あれは......」
言葉の途中で永田が口を挟む。
「クラスでどっちが受けでどっちが攻めかで議論してた」
なにしてんのっ!?
本人の居ないところでどんどん嫌な噂が独り歩きしていた。
「ちなみに今は『
確か『×』の前が攻めで後ろが受けだったっけ?、...って、僕が受けかい!?
変な桃色の妄想が頭を掠めげんなりする。
「...勘弁してくれ」
「まあ、私は信じてないよ。何か事情があったんでしょ?」
どうしてあんな噂が流れ出すことになったのか、朝の事を説明すると
「...まあ、そんなことだろうと思った。話す限り、押川くんにそんな思考があるとは思わなかったし。...まあ、私が気づいていないだけっていう可能性も考えてたけど」
「やめい!」
小声でツッコむと永田はペンを持ったままの手を口元に当てくすくすと笑う。
「安心して。噂なんて、する人の興味がなくなったらすぐ収まるよ」
「誤解解いてはくれないんだな...」
「だって、私クラスで浮いてるし。この噂も隣で話してたのをたまたま聞いただけだからね」
そう言いながら永田の表情に陰がかかるのを僕は見逃さなかった。
「......」
言葉に詰まり何を言ったらいいのか分からなくなる。
「そうだ。この前のメガネとキーホルダーの時のお礼、何がいい?」
「何って...別に気にしなくてもいいよ?」
「いいから」
やや強引な口調でそう言われ少し考える。
何か言わないと引き下がってくれなさそうだ。
そうだ。
「じゃあ、勉強教えてくれよ」
永田は全科目学年1位だ。そんな奴に家庭教師をしてもらえれば百人力。
文化祭が終われば全国模試、期末テストのダブルコンボが来る。高校1年も折り返し地点に差し掛かっているため勉強の難易度も跳ね上がって来ていた。さすがにこれまで通りの勉強量では間に合わないと思っていたところだ。
今朝直樹の代わりに解いてやったプリントも1問解けない問題があったことだし。
「そんなことでいいの?」
永田は首を傾げる。
「『そんなこと』じゃない。これ以上ないくらいのお礼だ」
「そっか」
永田は肘をつき、ペンを持った手を口元に持っていった状態で考え込む。
「分かった。そのうち暇な日があれば教えて。あとやりたい科目と単元も」
永田はノートの1番後ろのページを開き小さく何かを走り書きしてそのページを破り取る。
「これ、私の番号とLINEのID。連絡よろしく」
「りょーかい」
変な噂を立てられ、僕の学校生活もいよいよ終わりかと若干ブルーになっていたが思いのしなかった収穫に頬が緩むのを感じた。
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