第12話雨の日

その日は朝から雨が降っていた。



土砂降りという程ではないが自転車を漕ぐときにレインコートを羽織らないとずぶ濡れになるくらいの雨量で風も斜めに吹いている。



登校時は何度も頭を覆うレインコートのフードを片手で抑え、フードが外れないように留める首元のマジックテープをキツく留め直した。



放課後になっても雨は一向に収まる気配はなく、またあの中までぐしょ濡れになったローファーと蒸れたレインコートを着て40分の道を引き返さなければならないのかと思うと気が滅入る。




昨日から10月に入り、今日は10月2日。



1年で最も学生が浮つくイベントである文化祭が徐々に近づいて来ている。



僕の通う高校は文化祭を毎年11月初旬に2日間行っていて1日目が近くの文化ホールを貸し切って行われる。


1、3年が合唱、2年が演劇だ。その他に有志によるバンドや出し物、文化系の部活の発表もあるらしい。



1年の僕は合唱をやらねばならないことになっているが、その練習は1週間も前から既に始まっていて放課後は30分程拘束されていた。


今日いつもより帰宅時間が遅れたのはそのせいだ。


「高校になって合唱かよ」とやる気のないやつが大半だがクラスの女子はやる気なようで「ちゃんとやってよ男子ー!」と一部にキレられつつ渋々参加していた。



その上、文化祭2日目には各クラスで出店を行う。その準備も明日から始まるらしく「今以上に帰宅が遅くなるのか」とますます気が滅入っていた。



そういうのはやりたい奴がやればいいじゃないかと思うもどうにもクラスの「みんなで一丸となってやろうぜ!」感の圧がそれを許さない。


合唱には非協力的なクラスの男子も出店の方はやる気らしく今日も休み時間は「出店を何にするか」という話題で持ち切りだった。



とは言っても当然どうしても外せない用事があって不参加になる人も多いはず。


その波に便乗すべく僕も明日までに最もらしい言い訳を考えとかないとなーとローファーを突っかけ、靴箱から駐輪場に向かっていると知り合いを見つけた。



割と最近知り合いになった同級生だ。


そいつは傘を手に駐輪場の方に歩いている。




「うわっ、わりっ」



ーーとその同級生は僕の横を雨を鞄で防ぎながら走って行った男子生徒と衝突した。



勢いでそいつはよろめき膝をつく。


男子生徒は急いでいたようで一言断りそのまま走り去っていった。



僕は急いでそいつの傍に駆け寄り手を差し伸べる。



「大丈夫か?永田ながた



永田は僕の声に驚いたようだが、声の主が僕であることを確認すると野暮ったいメガネのズレを直し手を掴む。



「押川くん、ごめん。ありがとう」



永田はタオル地のハンカチを取り出し濡れた所を拭う。そしてそのハンカチを鞄に戻そうとして



「あっ...」



と慌てた声を出す。



「どうかした?」



「えと......」



永田は口篭り



「キーホルダー、落としたみたい。さっき靴箱ではあったからすぐ近くにあるんだろうけど」



足元をキョロキョロ見渡す永田に「手伝う」と声を掛け僕も足元を注視するーー




と、数メートル後ろにキラっと光る物を見つけた。誰かに踏まれる前にと急いで駆け寄り拾い上げる。



小さく透明なクラゲのストラップ。汚れを拭っていると傾ける角度によって色が変わった。



「これ?」



永田に見せると不安そうな顔が綻ぶ。


「見つけてくれたんだ」


傘を傾け僕もその中に入れてくれた。



「ごめん、ちょっと傷が付いたみたい。目立たないとは思うんだけど...」



「いいよ、押川くんが悪いわけじゃない。見つかっただけ幸運だよ。大事な物だったから」



「大事な物?」



永田は頷くだけでその先は言う気がないようだった。




「永田は自転車?」



そう話題を切り替える。



「いや送り迎え。裏門のとこに迎えが来てると思う」



「羨ましいな。送り迎え」



永田は苦笑し



「うちの親過保護だから。それに私が風邪でも引くと狂うんだよ」



「それでも構われないよりいいだろ」




僕の父は幼い頃に亡くなり、今は母と小学生の妹と暮らしている。



妹は今年中学受験で母は仕事が忙しいのと基本家にいても家にかかりきりなことが多く顔を合わせることが少ない。


前はそんな僕を近くに住む祖父母が面倒見てくれていたのだが、祖父は今年の3月、僕の中学卒業式の日に亡くなってしまい、祖母は介護施設に入った。



それでも昔は幸せだった。



昔は。





駐輪場の屋根の中に入り永田は傘の上についた雫を流す。



「動物は構われすぎると死んじゃうのもいるんだよ。私も一緒」



「永田はここにいるだろ」



「そういう直接的な意味じゃない」




永田は再び傘を開き雨空の下へと出る。



「じゃあ、車待たせてるから行くね」



「うん、また」



「また」



裏門の方へと歩いていく永田の姿が完全に見えなくなるまで見送ってから僕は自分の自転車を停めている場所に向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る