第11話図書室の少女
国語の週末課題として読書感想文が出た。
本は苦手だ。
ページいっぱいに並んだ文字の列を目で追っているとどうにも眠くなる。
本に苦手意識を持っているからか当然学校の図書室に足を運ぶのはこれが初めてだ。
入学前のオリエンテーションで学校案内があり目の前までは来た事があるから場所は知っていたが特別教室棟4階という辺境地にあるため来るだけでも面倒だった。
同じ感想を抱く生徒が多いのか金曜日放課後の図書室は思っていたよりガランとした印象だ。
入口傍には本棚とは別に長机が設置されており、その上に図書委員会お手製のポップと共に人気本やオススメ本が並んだ場所が目に入る。
ジャンル、分量問わず好きな物を選べという指示だったし、とりあえずあの辺から適当に選んでいくか...
「ひゃぁっ!」
長机に近づき眺めて行くと女子の素っ頓狂な声がすぐ側で聞こえる。
その声に続くように本が数冊大きな音を立てて落ちた。
何事かと慌てて近づき跪(ひざまず)く。
「大丈夫ですか?」
落ちている小難しそうなハードカバーを広い差し出すと
キッ...!!
と少女は目を細め、眉を寄せて睨んできた。
「えっと...」
この少女とは初対面のはずだが何か睨まれるような事をしただろうか。
「ん!?」
少女が睨んだままズズッと顔を近づけられ喉の奥から変な声が漏れる。
一方少女は無表情の無反応で
「......」
そのまますぐ顔を離し視線を下に落として本を拾い......って、
拾えていない。
少女の手は本のすぐ側まで行くもののそのすぐ上の空を切ったり、横に逸れている。
「あれ...」
僕にしか聞こえないくらい小さな声で怪訝な声を上げ、更に忙しなく手を動かすも本を拾うことに苦戦しているようだった。
「...ふー......」
少女は無表情のまま諦めたように手を膝に置き一息ついた。
そして今度は顔を出来る限り床に近づけ何かを探しているようだった。
もしかして...
床に慎重に目を向け何かそれらしき物が落ちていないか目を向けるもーー
ない。
コンタクトレンズやメガネは棚の隙間や机の周辺を探しても見当たらなかった。
少女もしばらく探してないことに諦めたのかやっと顔を僕に向けた。
「あの......」
見えていないようで目を細めじとっという視線を向ける。
「すみません。不躾だと承知してのお願いなのですが......不運にもコンタクトを落としてしまったようなのです。教室まで付き添って頂くことは可能ですか?」
「あ...うん、いいけど」
よろっと少女は立ちあがる。
思ったよりだいぶ背が小さく僕の肩くらいだ。
僕も男子の中では小さいほうなので恐らく150cmあるかないかくらいじゃないだろうか。
長い髪を後ろの下の方で1つに括り、その髪を横から前に垂らしている。
顔は整っていて近くから見ても肌がキメ細かく白い。しかし、人形のように愛らしい見た目も今は細められた目が印象を悪くしていた。
目だけ隠せば那須にも引けを取らないだろうに。
...いや、そもそも今のこの目も単に見えないからこうしているだけか。
「この本はどうする?」
足元には4冊の本が散らばっている。
「後でまた来ます。とりあえず」
少女はしゃがみこみ手探りで手こずりながら本を寄せ、指の感触で冊数を数えた後「よいしょ」という風に重そうに抱え込んだ。
「ちょっとすみません」
僕を押しのけ、ゆっくり前へと進み貸し出しカウンターへと向かうようだ。
このままではカウンターにぶつかりそうだというタイミングでヒョイと本を奪いカウンターの上に置く。
「あ...、ありがとうございます」
少女は淡々と言い、カウンター奥で番をしていら図書委員に
「すみません。またすぐ来るので置いておいて貰えませんか?」
「はい、いいですよー」
図書委員の返事を聞き、少女はこちらに目を向ける。
「すみません、ではお願いしてもいいでしょうか?」
「あ、うん。どうぞ。確認なんだけど、今全く見えない状態?」
「はい...。すみません。目がすごく悪いので何かモヤモヤした影が見えるなーってレベルです。教室に戻れば眼鏡があるので大丈夫なのですが」
「りょーかい。じゃ、腕...は、さすがにアレだし、どうする?服の袖でも掴む?」
少女は顎に手を当て少し思案し
「そうですね。その方が安心かも知れません。あなたさえ良ければ是非」
「じゃあ、はい」
少女の手の傍に自分の服の裾を近づけ少女の手を取り掴ませる。
手を握った時、急に掴まれたからかビクッと少女が跳ね顔を顰めた。
「じゃあ、行くか」
「すみません。よろしくお願いします」
この少女の口癖は『すみません』なのか?
この数分の間に結構な回数謝られているような気がする。
図書委員に頭を下げゆっくり、ゆっくり、一歩一歩僕らは進み始めた。
※
少女の目的地である1年5組の教室に辿り着く。
途中歩きながらまさか先輩か?とも思ったのだが教室を尋ねると同じ1年だと言うことを知った。
少女は少し待っていてくださいと入口に1番近い机の中をゴソゴソと漁り黒のメガネケースを取り出し、その中から黒の縁のメガネを取り出しかける。
「ふぅー...」
やっと周りが見えるようになった事で安堵したようで深く息を吐き出した。
そしてゆっくり視線を僕に向ける。
「ええと...あなた、ですよね?ここまで連れてきて下さった......」
首を傾げながら確認するように言う少女のその言葉に頷くと
「ああ、やはり。すみません。本当に助かりました。初めてコンタクトレンズを付けてみたのですがすぐ無くしてしまって」
「別にいいよ。じゃあ、僕はこれで......」
「すみません。私、ナガタエイコと言います。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
ナガタ、...ナガタ?
どこかで聞いたような......?
「ええと、...押川。押川透。1年1組」
「なるほど。同じ学年だったんですね」
ナガタはフムフムと言いそうな様子で頷き
「今日は本当に助かりました」
「別にいいよ?敬語じゃなくても、学年同じだし」
なんか似たようなやり取りを前にもしたなと思い出してクスリと笑いが零れた。
「そうですか?では、...今日は本当に助かった。またお礼でも出来れば良いんだけど...」
「いいっていいって。気にしないで。じゃ、僕はもう行くから」
「じゃあ、また」
「うん、また」
そう言ってナガタと別れた。
※
ナガタ、ナガタ............
あ。そうだ。
この前の中間テスト最終日の大掃除の時にその名を聞いた。
ちょうどこの前の中間テストの順位が掲示されている場所を通り、その大きな模造紙を見上げる。
全科目も上位20人、その他各教科ごとに10人ずつ名前が並んでいるがその全ての1番上には同じ名前がある。
『
それを見て「こういう字を書くのか」と初めて知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます