第10話無理
中間テスト最終日。
3日間続く地獄の終わりにまだラスト2科目残っていた朝の時点で誰もが浮き足立っているのが分かった。
今日の科目は英語と地学。
それが終われば毎回テスト後恒例の大掃除があり早めに帰宅出来る。
ここまでの2週間那須にスマホを通して普段より頻繁にやり取りを行い質問してきた効果が発揮されたようで数学は思っていたより解けた気がする。
テストが終わってテスト後恒例の大掃除が終われば今日はこれで帰れる。
僕の掃除担当は教室棟の隣の特別教室棟の音楽室だ。
普段しない天井や壁、楽器庫の掃除もするためここの掃除は結構重労働となっている。
だが、私語をしても監督の音楽教師は何も言わないので同じ掃除場所のクラスメイト達の話し声が聞こえた。
「なあ?今回の1位誰だろうな?」
傍にいたからか会話の内容が筒抜けだ。向こうも別に聞かれたくないと思っていないようだった。
「やっぱ5組の
「あ、でも那須とかありそうじゃね?永田程じゃねえけど結構上位だろ?」
知り合いの名前が出てドキリとする。
「顔よし、スタイルよし、その上勉強まで出来るとか完璧だよな〜。永田って勉強特化型じゃん?いつもモッサいメガネだし根暗っぽいし」
「おまwww言い過ぎだしwww」
「でもやっぱステータス極振りよりバランス良い方が良いじゃん」
「ゲームか!...あー、でも分かるわー。那須あんなに神ステータスなのに男の気配ないしなー。彼氏いんのかなー」
「でもいたらいたでやだよなー。そりゃそうかって感じで?やっぱみんなの那須って感じが1番っみたいな?」
「やっぱ観賞用だわな。那須は」
何だかイラァッと来た。
何が観賞用だ。あんなに悩んで抱え込んで、見ず知らずの僕にぶちまける事を選択せざるを得なかった那須の気持ちを知りもせず......
「な?押川もそう思うだろ?」
「え!?あ、ああ。そうだな...」
反論する余地のない威圧的な同意の求めに反射的にそう返してしまった。すまん、那須。
...でも、やっぱ言えないよ。
那須との関係があることも知られる事になるし、昔から僕は常に周りを気にして空気を読んできた。
そうする『努力』が嫌になって高校から人間関係をほとんど切り捨てたものの、長年に渡って培われてきた習性が直ぐに変わることはないんだ。
※
掃除の帰り、運悪く、都合よく最後の後始末を押し付けられた僕は1人渡り廊下を歩き教室に向かっていた。
今回の期末、本当に那須には世話になった。
何かお礼とかしたいけど、どうしようか。
あいにく僕にそんな経験はない。
中学の時も男子の汗臭さの中心にいたし、何か物を渡す程深く関わった女子はいないのだ。
だとすればーーー
考え事をしているとふわっと空気が一瞬で変化した、ような気がした。
前方の教室棟の入口傍に人だかりが出来ている。
よく見るとその中心には那須がいた。
2人でいる時とは違う僕にとっては見慣れない、だが他の人にはとても見慣れた笑みを浮かべ談笑している。
多少その顔は赤いように見えた。
予鈴のチャイムが鳴る。
「教室行こっ」
とその中の誰かが促した。
よろっ...
歩き出した瞬間那須がよろめき壁に手をついたが誰も気に止めていないようだった。
※
放課後、予定のない僕は帰りのホームルームが終わるや否や鞄を手に駐輪場へ向かう。
校内では自転車は押して行かなければならないルールなので校門に向かって押して行く。
まだ人は疎らだがその中に那須を見つけた。
まだ放課後になってすぐなのにいつもクラスメイトに拘束されている那須が早く帰るのは珍しいな。
校門を潜り那須は右の道にゆっくりと歩く。遠目からで顔は伺えないが何だかよろよろとふらつきながら歩いているように見えた。
那須を目で追っているうちに校門を潜り抜けた。
家に帰るにはこの道を左に行く方が近い。
だが......
※
まだ校舎近くということもあり、誰かに見られないようにしなければならない。
だから自転車をゆっくりと押し、一定の距離を保ちながら那須を追いかけていた。
那須の様子が気になり一刻も早く駆け寄りたくて仕方ない。
早く、早く人目がなくなる所へ...
那須はよろよろとゆっくり歩きながら角を右に曲がる。
既に校舎は陰で見えなくなっていて、人の姿はなくなった。元々車通りの少ない道だから今この場には他に人の目はなさそうだ。
前後右左ともう一度確認し僕は自転車に跨り離れていた距離を一瞬で縮めた。
「那須」
那須の横を過ぎて止まる。
「...え、......おし......かわ...さん?」
覇気がなくいつもより小さな声。顔は熱っぽく赤らみ、瞳は潤んでいる。息苦しそうに早いペースで呼吸していた。
「悪い」
もしやと思い那須の額に手を当てる。那須はされるがままだ。
熱い。
恐らくかなりの高熱。
「バカ。なんで保健室行かなかったんだよ」
「家......近いので。...それに、行けない......です。みんな、かんぺきな......私を、......望んでいます。...わたしも...かんぺきじゃないと......いけないとおもって、いま......」
言葉を言い終わる前に那須の体が傾く。
咄嗟に支えるとバランスを崩した自転車がガシャンッ!と大きな音を立てて倒れた。
「...はぁ......はぁ......」
那須の呼吸は荒っぽい。
多分意識もほとんどないんじゃないだろうか。
那須は苦しそうな声を出し体を預けたまま僕の胸に頬ずりした。全身が燃えるように熱い。このままじゃ...
どうしよう...僕が、僕がなんとかしなければ......
プップーッ!!
車のクラクションが鳴りぐちゃぐちゃになった意識がクリアになる。顔を向けると
「やっほー。何してんの?」
空いた窓からそんな脳天気な声が聞こえた。
※
病院のベッドで点滴を打たれ那須が眠っている。先程までの苦しみの表情は見えず一安心した。
「...ありがと」
隣にいる『幼なじみ』に声をかける。
「いいっていいって。でもラッキーだったよねぇ。偶然あたしが通り過ぎて!」
この近くの大学に通う僕の家のご近所さんで幼少時からの知り合いだ。
2年前に免許を取ったらしく暇さえあれば親の車を借りて運転の練習をしているらしい。
狭い地域だからかいつも同じドライブコースで飽きてくるとボヤいていたが今回はそれが幸をそうした。
事情をザッと説明しただけで車に乗せてくれて近くの病院に運んで貰えた。
医者の診断では疲労と寝不足による風邪と脳貧血という事で栄養と休養を取れば大丈夫だろうという話だった。数日は絶対安静だが。
医者は那須が無理をしていたのだと1発で見抜いていた。
「それにしても......」
那須から視線を外し咲彩に顔を向けるとニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「この子はあれかな?
口に手を当てどうよどうよと聞いて来る。
昔からこのウザ絡みは苦手だ。
「違う。那須は...」
その先を言おうとして言葉に詰まった。
那須は僕にとってなんなんだろう。
クラスメイトではないし、友達?
いや、でもそう認定していいのか...?
僕はそう思っていても那須はそう思っていないということも有り得る。
だとすると...知り合い、共存関係......今の那須との関係を何というのが正解なのか、分からなかった。
「あー、やっぱいいや!透とこの子がどんな関係でもっ。女子と関わらなかった透がこうして気にかけるくらい仲の発展した子が出来たってだけでお姉さん嬉しいぞ?」
また出たウザ絡み。
お姉さんといっても僕はそんな風に見たことがない。
ただの腐れ縁でご近所さん。
幼い時から知っているから友達とかに近い感情だ。
大学に入ってから化粧を覚え、見てくれが派手になり、酒を飲むようになったところで急にお姉さん扱いなんてしない。
「......」
無言を決め込んでいると
「じゃ、あたし帰んね?ちゃーんとその子が起きるまで傍にいてやってよ?」
「分かってるって」
手をヒラヒラ振りながら咲彩は病室から出ていった。
※
あれからすぐ那須の保護者が来て僕は帰ることになった。
目覚めるまで傍にいようと思っていたが追い出されてしまったのだ。
それから数時間ーー
午後9時。
夕食も入浴も済ませ、いつもなら勉強をしたり本を読んだりする所をモヤモヤと部屋の中を落ち着きなくウロウロ歩いたり、椅子に座ってはすぐ立ち上がったり、ベッドでゴロゴロしたりと傍から見れば完全にヤバい人の行動をとっていると
ピコンッ
とメッセージの受信を伝える通知音が鳴った。
スマホを取り落としそうになりつつ慌てて画面を開くと
『母から聞きました。今日はご迷惑をおかけしてすみません』
と那須からのメッセージが一通届いている。
容態は落ち着いたようだがとりあえず今日の所は入院することになったらしい。
安心してほっと一息つく。
大事に至らなくて良かった。
短いやり取りの後
『このお礼は必ず』
という那須からのメッセージが来た。
『気を遣わなくていい』という旨の返信は既読にならなかった。
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