第9話勉強
第2学期中間テストが2週間先に迫っていた。
※
その日、僕は数週間ぶりに数学で鬼のペナルティを食らった。
昨日の夜、その日の授業内容を復習したにも関わらず、だ。
やばい......
ただでさえ今の単元に入ってから小テストの点数は下がっていていつもあと1点でも落とせばペナルティ確定というギリギリの所を彷徨っていた。
それは他の皆も同じで鬼のペナルティの対象はクラスの半数にまで及んでいる。これは異常なことだしそれに付き合う大迫も異常だ。
このままだと中間では平均以下の点を取る可能性もある。そうなると『努力をしない訳にはいかなくなる』。
親だって今は良い感じに放っておいてくれているが成績が今より低下すれば干渉してきて勉強しろと言ってくるかもしれない。それは僕にとって要らない努力だ。
何としてもそれは避けなければならない。
そのためにはーーー
※
『勉強ですか?』
分からない所をいつまでも1人で悩んでいても埒が明かない。
かと言って、あの犯罪者顔の数学教師に質問に行くのは絶対に無理だ。
ただでさえ授業だけでなく今では昼休み、放課後と会う時間が増えている。今では2回に1回は授業中指名という形で話しかけてくる程だ。最近の大迫のお気に入りにされているらしい。こんな嬉しくない好意、初めてだ。
そのため、他に数学を僕の精神的負担なく教えてくれそうな人物はーーー
『もし、那須の都合が良ければ...』
那須は全教科学年上位の成績を取っているし、特に数学は上位3位には毎回入っているらしい。
クラスには勉強を教えてくれるような友達はいない(というか友達と呼べるほど仲の発展した人はほぼいない)し、唯一の友である直樹は数学が壊滅的だ。
毎日毎日大迫の元に通う程だから『もしかしてこいつ実は大迫のこと...』という疑問を持ち聞いてみると割と本気で嫌な顔をされた。そして、その直後、教室にやってきた怖い笑みを浮かべた大迫に連行されていった。
『良いですよ。いつもお世話になっていますし、私で宜しければどんとこいです』
その後『俺に任せろ!』というスタンプが添えられる。
時刻は既に11時。いつも那須から連絡が途切れる時間が迫る。
勉強会は土曜日。場所は市立図書館。時刻は12時半と決めてメッセージは途切れた。
※
次の日。
那須に教えてもらう前に自分で出来るところまでやっておこうといつもより早めに起き2時間程数学の問題と睨めっこした後、服を着替えて11時に家を出る。
土日祝日関係なく労働に勤しむ親なので昼食はいつも自分で作らなければならない。作るといってもお湯を沸かしてカップ麺を作ったり冷凍をチンするくらいの超手抜き昼食だが。
しかし今日はどうせこの後外に出るのならと思い、外で買うことにした。普段は基本休みの日は家に引きこもっているためたまにはコンビニ飯も悪くない。
図書館は僕の家からは比較的近い。自転車を走らせ15分程の距離だ。
コンビニの方が図書館より若干遠くにあり、時間があるのだからと先に図書館に自転車を停めて歩いて行くことにした。歩くと言っても2分の距離だ。
コンビニでおにぎりを適当に買い、図書館とコンビニのちょうど間にある小さな公園のベンチに腰を下ろす。
この地域には他に遊具が多くて比較的新しい公園があるからか人はいなかった。遊具もなく、しばらく刈られていない草が生え、治安も不安なこの場所を敢えて選びはしないんだろう。
だからこそ、太陽が高く昇ったこと時間でもちょうど木陰にあったこのベンチが空いていたのだから文句は言うまい。
サワサワともうすっかり変化した秋の風に伸びた髪が揺れる。気持ち良くて目を閉じた。
ーーサワサワサワ......サワサワ...ーーー
風に揺られ木の葉や草が音を立てて擦り合う。
あ、やべ......ほんとにこのまま、......寝そう......
ザッ。
その時先程の音とは違う明らかに人工音が聞こえた。
「
ふっと目を開ける。
「......」
『誰だ?』と思った。
相手は確実に僕のことを認知しているのに。
髪をゆるふわの三つ編みに結い、野暮ったいメガネをかけている。
服はミモレ丈のスカート、白のシャツに袖がふわっとなっているベージュのカーディガン。
派手すぎず、でもしっかりオシャ可愛い服に身を包んだ少女。
歳は多分、同じくらい。
だが、咄嗟に名前が出てこない。
『誰だ』と正直に言うのも失礼な気がして困っているとその少女は
「隣、いいですか?」
と言い、僕が頷くとポスンと隣に腰掛けた。
肩にかけていたトートバッグを膝に乗せ、その中からコンビニの袋を取り出している。
「...あ、」
そのトートバッグは見覚えがある。...というか僕が一時の間手に持った記憶も。
「?どうしました?」
「あ、...いや、なんでもない。イメチェンか?『
普段下ろしている髪を纏めて見た目を変えるだけでここまで認知出来なくなるなんて思ってもいなかった。
だがメガネの奥の瞳も横顔も、それはよく知る那須祈のもので間違いない。
「いえ、知り合いに見られると困ると思ったので一応変装のつもりです。変、ですか?」
上目遣いで那須はこちらを見る。
「いや、...すごく良い...というか、似合ってるんじゃないか?」
段々と気恥ずかしくなり頭を掻きながら視線を逸らす。
「あ、...そ、......ですか。あり、...がとう......ございます」
僕の言葉に那須もなんだか急に頬を染め、くるくると指で髪を触り、視線を膝に乗せたバッグに向けた。
「そ、そう言えば来るの早いですね。まだ約束の1時間前なのに」
「それをいうなら那須もだろ?...僕は、約束前に昼を食べとこうと思っただけで」
那須はクリっとした瞳をこちらに向け
「押川さんもですか?」
何がおかしいのか那須はクスクスと笑いながらコンビニ袋の中から包装された三角形のおにぎりを2つ取り出した。
「私もです。御一緒してもいいです?」
「それは、もちろん」
僕も袋から買ったおにぎりを取り出す。
煮卵とベーコン、油淋鶏、牛しぐれ煮。
いつも食べる量よりだいぶ少なめだがこれから勉強する事になっているため眠くならないように今日はおにぎり3つだけだ。昔から僕は変わり種や期間限定の物が好きでおにぎりもコンビニで買うといつも定番よりこういう物を手に取る傾向にある。
対して那須は鮭とおかかで定番2つをチョイスしたようだ。
「私、定番が好きなんです。押川さんは変わり種派なんですね?」
「まあな。結構美味いぞ?」
「それは分かりますが...でも私はやっぱり定番が好きです。どこに行っても、いつ買ってもショーケースにあって安心感がありますし」
「あー、それは分かるかも。期間限定とかまた食べたいって思って買いに行ってもいつの間にか時期が終わってることもあるしな。地域限定とかもあるし。でも、どうにもこっちに目が行ってしまいがちなんだよな〜。色々試してみたいっていうか...。定番はいつでも食べれるからまあ、いいやってなっちゃうっていうか......」
「お、それを言うと定番派、革新派のおにぎりの乱が勃発しますよ?押川さんと戦わないといけなくなる日も遠くないのかもしれません」
おにぎりの乱て...
普段あまり言わない冗談を言いニヤリと那須は笑う。その笑い方も初めて見た。
「那須とは敵対したくないなぁ......」
おにぎりの包みを開け頬張る。
那須もクスクス笑いながら小さな口で海苔が零れないように膝の上にハンカチを広げて食べていた。
※
おにぎりと共に食べ終え混む前にと早めに図書館に行くことにした。
昼時で、午前中に早めに来ていた人がちょうど帰って席が空き出す頃合なのだと那須が言う。
1番奥の席がちょうど空いていたためその席に決めた。
僕が奥に席を下ろすと那須は向かいではなくその隣に腰掛ける。
「この方が教えやすいです」
と耳元で囁かれた。
図書館という場を考慮した行為なのは分かっているが耳元がゾワゾワした。
カリカリ...
紙とペンが擦れ合う音がやけに大きく聞こえる。
小さな話し声も聞こえない。
学校でよく聞く話し声、笑い声、陰口、陰湿な笑い、寒いギャグ、中身のないくだらない会話、教師の声。勉強する場に当たり前だった雑音。そんな物がこの場ではない。
土曜日ということもあり、当然この場にいるのは大人だけではなく同じくらいの年齢の学生もいるが、連れがいたとしても会話はなくカリカリ、ペラペラとペンが動き、紙がめくれる音だけが響く。
そんな環境だから僕も声は出さない。
先程から2〜3問に1度どうやっても解けない問題が出てはスマホを鞄から取り出し、那須とのトーク画面に
『質問いい?』
と問いかけている。
一方、那須はそのメッセージを確認するとコクリと頷きルーズリーフに解法を1行書いてはトンとペンで紙を叩き『ここまで分かりますか?』と確認してくれる。決して言葉は出さないが無駄な言葉がない分、やる事も最低限にぎゅっと凝縮されたやり方で僕に合っていた。
那須も同じく数学の問題集を広げているがちらりと見る限りでも僕が苦戦している問題よりもう1つ2つ難易度高めの応用問題をスラスラ解いていた。
今回の中間ではさすがにそこまでの難易度のものは出ないと祈りたい。
カリカリ......ペラペラ.........
静謐された空間、隣には優秀な先生。
いつも以上に集中出来る状況で目の前の問題以外何も目に入らないくらいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます