第5話盗人

裏門を潜ると注目の視線はやっとゼロになった。



ホッと息をつきつつ信号のない横断歩道を渡り住宅街に入っていく。



2分ほど歩くと神社の入口が見えてきた。


この九重ここのえ神社は学校の1番近くにある神社にも関わらず年中閑散としている。


草が生えまくり、神社自体も古くあちこち欠けていたり錆びている。


手を清める水も何だか濁っていて葉っぱが浮いていた。



場所も問題がある。


鳥居を潜り、高齢者や小さい子供ものことなんて考え無しの急な長い石階段を登らないと行けないのだ。ゼェゼェと息が上がりつつ何とか登りきりじんわり出てくる汗を拭う。



神社があるというのは知っていたものの初めて来たな。



「うおっ」



足元で唐突に跳ねるバッタに驚きつつ境内に近づくと陰に那須なすを見つけた。



遠くでもすぐ見つけられる程のオーラを放っている。


何となく少し駆け足でその場に急ぐ。



「ごめん、待たせた?」



「いえ...むしろ私のせいですみません。...あ、ちょっとこっち、いいですか?」



ちょいちょいと手招きされて更に奥の方に進む。


奥の方は木で陰になっていて薄暗い。



「もし、見つかったら大変ですから」



と那須は苦笑した。




「それで、えと......」



急にモジモジと言葉を詰まらせ始めた那須の様子に僕はほうけていた頭を切りかえ本題を切り出す。



「はいこれ」



トートバッグを肩から外し、念の為掴んでいたところが汚れていないかを確認して手渡した。



「っ!え、え?」



那須は何故か困惑した声を出しトートバッグと僕に何度も交互に視線を移す。



「えと、どした?」



何か粗相があったのだろうか、と不安になり自身ののここまでの行動を思い返していると



「い、いえ!そういうことではないんです!...あまりにも、普通に返してくれるものですから......」



普通に?



「...えと、つまり、どういうこと?」



言葉の意味が分からずそう聞くと



「あ...う......」



聞いちゃ不味かったのか、ビクッと肩を震わせ再び那須は目を伏せる。



「あの...ないしょに...してくれますか?」



「う、うん。もちろん」



ただならぬ空気を感じつつ頷くと那須はクルリと回れ右をし背を向け、言葉を選んでいるのか、心の準備でもしているのかしばらく小さく深呼吸したり小さな声で何やら呟いた。


そして



「あの、お名前!お名前教えてください!」



急にそんな事を言い出す。



「お名前...?あー、えと...押川おしかわ押川おしかわとおる、です」



「クラスは」



更に距離を詰められたことによりたじろぎつつ



「い、1年1組」



そう言うと「押川...透、さん。1組...覚えました」と小さく呟き、元の距離を取った。



「ごめんなさい。では、押川さん。これから話すことは重要機密事項なのでどうかご内密にお願いします」



やたら仰々しくそう言った。



頭を捻り考え、名前とクラスをさっきのタイミングで聞かれた理由にピーンと来た。



逃げ道を気づかない間に塞がれていたらしい、怖っ!!



つまりは秘密を漏らせばどこまでも追い詰めるぞと?



隙がない、それに僕はこれから何を聞かされるんだ?


重要機密事項?


なにそれ、このトートバッグと何の関係性が?



僕はただ何も努力せず何も起こらずヌルッと平穏に日々を乗り越えることを望んでいただけだと言うのに、こんな短い時間で知らない女子生徒に絡まれ、不幸のアイテム(このトートバッグ)を押し付けられた挙句、学校アイドルに連行され、何やらそのアイドルの重要な秘密を共有しなければならない流れになっている。



しかも、自分の名前や所在までうっかり明かした後だ。



ああ、どうしてこうなった!!



自分の意思じゃ後戻りも離脱も出来ない。気づけば『諦める』以外の選択肢は全て消えてしまった。




「本題に入る前に、押川さん、このバッグ誰から受け取りました...?」



「え、えと、」



変な汗が流れ出す。


もしかして僕が取ったと疑われてる?



...ああ!



確かに見知らぬ男子が自分の鞄を持ってたらゾッとするわ!!



そう考えればこんな人気のない場に連れて来られたのも納得が行く。



『処刑』。



そんな言葉が頭を掠めた。



早く誤解を解かないとそれが現実になってしまう。



「か、甲斐さんに...!」



「甲斐さん、とはどの甲斐さんですか?」



なんか前にもこんなやり取りしたな。



「ごめん、名前は分からないんだ。3組の美化委員の甲斐さんなんだけど...」



「...ああ...やっぱり」



思い当たる節があったのか目を伏せたまま無表情に言い口を強く引き結んだ。



「ごめんなさい。本題に戻ります。ここまで巻き込んでしまったのもありますし、全部お話します」



覚悟を決めたような那須に僕は



「い、いや!ちょっと待って!!そんな無理に話さなくてもいいんじゃないかな!?ほら!バッグはちゃんと戻って来たんだし?自分の大事な秘密を初めて会った僕なんかに話すのもアレでしょ?僕も今日のことは気にしないし!誰にも話さないし!それでどう!?」



早口にそう言うと



「あ、えと...違うんです。無理にとかじゃなくて。...実を言うと話を聞いて欲しいのは私のわがままです」



「わがまま?」



「はい...。この問題とは今までずっと戦って来たんですけど、どうにもならなくて。苦しくて、家族にも話せなくて...さっき、私の鞄を持っていても何もしなくて、すぐ返してくれた押川さんだからこそ、話したいな、聞いて欲しいなって、思っちゃって...」




ふと、昔の自分を思い出す。



知らない人の方が話しやすい事もある、ということだろう。



中学のとき、僕も同じ経験があった。



部活の帰りに会った見ず知らずの年上のお姉さんに話を聞いてもらった事があり、随分と優しく話を聞いてくれたのだ。



『良いよ。聞くよ。キミの話。私で良ければ』




後に関係の続かない、これまでの僕を知らない人という事で何もかもぶちまけることが出来、その時期を何とか自暴自棄にならずに乗り切る事が出来た。



お姉さんと会ったのはその日のみ、それも1時間程の時間だったから顔も思い出せない。


肩にかかる髪と大人っぽい笑顔だけが記憶に残っている。



那須にとって、その『お姉さん』に当たるのが僕だったということだ。そう考えるとまるで中学の時の自分を見ているようで今までの『帰りたい』から『どうにか力になってやりたい』という気持ちに変化する。



ここまで巻き込まれたことだし、もうどうにでもなれ、だ。




「分かった。聞くよ。話。僕で良ければ」





「ありがとう、ございます...」



那須はぽつりぽつりと話し出す。



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