輪廻

月世

輪廻

 人は転生する。

 誰にでも、「以前の姿」というものが存在する。いわゆる「前世」というものだ。

 それは人間とは限らない。犬や猫だったり、昆虫だったり魚だったり。草木の場合もある。

 人は物凄い痛みと共に、この世に生を受ける。生まれ落ちるとき、あまりの激痛に、泣き叫び、前世のことを一切忘れてしまうのだ。自分がどんな人間だったか。どんな動物だったか。虫だったか。忘れてしまう。

 初めて来た場所を懐かしいと感じるのは、以前自分が確かにそこを訪れているからだ。

 初めて会った人を懐かしいと感じるのは、以前自分が確かにその人と会っているからだ。

 前世の記憶は欠片となって、たびたび私たちを刺激する。デジャヴを感じて首を傾げる。あっと思う。思い出そうとしても思い出せない。現世で前世を思い出すことが出来たとしたら、今より世界は荒れるだろう。人が復讐のために跋扈する世の中になる。

 人はたびたび人を殺す。それは、前世でその人間に殺されたからだ。自分のやった悪行は自分に返ってくるように出来ている。通り魔に刺されることにもすべて意味がある。理由のない殺人など存在しない。前世で受けた恨みを現世で晴らしているのだ。無意識のうちに「仕返し」を達成している。それが因果応報というものなのだ。

 前世は当然、忘れているべきもの。しかし、まれに覚えている人間がいたら?

 それが私だ。

 覚えているというより、思い出したのだ。ある日突然、忘れ物を届けられたように頭の中に記憶が戻ってきた。普通に、道を歩いているときだった。私はその場で気を失った。

 夢を見ているようだった。長い夢だった。

 夢から醒めると私は慟哭した。私は前世、殺された。ある男に。

 その男は現世に転生している。

 今思えば、私たちは何かの力によって引き合わされたのだろう。

 出会った頃のことを思い出す。見た瞬間にあっと思った。向こうも、何か感じたらしい。

 君とはどこかであっている気がするんだ。

 それはナンパの文句のつもりだったのかもしれないが、彼が感じた率直な感想だったのだろう。私はそのときその言葉に共鳴した。絶対にこの人とはどこかで会っている。運命の出会い。そんな言葉を当てはめて私たちは恋に落ちた。

 そして結婚した。幸せだった。

 今、私の隣で寝息を立てている男。私の夫。その夫こそ、前世で私を殺した男だった。

 前世でも、私たちは惹かれ合い恋愛をした。結婚した。同じように幸せだった。しかしその幸せは、私のちょっとした浮気心が原因で崩れ去った。嫉妬深かった彼は、私を暗くて湿った狭い部屋に押しこめて、監禁した。

 何日も、水さえも与えられずに、体を縛られて、私は干からびて死んでいった。あのときの苦しみを思い出すことが出来る。私は泣いた。泣きながら、夫の体を荷作り用のロープで縛り上げた。まるでチャーシューをタコ糸で縛るようにグルグル巻きにした。夫は何も知らずに眠り続けている。

 私は夫をベッドから引きずり下ろした。その衝撃で夫が呻き声を上げて目を覚ました。虚ろな表情で、視線を彷徨わせる。私を見て口を開こうとし、そのまま固まった。自分がどういう状況に置かれているのか、ようやく気がついたのだ。

「これはどういうことだ?」

 戸惑った口調。私は泣きながら首を振った。

「もう終わりだわ」

「な、何?」

 夫は急にオタオタと狼狽すると、媚びるような顔をした。

「ばれていたのか?」

 わけがわからずに私は黙って夫を見た。

「ぼ、僕が悪かった!許してくれ、もうしない!」

「なんのこと?」

 私はただ、前世の敵討ちを成し遂げようとしているだけ。今のあなたに罪はない。私だって本当はこんなことはしたくない。

「浮気のことに気づいていたんだろう……?」

 夫は間抜け面でそんなことを言った。私は呆然とした。

「もうしないから、悪かった。これを解いてくれないかな」

 私は前世で、浮気をして、嫉妬深い夫に殺された。

 夫は現世で、浮気をして、嫉妬深い妻に殺される。

 例え、私が前世のことを思い出さなくても。

 確実に夫を殺していただろう。

 出会う前から決まっていたことよ。

 私は彼の耳元で囁いて、ガムテープで夫の口を塞いだ。


<了>

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輪廻 月世 @izayoi_t

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