10
「返事くれなかったの、どうして?」
怜依奈に言われ、美桜はビクッと身体を揺らした。
二人は、橙の館に飛んでいた。街中も良いが、良く見知った仲間が居た方が落ち着くと、美桜は最近、怜依奈を館に誘う。メイドのセラとルラは年が近く、いつも館に居てくれるし、時折モニカやディアナ、ローラも遊びに来てくれる。メイドたちが飲み物も食べ物もこまめに提供してくれるとあって、お喋りするにはもってこいなのだ。
「ど、どうしてって。私、あまりお菓子作り得意じゃなくて」
怜依奈の手前、竜に変化しないよう気を配っていた美桜は、普段より人間寄りの姿をしていた。身体の鱗は少し残るが、背中の羽や尾は、できる限り引っ込めている。
高校の制服姿の二人は、向かい合ってルラの出してくれたお茶とケーキを頬張っていた。
「そんなの、家政婦の飯田さんの手を借りれば解決するじゃない。チョコ苦手じゃないかって、凌には聞いた?」
美桜は首を横に振る。
「エエッ? 聞いてないの?」
「だ、だって無理。表だと恥ずかしくてまともに喋れなくて」
「嘘でしょ? 何恥ずかしがってるの? 前はもっと堂々と接してたじゃない」
「ど、堂々となんかしてない。いつも凌と話すときはドキドキしっぱなしで。表情は硬くなるし、尖った言葉しか出てこないし。普通に接しなきゃって思えば思うほど、普通じゃなくなってしまうみたいで」
美桜がツンデレなのはなんとなく知っていたが、あまりの重症度に、怜依奈は頭を抱えた。人前でキスをしたこともある仲なのに、何が恥ずかしいのか。さっぱり意味がわからない。
「凌のことが好きすぎるのはよく分かったけど、バレンタインまで日にちもないんだし、買い出ししたり、何作るか考えたり、作ったりしたらあっという間なんだからね。こうなったら、苦手がどうの関係なく、作っちゃおう。疲れてるときは甘い物って相場が決まってるし、拒否はしないでしょ」
凌のことになると、気丈な美桜がまるでうぶな乙女になってしまうのは面白い。
かつて美桜に嫉妬し、化け物まで出してしまった自分が、親身になって彼女の手助けをしようとしている。怜依奈はふと昔を思い出し、口元を緩ませた。
誰かのために動こうとしている自分は、決して嫌いではなかった。
「“バレンタイン”って、なんですか?」
双子のセラとルラが、声を合わせて尋ねてきた。
二人、揃いのエプロン姿で首を傾げている。
「女の子が、好きな男の子に自分の思いを告白する日。一緒にチョコレートを渡すの。私の甘い思い受け取ってって」
怜依奈か言うと、セラとルラはパッと顔を見合わせた。
「だから最近、うわ言のようにチョコって!」
「なんかソワソワしてましたよね!」
二人は謎が解けたかのような反応を見せた。
「チョコレートって、黒っぽくて甘くて苦いあのお菓子ですね? 以前ジーク様が持ってきてくださいました。私たちもいただきましたが、今でもあの味、思い出します。レグルノーラにはない味なので」
まるで夢心地な顔でルラが言うと、セラも思い出したようにクスリと笑う。
「レグル様もお喜びでした。ゼン様は苦手そうでしたけど」
「――ってことは、甘い物O.K.なんじゃないの?」
と怜依奈。立ち上がってセラとルラの前に進み、二人の手を一度に握って満面の笑みを見せた。
「ゼンは竜だから甘いのダメだけど、凌はチョコを待ち望んでるってことじゃない。これで遠慮なく作れる! ありがとう、セラ、ルラ!」
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