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「ミオ様、最近表情が優れませんね。如何なさいました?」


 顔を覗き込んできたのはモニカ。

 ブラックゴシックロリータの彼女は、自分より背の低い美桜の表情を見るために、わざとらしく腰をかがめていた。

 美桜は慌てて肩を竦め、


「な、何でもないわ」とそっぽを向いた。


 橙の館には、あるじのレグルが居なかった。今の時間は塔に居るらしい。

 本来ならば、レグルノーラに飛んだら先ずあるじの元へと行くべきなのだが、最近どうも居心地が悪く、顔を合わせづらい。留守なのは、美桜にとって好都合だった。

 館付きのメイド、セラがテーブルの上にそっとお茶を置く。美桜はありがとうと会釈し、席に座って茶を啜った。

 レグルノーラに飛ぶと、竜の血が騒いで半竜化してしまう。長く鋭く伸びた爪や、身体中そこらに浮かび上がった白い鱗、変形した耳や背中の羽、それに長い尾など、制御できずに竜化したそれらは、思春期の美桜にとってはひとつの悩みの種。自分を自分として受け入れることが出来るようにはなったものの、最早一人の女の子ではなく、単なる竜なのだと思い知らされる。

 以前凌に抱いていた恋心がどこかで消えかかってしまっているのは、これも一因かもしれないと美桜は思う。単に凌の存在が遠くなっただけでは説明しきれない微妙な気持ちの変化に、頭が付いていけないのかも。


「何でもなければ、遠くを見つめてため息を吐いたりしないと思いますよ」


 モニカが自分のカップを持って向かいに座る。


「私で良ければ、相談に乗りますよ。伊達に年齢重ねてませんから」


 彼女は凌の従者で、一緒に戦う仲間だ。信頼できる人物であることも知っている。

 それでも、内容が内容だけに、こんな悩みを打ち明けて良いのか迷う。

 困っていると、


「当てましょうか」とモニカは言った。


「レグル様とのことでお悩みなのでしょう」


 美桜の顔が真っ赤になったのを、モニカは見逃さなかった。

 フフフッと口元を隠して笑い、「やっぱり」と呟く。


「あんなに心を通わせていたお二人の様子がおかしいのに、私たちが気付かないわけがありません。レグル様はレグル様で、時折寂しそうな目をしているのをお見かけします。リョウ様の心が大きいときには特に、ため息の頻度が多くなるのですよ。そして、私やノエルがミオ様の話題を振ると、あからさまに慌てられるのです。お二人とも、好き同士なのにおかしいですねって、私たちは笑うのですが、もしかして深刻な状態になっているのですか?」


 恥ずかしそうに、美桜は両手で顔を隠した。

 周囲は思ったより、自分たちの事を見ていたのだ。


「……神様と、恋人同士にはなれないもの」


 ぽつり、零したセリフは、思ったよりも恥ずかしい言葉で。


「“表”では、リョウ様はリョウ様なのでしょう。普通の恋人同士でいられるじゃないですか」


「それはそうだけど。でも、やっぱりそれは」


「素直に、気持ちを伝えれば良いのだと思いますよ。しもべ竜としてじゃなくて、恋人として扱って欲しいと。少なくとも、レグル様の半分はリョウ様なのですから」


「でも、残りの半分は」


「――そんなことを言っていたら、いつまでも平行線のままです。こちらで無理なら、やはりリョウ様が一人で活動なさる表の世界で想いを伝えるべきだと思いますよ」


 ゆっくり顔を上げると、美桜の目に優しいモニカの笑顔が飛び込んでくる。


「そう……、思う?」


「ええ」


 自分の言葉を代弁してくれたモニカが、美桜にはとても眩しく感じられた。

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