きみと、もう一度。
水月つゆ
第一章 最悪な出会い
———ピピピピッ。
目覚まし時計の音で目が覚めたわたしは、眠たい目を擦りながらベッドから起き上がる。
時刻は、8時00分。
窓を開けると、ふわりと風が入り込む。
4月の始まりといっても朝は冷え込む。
ひやりと身体に纏わりついて離れない。
まだ春休みだというのにそれを返上して学校へ行かなくてはいけないのは、入学式の準備を新二年であるわたしたちがしなきゃいけないからだ。
「面倒くさい…」と、ぶつぶつ呟きながら制服に袖を通していく。
初めは真新しくてぴかぴか光って硬かった制服も今ではよれよれにくたびれている気がして申し訳なく思ってしまう。
鏡の前で制服におかしなところがないかチェックをして、鞄の中に乱暴に荷物を詰め込む。
リビングに向かうとすでに起きていて「おはよう」と声をかけられる。
「今日学校行くの?」
それに小さく頷いた。
朝ごはんを用意しようかと言われたけど、それを断り自分でトーストを焼いて食べた。
「おはよう。今日早いな」
スーツ姿のお父さんが目の前の椅子に座って、そのタイミングに合わせてコーヒーが運ばれる。
「なにか学校であるのか?」
「まあ…。」
高校二年にもなると父親と話さなくなるのは当たり前。会話が減るのも当たり前。
学校でなにかあるなんて関係ないじゃん。
心の中ではそんな文句を言う、もう一人の自分がいた。
トーストを食べ進めてコーヒーを飲み干して「ごちそうさま」と席を立ち、シンクに置いてその場から逃げるように洗面台に向かった。
「おはよう」
リビングの方からまた声がする。
そしてそのあとに話し声と笑い声。
明るい色がわたしの元へと流れてくる。
それを聞いているだけで、もやもやといらいらが交互にやってくる。
一秒でも早く、この家から逃げ出してしまいたいと思って髪のセットも適当に済ませて鞄を掴んで玄関へと向かった。
ローファーを履いてる時に後ろから声がした。
振り向かなくても誰の声かなんて分かる。
学校へ行く時や出かける時は必ずお見送りをしにやって来る。
普通の家庭ならそれが当たり前なのかもしれないけど、わたしの家庭はちょっと複雑。
「いってらっしゃい」
優しく言われたその言葉に、優しく返すことができないわたしは「うん」と後ろを振り返らずに、ただそれだけを言って玄関を開けた。
バタンと音をたてて閉まったドア。
重たいそのドアは、まるで自分の心の中のように思えてしまう。
何重にもカギをかけて、ここなら安全だと傷つかないと自分の殻に閉じこもる。
閉まったドアの向こうには、楽しそうにする三人がいる。そこにわたしの居場所はない。
そう考えただけで苦しくなった。
この家から逃げ出したはずなのに、なぜか虚無感だけが心の中に広がっていた。
もやもやは消えてくれる様子はない。
それどころか、わたしの心にズドンと落ちてきて、それに押しつぶされそうになってしまう。
どうしてもっと優しくしてあげられないんだろう。
どうしてもっと優しい言葉をかけてあげられないんだろう。
この家も嫌い。
みんなみんな、嫌い。
だけどこんな自分も大嫌い。
こんなことを言う自分が大嫌い。
その感情をかき消すようにアスファルトを思いきり蹴って、前へ前へ進む。
少しでも一秒でも早く、ここから逃げだしてしまいたかったから。
*
ここまで来れば大丈夫だろうと思いながら「ふう」と息を吐く。さっきまで上手く呼吸ができなかった。
息を吐くことも吸うことも、なにもかもが初めてなように思えるくらい、あの家の空気は重い。酸素が足りない。
それに比べてここは空気が澄んでいる。
桜の木で囲まれたこの場所はとても居心地がよく、車通りも少なく比較的静かで、風の音や小鳥のさえずり。自然の音がよく聞こえてくる。
ブランコに座って目を閉じる。
心がからっぽになるような心が洗われるような気がして、嫌なこと、もやもやがあるとここへ来てリセットする。
家があんなことになったから。
だからわたしの居場所は家の中にどこにもないし、誰からも必要とされない。
悲しくて苦しくてどうにかなりそう。
泣きたい気持ちを押し殺して、いつも強がって一人でも平気なフリをしている。
身体は素直ですでに限界がきていることも自分が一番よく理解している。
お母さんが亡くなってから、わたしの世界はがらりと変わった。
楽しかったあの日々はもうない。
どこにもない。
お母さんが亡くなって五年。
お父さんが再婚した。
その相手には中学二年の男の子がいる。
わたしとは三つ歳が違う。
再婚しても、その人を「お母さん」とは呼べないし思えない。
だってわたしにとってのお母さんは、たった一人しかいないから。
いきなり「お前のお母さんになる人だから」と言われても「はい、そうですか」なんて簡単に切り替えられない。
新しい姉弟だってそうだ。
今まで赤の他人だった人たちを家族だと思えなくて、家にいても落ち着かない。
自分の部屋にいても居心地が悪い。
家に誰もわたしの味方がいない。
わたしは、一人ぼっちになってしまった。
実のお父さんにも距離を置いてしまう。
だって、この状況を作り上げたのは他でもないお父さんなのだから。
わたしの苦しみにも気づかずに、お父さんだけが笑い声と話し声で絶えない毎日を送っている。
お母さんが亡くなるその時まで、ずーっと仕事第一で仕事優先でいたお父さんは家を顧みることは一度だってなかった。
お母さんが熱を出した時、体調が良くない時も、帰って来るのはいつも21時を回ってた。
そんなお母さんを心配して「お父さんになんで何も言わないの?」って一度だけ聞いたことがある。
そしたらお母さん。「家族のためにお仕事頑張ってるの。だから文句なんか言ったらバチが当たるのよ」と笑ってた。
どうしてそんな風にいられるのか。
どうして怒ったりしないのか。
わたしには全然理解できそうになかった。
病院のベッドの上で少しずつ元気がなくなってくるお母さん。
お見舞いに行くたびに痩せていた。
そのうち笑顔も見なくなって苦しそうに顔を歪める表情ばかりを見ていた。
亡くなる前日に消え入りそうなか細い声で、一生懸命に伝えてくれた言葉。
「最後まで澪に心配かけてごめん。お父さんのこと、よろしくね」
自分がそんな身体になってまでも、最後までお父さんのことを心配してた。
自分が一番辛いはずなのに苦しいはずなのに、どうして人のことを心配していられるんだろうって、ずっとずっと思ってた。
「…なんで、人生ってこんな不公平なの」
何も悩みなんかなくて楽しそうに笑顔を浮かべる人たちが羨ましくて、そんなことを考えてしまう自分が惨めで悲しい。
世界は残酷すぎる……。
ずるいくらいに、不公平だ。
「一人でこんなとこで何してんの?」
見ず知らずの人に話しかけられて一瞬ビクリと肩が跳ねた。
声のする方に視線を向ければ、そこに男の子が立っていた。
「名前は?」
その質問を無視してブランコから立ち上がろうとしたわたしの目の前に立ち塞がる。まるで「教えるまで通さない」と言われてるようだ。
今日は本当に朝からついてない。
その矛先を、この男の子にぶつけてしまいそうな自分がいる。
それくらい今、腹の虫の居所が悪い。
「俺は、青柳桜太」
と、勝手に自己紹介を始める彼。
べつに名前なんて知りたくもないけど、と思いながら「どいて」と言っても一歩も動いてくれなくて、わたしににこにこと笑顔を向けてくる。
時間に置き換えれば数十秒だけど、その無駄な時間すら面倒くさくなってきて、はあ、とため息をついた後に「澪」とだけ教えた。
ブランコから見上げるわたしと目の前に立ってわたしを見下ろす彼こと、青柳桜太。
「ちょっと付き合ってくんない?」
「はぁ?なんで、わたしが…!」
「これ、はい。」と乱暴に脱ぎ捨てて手渡されたパーカーは今まで着ていたから温もりがまだ残っていた。
「制服のままじゃ補導されるかもだし?」
「……わたし着るって言ってないけど。」
ハハハッと笑う彼は、明るい。
眩しくて目を背けたくなってしまう。
「桜太でいいから。俺も澪って呼ぶし」
“俺も”って、わたし一度も呼び捨てで呼ぶことを認めてないんだけど……。
ブランコの前で立ち止まるわたしの名前を呼んで「早く!」と急かす。
今日はどのみち学校へ行く気分にはなれなくて、
スマホを取り出して友達にラインを送った。
返事はすぐにくるだろうけど、なんだか今は見る気にもなれなくて、そのまま電源を切って鞄に突っ込んだ。
パーカーを着ると、ふわりと香る。
シトラスの爽やかな香り。
ああ、この匂い、好きかも…。
「パーカー、すっげぇぶかぶか」
「だってキミのじゃん」
わたしが名前を言わずに「キミ」と指差すと、なんとも不満げな顔をしてた。
「だから、桜太だってば!」
キミと言われるのが嫌なだけなのか、それとも名前で呼んでほしいからムキになっているのかどっちなんだろう。
「名前呼ぶほどの仲じゃないし」
「もう仲良くなってんじゃん」
「名前知ったくらいで?そんなんで仲良くなったって言うならこの世界みんな仲良しだらけじゃん」
そんな子供じみた反論をしたって無駄だと分かっているのに、あまりにも慣れ慣れしすぎていらついた。
わたしのなにを知ってるの? わたしの全てを知ってるの?
なにも知らないくせに分かったような口ぶりなんかしないでほしい。
どうせ誰もわたしのことなんて見ようとせず理解しようともしない。そんな人たちばかりだ。
「待って。…もうこれ以上はなんも言わないから、ちょっとついて来てよ。」
掴まれた腕から伝わる熱が、嘘のないことを示しているようで。
おとなしくなったわたしを見て安心したのか「強く握ってごめん」とパッと腕を解放した。
ニ、三歩後ろから黙ってついて行くわたし。
時折、わたしがいるか後ろを振り返り確認すると、また前を向いて歩きだす。
それに合わせてわたしも立ち止まったり歩きだしたりを繰り返す。
それからどこに行くのか分からないまま、わたしは黙って静かに桜太くんの後ろをついて行く。
「ここ」
立ち止まった目の前には、お店らしき看板がかけられていて、そこに当たり前のように入って行く桜太くん。
店内は昔ながらの喫茶店みたいな感じで、アンティークな食器や小物が飾られていた。
カウンターの奥から現れたのは60代後半くらいのおじいさん。
「いらっしゃい」と、にっこり微笑んだ。
「明日にでも世界が終わるような顔してたから、だったら最後に美味いもん食べさせてあげようと思って連れて来た」
と、意味の分からない説明を桜太くんがした。
世界が明日にでも終わってくれるのなら、むしろありがたいけど…と思ってしまうのは、やっぱり今の生活に不満があるから。
自分ばかりが苦しくて、自分ばかりが我慢をしなきゃいけないこんな世界なんてなくなってしまえばいい。
そう思うと、あの時、たしかに世界が終わるような顔をしていたのかもしれない。
「マスター、いつものお願い」
慣れた様子で頼む姿。
それに頷く優しいおじいさん。
店内はオルゴールの音色が鳴り響き、珈琲豆の匂いが充満する。
ここに初めて来たはずなのに落ち着いてしまうのは、どこか懐かしさを感じさせる空気が漂っているから。
まるで時間が止まったように。
まるで別世界に来たように。
現実とは違う時間の流れをしているような、そんな感じがする。
「はい、どうぞ。」
目の前に置かれたオムライス。
出来立てでほかほかと湯気が見える。
美味しそうな匂いがしてくる。
黄色く輝くたまごが、ケチャップの色をより一層引き立てている。
さっきトーストを食べてからまだそんなに時間は経っていないのに、その匂いにつられてお腹からグーと音が鳴った。
一瞬にして恥ずかしくなる……。
桜太くんが、ハハッと笑う。
「腹が鳴るってことは生きてる証拠。」
その言葉のおかげで少しは恥ずかしさも軽減される。
一口食べれば、口いっぱいに広がるふわふわなたまごの優しさとケチャップご飯の味。
お母さんが作ってくれたオムライスに似ている。
味は違うのに、どこか懐かしいような感じがしてしまう……。
「………おいしい。」
「だろ?」
桜太くんが作ったわけでもないのに、まるで「自分が作ったんだぞ」と言ってるような口ぶりをして、ニカッと笑う。
思いきり笑うと八重歯が見えた。
「俺、ここのオムライス好きなんだ。これ食べると嫌なこと忘れられる。だから澪にも食べさせたら元気出るんじゃないかなって!」
そんなことを言いながら、オムライスを美味しそうに頬張る桜太くんの横顔は、幸せが伝わってくる。
知り合ってほんのわずかしか一緒にいないのに、どうしてそこまで見ず知らずの人に優しくできるんだろうか。
わたしはそこまで優しくなれない。
他人に興味なんてこれっぽっちもない。
だけど、久しぶりにくだらないことを言い合いながら温かい空間の中で、ご飯を食べた気がする。
この時、二人並んで食べたオムライス。
それは、温かくて優しくて懐かしくて
「幸せの味」がしたんだ。
*
翌日、同じようにあの公園に行くと、今度はわたしより先に桜太くんがブランコに座ってた。
その姿を立ち止まって見ていると、わたしに気づき手を挙げた。
「なんでそこで立ち止まってんの?」
「な、なんとなく……?」
昨日のこともあり何だか落ち着かず、そわそわしてしまう……。
ブランコを漕ぐ桜太くん。
風を切って気持ちよさそう。
空は雲一つない晴天で、まだ4月始まったばかりだというのに日中は少し暑く感じる。
家にいても息苦しいだけで落ち着かない。
そう思って出て来たはいいものの、行く場所もなく予定もないわたしはここに来る他なかった。
「春休み暇?」
ブランコを漕ぐのを止めて、わたしの方を見ながら聞いてきた。
「…ただ予定がないだけ。」
「それ結局暇なんじゃん」
「違う。気持ちの問題なの…!」
「大して変わらない」
そう言って、隣でハハッと笑う桜太くん。
その表情は悩みなんか一つもない。
そう伝わってくる。
何も考えずに、ただぼーっと空を見上げる。
吸い込まれそうなほどに蒼い色。
頭の中がからっぽになる。
嫌なこともいらいらも吹き飛んでいく。
身体の中にエネルギーが入り込む感覚がして、その蒼い空に身を委ねている。ーーと突然、目の前が日陰になった。
それが桜太くんの仕業だとすぐに気づく。
「ちょ…、な、なに!?」
横からわたしが座るブランコの鎖を掴んで、顔を覗き込んでくる。
その間、およそ5秒程度。
わたしのまわりの時間がピタリと止まる。
「よかった」
ふわりと優しく微笑んだ。
その表情はいつもより大人びていた。
「昨日元気なかったからさ。…今日はどうかなって気になってまたここに来たんだ」
サーっと風が吹いて木々を揺らす。
目の前にいる桜太くんの髪がそれに攫われて、ふわりと踊る。
昨日と同じ、シトラスの香り。
風にのってわたしの元へと流れてくる。
「俺のこと、うぜぇって思ってるかもしんないけどさ。俺は澪に昨日みたいに笑っててほしいんだ」
照れることもせず堂々とそう言った。
「…桜太くんはすごいね。」
気がつけば、ポツリと呟いていた。
「昨日会っただけの人にそんな事を思えるって。…まるでわたしとは大違い」
わたしと違って真っ直ぐ生きてる。
わたしと違う感性を持ってる。
その姿が眩しくて、目を逸らしたくなる。目を背けたくなる。
「凄くなんかないよ」
真っ直ぐ前だけを見る桜太くんの横顔は、どことなく寂しげに見えた。
「澪が思ってるほど俺は凄い人間なんかじゃない」
「わたしにはそう見えるけど…」
そう見えているだけで、本当の桜太くんの姿は何も分からない。
だって、昨日会ったばかりで知ってることといえば、お互いの名前とこの辺りに住んでるというくらい。
それ以外は何も知らない。
聞こうとも思わないし知らなくてもいいと思った。
春休みが終われば会うこともなくなるだろうと予想しているからだ。
「まあ、あれだ。人ってさ、見た目だけじゃ何も分からないってことだよな!」
その声は明るくて、さっきの寂しげな表情も消えていて、きっとわたしの勘違いだと思った。
光の反射とか横顔だったからとか、多分そんな理由で、そんな風に見えたのかも。
またブランコを漕ぎ始める。
風を切るスピードは速く、ビュンビュンと聞こえてきて、少し心配になってしまうほど。
それとは対照的で、わたしはブランコに乗ったまま微動打にせず、ポケットからスマホを取り出した。
友達から昨日の返信が来ていたことに気づき慌てて返事を打つ。ーーと、隣からの視線で打つ手を止めて「なに?」と聞いた。
「そういや連絡先知らないなあって思って」
聞いたのが間違いだったと思い、視線をスマホへと戻して止めた手をまた動かして【送信】をタップした。
「今の聞いてた?」
「聞いてたけど…」
「別に知らなくても問題ないじゃん」と素っ気なく言うと、むすっと口を尖らせる桜太くん。
春休みが終わればいつもの日常に戻る。
そうなれば会うこともなくなるわけで、必然的に出会ったことさえも頭の中から綺麗さっぱりなくなってしまうだろう。
会う必要性を感じない。
それなら連絡先は必要ない。
連絡先を交換してしまえば、これからの未来、会う約束をしてしまうことと同じだ。
ポケットにスマホを入れようとしたら、横から伸びてきた腕によって阻止された。
「もう会えないわけ?」
「え?」
「澪は会いたくないわけ?」
質問の意図が見えない。
どうして桜太くんがむすっとするのかも、そんなことを聞いてくるのかも分からない。
ころころ変わるその表情に追いつけない。
追いついていけなくて困惑する。
「俺は春休み終わっても澪と会いたいな」
寂しさを含んでいるような微笑み。
サーっと風が吹いて木の葉が舞う。
ジャングルジムの前を通り過ぎて、風が止むと重力を無くした木の葉はひらりと地面に落ちていく。
その表情の裏に隠されているものは何なのだろうか……。
それを知るすべはない。
まるでわたしが桜太くんに意地悪をしているような気持ちになってしまってバツが悪い。
だからといって簡単に連絡先を教えられるほど、わたしはよくできた人間じゃない。
「わかった。教える」
嬉しそうに喜ぶ姿が目に映る。
「でも、条件がある…。」
これを言ってしまえば自分の性格なんて捻くれているって簡単に分かるはず。
そうすれば、いつか面倒くさいと思ってしつこく構ってこなくなるだろう。
「明日またここで会ったら、教えるから」
ずるいことをしてるって思う。
ずるいことを言ってる自覚はある。
それでもわたしは、それを変えられない。
だって人生は不公平だから。
わたしばっかりが我慢しなきゃならない世界なんてなくなってしまえばいい。
ずるいことの一つや二つ言わせてほしい。
「分かった」
桜太くんは、二つ返事で頷いた。
*
翌日、同じようにあの場所に行った。
けれど桜太くんの姿はどこにもなかった。
きっと、それが答えだった。
彼が出した結論だった。
一人ぼっちの公園は寂しく感じたけど、今まではそれが当たり前だった。
ほんのわずかな時間。
二日間だけが特別だったというだけのこと。
今まで通りでいいんだ。
今まで通りじゃなきゃいけないんだ。
どうせわたしはこの先もずっと一人で生きていくのだからそれに慣れていかないといけない。
誰かが傍にいる。
その安心感に慣れてはいけない。
ブランコから見上げて空を見ると、そこは蒼い空が広がっている。
ふわりと吹く風が、春の匂いを感じさせる。
寂しくなんかない。
悲しくなんかない。
これがわたしのいつも通りなんだーー。
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