②【連れていく】


 ............。


 よし、連れていこう。

 こうしてムズムズ悩んでいるだけでは話は進まないだろうし、解決できる自信は無い。


 道中気まずくなる危険性を考慮しても、やはり意を決して進むのがおとこというもの。


 そうしてボクは、胡桃を起こし、二人でスーパーへと向かうことにした。




 ボクと胡桃は、お互い口を開かないままスーパーへ向かう。


 悲しいかな、予想は大当たりというか、気まずい。


 起こしてからは一度も喋っていないし、朝ご飯もまだ食べていない。


 単に歩いてるのとは少し違い、ボクも胡桃も、もぞもぞと焦れったい雰囲気。

 考える事は同じ。言いたい事も同じ___なのだろうか。




 カロットマートの前には、小さなスクランブル交差点がある。

 田舎町らしく人通りが少ないのだが、所々にお婆さんや主婦の姿。


 7時から始まるセールの為か、マイバッグ片手に瞳には闘志がメラメラと宿っている。

 触れたら火傷するどころか蒸発しかねない闘志───否、殺気を以てスーパーへと並んでいく。


 交差点から見える限り、既に列はできている。まずい、出遅れては目当ての物が買えないかもしれない。


 こちらも急がなくては___と、交差点を渡ろうとした時、


 目前には子猫の姿。


「あ、」


 鳴いてるのは親とはぐれたから───いや違う。近づいてみると、足から血が流れている。


 どういった経緯でこうなったのかは分からないが、歩けないようだ。

 このままでは轢かれてしまうだろう。


 であれば当然、


「───ッ!」


 子猫へ一直線に走り出す。

 数秒足らずでたどり着き、バッグに入っていたタオルで包んで抱き抱える。


 子猫の世話なんてしたことないし、無論怪我の手当てすらしたことのないボクにとって、今はこの危険な場所から遠ざけることしかできない。


 猫語は喋れないので、母なる日本語で“大丈夫!”と声をかけながら歩道を目指す。




 ところで、人生には不注意というミスが付き纏うものである。

 些細なミスであれば、重大なミス。

 人間であれば必ずしも一度は不注意とやらに狩られる訳だが、ボクもまた、その不注意とやらに狩られようとしているらしい。


 それは地位を落とすミスか、信用を落とすミスか。

 そのどちらでもなく、ボクは、命を落とそうとしていた。


 青いスポーツカーがこちらに迫ってくる。


 響くクラクション。

 揺れる視界はスローモーションのようだった。

 これが走馬灯とやらか。


 こうして意識を保っているのも、人が死を覚悟した───ある臨死状態による覚醒か。


 あぁ、こんな時にどうして関係の無いことばかり思い浮かぶのだ。

 ほら、もっと、家族の事とか___




「空樹......くんッ!ごめんなさいッッ!!」




 そんな、ぐるぐると廻る思考は一瞬にして吹き飛ばされる。


 ドン、という衝撃。子猫を抱えたまま空へと投げ出されたボクは、意外にも自分の状況がよく理解できていた。


 地上に立っている胡桃は、右足を大きく振り上げていた。___つまり、ボクは蹴り上げられたわけだ。数メートルも地上から離れるほど。おかしい。全てがおかしい。


「ぐぇ」


 自分でも情けない声だと分かっていたが、人間土壇場では駄目になるもの。

 子猫がこれ以上怪我をしないように、ボクは子猫だけを守りつつ、受け身すら取れずに歩道に転がることになった。


「......ん、............んぁ?」


 胃から昨日の夕飯が溢れ出そうになったが、なんとか踏ん張った。


 子猫は......うむ、生きている。

 というより、さっきより元気そうに見える。まさかあの空中ボカンが楽しかったとか言わないだろうな。


 辺りを確認する。


 ボクと子猫は歩道に吹き飛ばされていて、ボクを轢くはずだった車は止まっていて、二人───胡桃と運転手らしきおじさんがこちらに近づいてくる。


「二人とも大丈夫かい!?」


「空樹くん大丈夫ですか!?」


 頼むから自分の心配をしてくれ。




 とりあえず胡桃のハイパーキックによってなんとか轢かれずに済んだので、運転手の人とはその場で別れた。(一応連絡先は教えられた)


 で、問題の当人だが___


「あ......ほんとに、大丈夫、ですか?」


「いやいや、ボクはいいんだって。胡桃さんだって轢かれそうになったんだから、自分の心配をしてくださいなって」


「あ......私は、頑丈、なので。なので」


「頭だけじゃなくて全身!?」


 ポケモンで見かけたことあるぞ、そんなやつ。


「あ......」


「えーと、その、昨日はごめん。突き放すようなことをしたボクも悪かった」


「あ......」


「ちゃんとあの場で話すべきだったんだ」


「あ......その、私も、ごめんなさい。チョコ......その、」


「いいよ、理由は。謝ってくれれば、今度から気をつけてくれればそれでいい。反省会なんて楽しくないこと、長く続けてたって仕方がない」


「あ......はい」


「そういえば、どっかで武術みたいの習ってたの?すごいキックだっけど」


「あ......


じゃないよ。なんかフォーム含めてすごい綺麗だった気がするからさ。蹴られた自分が言うのも難だけど」


「あ......別に、そんな習って、ないです。咄嗟に、こう」


 再現するように、ブンッ、と風が斬られる。神速のスピードで振り上げられた胡桃の右足に、咄嗟の二文字なんて無い。こわ。


「あ......あと、」


 胡桃はがさごそとポーチからナニかを取り出した。その正体は───いつぞやの同居ルールメモ。ボクと彼女で書いたものだが、


「あ......名前」


「?」


「二人の名前、書いて、ある」


 大切なモノリストには、ボクと彼女の名前が書いてある。




 同居人は、ちょっぴり






 ◆END②[HAPPY END恋の始まり......?]◆

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