第3話 鯵フライ定食殺人事件?
晩春の長い日もようやく暮れようとしている。学院長室には四人+マスコットが揃っている。ぼくから発言する。
「みんなお疲れ様。いろいろ調べてくれてありがとう。まずその報告をしてもらおうか」
棗が頷いて口を開く。
「わたくしからは危険が迫っているんじゃないかということで、注視している四人についてです。具体的には高等部三年C組の間宮やよいさん、二年C組の久保さやかさん、同じく二年D組の宇山瑠璃さん、高等部一年A組の瀬川千秋さんです」
全員が気づいたようだ。棗が意を体して言う。
「ええ。失踪した三人より年長ばかりなの。高等部一年が失踪した佐々木さんと、注視している瀬川さんの両方がいて、そこが境い目ね」
「年少の者から誘拐してるんでしょーか?」
ぶっきらぼうな口調で、みかんが訊く。
「たぶん。実際にどういう順番で失踪したかわかりませんか?」
棗の質問にぼくが答える。
「わからない。だが、裏を返せば同じ日かせいぜい一日くらいしか違わないということじゃないかな」
「だのにここ三日ほど間が空いてるんですね」
柘榴がシャーペンをおでこに当てながら言う。そう、そこからどう推理する? 甘柿が発言する。
「嫌な想像から言いますけど」
「やめて! それ言わなくていいから! 『鯵フライ定食殺人事件』じゃないかって思うと怖いの!」
柘榴が大声で遮る。遺体の処理に手間がかかってるなんて聞きたくもないよな。
「すみません。じゃあ、いい方の想像ですが、学院側の出方を待ってるとかはどうですか?」
「なるほど。……学院側として、じゃあ、どう反応するのが最善なんだろうか。鰺フライ定食をメニューからなくすのがいいのか? 鰺フライ定食の日を作るのがいいのか?」
みんな気まずそうな顔をしている。ちょっと感情的になってしまったようで反省する。向こうはこちらが感情的になってミスを犯すのを待っているはずなのに。
「悪かった。間隔が空いた件はまた検討しよう。――四人についてはプロのガードマンに警護を頼んでいるが、瀬川さんは更に強めよう。報告を続けてもらおうか」
柘榴がスマホを見ながらしゃべり出す。
「あたしは鰺フライを調べました。調理師さんがわざわざ魚市場まで行って、鰺を選別して仕入れてるんです。パン粉や卵といった他の食材も手間を掛けて選んでるそうです」
「冷凍じゃないんだ!」、「だからおいしいのね!」、「他の定食もそうなの?!」といった声がひとしきり上がる。おいしく、栄養豊かな食事になるまでは栄養士、調理師の連中とは長い話し合いをしたものだ。
「調理過程もとても丁寧なものでした」
「それだけ?」
「はい。——ただこれは関係ないと思うんですが」
「それはみんなで判断することだから、言ってみて」
「鰺フライ定食には他の定食とは違った付け合わせがあるんです」
「え? そうなの?」
ぼくは鰺フライ定食もとんかつ定食もエビフライ定食も好きでよく食べるけど、気づかなかった。
「マカロニサラダです。他のはポテトサラダなのに」
「どうしてそんな面倒なことを。栄養バランスとか?」
「いいえ、管理栄養士さんも『わたしが来る前からこうだったのよね』って言ってました」
「わかった。ありがと。じゃあ、次は?」
みかんがひょいと手のひらを挙げる。そうか、学年順なんだ。長幼の序なんて言葉は知らなくても、そうするものだとどこかで躾けられているのか。
「あたしは寄宿舎の部屋を調べたんだよ」
「あれを使って?」
「はい、あれ。ガッチャンが褒めてくれた」
褒めたんじゃない。ヤバいからあまり使うなと言ったんだ。
「二時間ほど"影"が動き回るのを見てたの」
「"影"?」
棗の眼鏡がキラーン。全員の目つきが変わった。こいつらは能力が高いだけに好奇心も人一倍だ。仕方ない、最低限の説明をするか。
「本田谷さんの固有魔法"再現"は、数日前までにそこにいた人間を映像、"影"として見れるんだ」
「見れるだけじゃないよ。質問や……」
「で、で、何かわかったの?」
あわてて言葉を被せる。質問できるって時空を跳躍できるってことだ。それがわかったのは甘柿だけじゃないだろう。コメの国やナカの国だって関心持つはずのものだぞ。
「わかんなかったんですよぉ。着るものの話ばかりして」
「女の子が服の話をするのは当然すぎるよなぁ。じゃあ、最後は鈴木沢さんかな」
危なすぎるから後で個別に質問することにした。甘柿の話はさすがに理路整然としていた。
「わたしは彼女たち七人の魔法特性を調べました。炎属性と氷属性が二人ずつ、土属性と光属性と闇属性が一人ずつです。いいバランスですね。みんな魔法科目の成績は良くて、最年少の中等部二年の伊藤さんでも中級の攻撃魔法と治癒魔法を使えます」
「ということは――」
「はい、失踪してる三人だと学院の練習ダンジョン程度ですが、七人揃えばかなりのところへ行けるでしょう」
「ダンジョンが先か、鰺フライ定食が先か、それが問題だぁ」
みかんの言葉をみんな笑ったが、気分は共有していただろう。手がかりがないんじゃない、ありすぎて途方に暮れてしまったのだ。
すっかり暗くなった。灯りを点けようと立ち上がった。
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