第5話 カラフルな魔法

 寄宿舎は中等部生も高等部生も同じ部屋に入る。中等部一年から高等部三年までの各学年六人が一室に入居して、生活を共にするのが原則だ。濃密な関係になるのは良い面もあるが、弊害もあるので、半年ごとに部屋もメンバーも総入れ替えする。


 都合十二回の部屋割りを誰一人としてダブることなく行うのは、数学科の教員たちの腕の見せ所だ。その割に六回しかない四つのクラス分けの方はかなり適当で、『わたしあの人と三回も同じクラスなのは何か意味があるんですか?』といったメールが四月にはよく来る。もちろん『あの人ともう同じ部屋で暮らせないなんてつらいです』という訴えも多い。魔法少女もふつうの少女なのだ。


 七棟の寄宿舎は赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫の虹の色の名前が付いている。というか虹がいいなと思って、六棟の予定だったのを理事長にねだった。母親におねだりするのに何の遠慮があろう。


 学院と地続きだが、少し坂を上って行く。高台にある学校は多くて、ぼくの母校もそうだったが、勉強ができなかったり、友達関係がうまくいってなかったりすると、朝、坂を上って登校するだけで憂鬱だった。そうでなくても遅刻しそうな時には下り坂の方がいいに決まってる。それでこういう配置にした。


 途中の道でも両方の植え込みを手分けして調べる。公園の中の広い道といった具合で、自動車は裏の方から入ることになっている。五階建ての新旧校舎に加え、三階建ての寄宿舎を七つ上り下りなんて、今日は厄日以外の何ものでもない。


「ぜい、ぜい、ぜいぃ。……これきついな。日頃運動してるつもりなんだが」


 オレンジ棟が済んだところで膝がガクガクになった。


「りじちょー、がんば。ほら、お水あげるからぁ」

「日田産はおんぶしてもらってるじゃないか。豊田崎さん、大丈夫?」

「大丈夫です。苺はゼログラムです」

「ですよねー。苺先輩なら平気です」


 十二歳でもかなり小柄な甘柿が言う。ゼロカロリーみたいなものかな。


 黄棟が終わって緑棟に向かったところで、全員が身構える。柘榴が苺を降ろす。


「苺と元締めは下がってて」

「どうした?」

「強力な結界です。しかもアグレッシヴな――」

「宇山さんかい? 同じ学院生に向けていいもんじゃないねえ」


 みかんのどすの効いた声で、緑棟の出入り口の陰から生徒が一人、さらにもう一人現れた。まだ半身は暗がりにいるし、生徒名簿の写真の記憶だが、高等部三年の間宮やよいと二年の宇山瑠璃のようだ。


「学院長、なんのご用ですか?」

「ここんとこ何人かの生徒が立て続けに失踪しててね。その調査だよ。何か知らないか?」


 間宮の質問に真正面から答える。護衛の対象にしていた者たちが容疑者だったのか。裏切られた形だが、危険がないならそれでいい。


「さあ、知りませんね。もう夜も遅いんで寝ますよ。ふわわーあ」


 わざとらしくあくびをするが、それにしては二人とも長袖のぴったりとした滑らかな素材の上下を着ている。


「そんなので寝るのかい?」

「学院長、それセクハラですよ」

「ダーリンは変態だけど、あんたなんか趣味じゃない!」


 棗よ。間宮に反論してくれた気持ちだけ受け取っておくよ。


「その服装は木の枝とかに引っかからないためですか? ヒントはその辺にありそうですね」


 甘柿の言葉に三つの敵意が飛んできた。


「危ない!」


 かわいい後輩の危機と思ったのだろう。間宮が紅色の炎の弾丸フラメンクーゲルを放つと棗の蒼い氷壁アイスヴァントが立ち塞がった。宇山が巨大な黄土色の埴輪を召喚するとみかんが乾いた空色の風を送って吹き飛ばした。隠れていた高等部二年の久保が闇魔法で精神攻撃を試みると柘榴が光魔法で先手を打って、全員を自分と同じ明るすぎる性格にした。


 いろんな意見があるだろうけど、魔法でいちばん重要なのは速さだ。この連中を選んだのは段違いの速さがあるからだ。


 と、ここまではよかったのだが、甘柿は容赦なかった。三人全員にまぶしい雷撃を下した。


 ピシャーン! ピッシャーン! ピピシャーン! 三人はしばらく気絶してしまった。


「狙われてないあたしたちも震え上がりましたよ。あの子はやっぱりとんでもないです」


 柘榴がほこりを払うように散らかった電気をはたき落としながら言う。


「うん、だから危ない!って言ったんだよ。すごいの来るってわかったから。でも、当の本人がいちばん申し訳ないって思ってるから、やさしくしてあげて」


 甘柿は棗とみかんに囲まれて恐縮している。


「気にするなって、いろんな魔法が飛び交って、なんか花火みたいで綺麗だったけど、おまえのがいちばん派手で迫力があったよ」

「うんうん、これから感情をコントロールしながら使う方法を覚えればいいのよ」


 高等部一年の瀬川が捕まっていた三人とともに現れた。


「学院長、本当に申し訳ありませんでした。先輩たちにブレーキを掛けられなかったのが悔やまれます」

「みんな大丈夫だった? 具合悪いところない?」

「はい、大丈夫です」

「あたしは元気です」

「あの、できればお風呂に入りたいです」

「ああ、そうだね。寮母さんに言っておくよ。もう日付けが変わりそうだし、今日はゆっくり休んで」

「ありがとうございます」


 捕まえていた生徒も含めて、全員を見渡しながら言った。


「じゃあ、積もる話は明日にしようか。みんな部屋に戻っていいよ。明日のお昼はぼくが奢るから学院長室に集合ね」


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