第30話

「そうだ翔吾、丁度お兄ちゃんも居るし女の子の格好して」

「は? ここで?」


  唐突にそんな事を言い出すもんだから唖然としてしまった。

  だが確かに数週間前に詠に看病された時約束してしまったのだ。


「うん、今ここで」

「さすがにここでは勘弁してくれ……そ、それに双葉先輩にお前が男だってバレる原因にもなるかもしれないし……」

「あ、それならさっきバレたから大丈夫」

「えっ。毎回思うけどもう少し隠そうとしたりしないの?」


  確か詠が不登校になったのって男なのに女の格好してるからって理由が主な原因だと聞いてるんだが、それならもう少し慎重に隠そうとしたりしないか?


「バレちゃったものはしょうがないから。それを拒むなら無理して関わらないし、それを受け入れてくれる人と居ればいいって思うから。それにいつまでも騙したまま付き合うのって辛いよ、私に近付いてくる人はそんなに少なくないけど本当の事知ると態度変えて去っていく人ばっかりだった。って、そんな話はいいから着替えて!」


  そう言って、あっけらかんと笑う詠の顔を見ると胸が強く締めつけられるのを感じる。

  何故なら似ているからだ、昔の美夜に。無理して我慢し続けていた頃の美夜に今の詠は酷く似ているんだ。


  詠が関わる人を決めているようで、本当はいつも詠が選ばれる側なのだ。確かに性別を偽ったまま関わり続けるのなんて不可能だろうし辛いと思う。


  でも、そんなのあまりに報われないじゃないか。

 幸いここに居る人はその事を知って尚、何も変わらなかったが。


  詠にとって性別を明かすという事がそんなに大事な事なら、簡単にバレたりバレそうになったら自分からバラすって要するに最初から諦めてるって事だろ?


  一人でどれだけ考えてても埒が明かない。

  くそっ今日は有栖の誕生日だっていうのにこのままじゃ気が済まない。これだから俺みたいな偽善者は……。


「詠、大事な話をしたい。女装なら今度必ずするから、ちょっとだけ来てくれ」

「……でも、今日は有栖さんの誕生日だし途中で抜けたら」

「すぐに戻れば大丈夫だ、簡潔に話す」

「……わかった」


「それで、大事な話っていうのは?」

「あ、その……それはだな……」

「うん……?」


  半ば強引にだが詠を廊下に連れ出す事に成功したはいい。しかし考えが上手く纏まらず何から言えばいいか分からない。感情に身を任せるのはやっぱり良くないな。


「今日に限って言う事じゃないのは自分でも分かってるんだがどうしても気持ちの収まりがつかなくて」


  苦し紛れの予防線を貼ると、またあっけらかんとした顔で詠は応えた。


「いいよ、簡潔に済ませるんでしょ」

「ああ、単刀直入に言うが自分の価値は自分で決めろ」


  我ながら言葉足らずが過ぎたのでキョトンと首を傾げるものだとは思っていたが、驚いた事に詠は涙ぐんでいた。


「ばか、泣くな! まだ一言目なんだぞ……!」

「ちょっと今センチメンタルなだけだから続けて……自分の価値は自分で決めろ、だっけ……?」


  これから言う事は詠にとって少し酷な事なので、半泣きの状態で続けろと言われると良心が痛む。


「間違ってたらそれまでなんだが、詠は初めて話す人に対して……なんて言うんだろう、その人を試してるっつうか性別がバレて離れていくならそれまで、今まで通りならばそのままって感じで、ほとんどの人との関係性に後退かステイで進展がないんだ。お前が心を閉ざした原因は学校でのいじめだろう。たまたま誰とも仲良くない状態で周りが敵に変わったから通わなくなるだけで済んだ。でももし仲のいい誰かに突然裏切られたらと思うとなかなか人を寄せ付けられなくなり、塞ぎ込むように、次第にネットやゲーム、壮馬達に時間を使うようになった」


  終始無言で話を聞いていて都合がいいのでこのまま畳み掛けさせてもらおう。


「ここまでは今のお前がそうなった経緯だ。んで、これから話すのが俺の考え。嫌いな奴とは関わらなくていい、だがいじめてた奴らはごく一部のはずだ。本当は詠と仲良くしたかった子も居るはずだ、詠に話しかけてくれた子も居たはずだ」


  そう問いかけると、詠はやっと重い口を開いた。


「話しかけてくるのは私が珍しいからで、私と仲良くなりたいからなんかじゃないから……」

「そうかもしれない。でも俺はその場に居合わせたわけじゃないから本当の事なんて分からない。ただほんのひと握りでも詠と仲良くしたいって思ってた子は居たと思うんだ、だって詠はこんなにも良い奴なんだから。3人や2人、いや、1人だっていい。勇気をだして関わろうとしてみろ、変わりたいと思うなら」

「勝手な事ばっか言わないで……っ! 私は翔吾やお兄ちゃん、有栖さんや美夜さん達がいれば問題ない……」


  我慢していた涙が零れ落ち、言葉は聞き取れないほどに掠れ震え、理解するのに暫くかかった。

  ようやく詠の発した理解した俺は、得意気に笑みを浮かべる。


「昔の美夜と同じ事言ったな。美夜も俺が居れば学校の友達なんか要らないって言ってたし、軽くいじめって言うかトラブルに巻き込まれた事があって学校暫く休んでた時もあったぞ」

「え、美夜さんも行ってなかった時期があるの?」


  驚いたように俯いていた顔をあげる。

  そりゃあそうだろう、あれだけ充実してる状態の美夜しか見てなければ誰も美夜が元不登校だったとは思わない。


「そうだよ、その間は翔吾が放課後毎日遊びに来てくれたんだ!」

「ひゃ……美夜さん……?」


  いつの間にか詠の後ろに美夜が立っていた。

 それどころか全員居るじゃないか!?


「お前ら居たのか!?」

「ばっちり序盤から聞いてたんだぜ、黙ってるからはやく続けろ」


  うわ、最初から全部聞かれてたと思うと恥ずか死にそうだ。

  とはいえここでやめられるわけもないので死ぬ気で続ける。


「だからその……今は美夜も俺より圧倒的に友達が多いし、詠に必要なのは少しでも踏み出す勇気だと思う」

「行ってもどうせ、またいじめられるかもしれないのに……?」

「そのセリフまで美夜とそっくりだな。やってみなきゃどうなるかなんて分かんないだろ? 大丈夫だよ、今度は俺らが居るんだから」

「でも翔吾達は高校生で、私は中学生だから……」

「うちの学校は中高一貫だ、もし今の学校に行くのがどうしても無理ならこっちに来ればいい。そうすれば安心だろ? それにあと1年経てば同じ高校生だ」

「ほんとだ……じゃあちょっとだけ頑張ってみようかな……!」


 涙を拭って俺に見せてくれた笑顔は今まで見てきたどの顔より希望に溢れていた。


「よく言った! よく言ったぞ詠! 詠と学校通えるの楽しみにしてるからな!」


  ついに興奮が抑えられなくなってしまい、夢中で詠を抱き締める。


「は、離して……はずかし……それに、まだ行けるって決まったわけじゃないんだから。お母さんやお父さんにも相談してみないとだし」

「それもそうだな!」


  詠のこれからが美夜みたいに上手く行くなんて保証はどこにもない。

  でも間違いなく、今のままよりは良い方へ向いて進めたんじゃないかと思う。


「……だから離してってば」

「断る」

「そう……でも、自信満々で喋ってたけど、なんで合ってると思ったの……?」

「一言目で詠が泣いた時に確信した」

「なるほど……(?)」


  しみじみと詠とイチャついていると、何やら外野の騒ぎ声が聞こえてくる。

  もうなんなんだ、今いい所だってのに。


「翔吾頭いいんだね、見直した」

「今更気付いたか、もっと褒めていいんだぞ」

「翔吾さんの話はどうでもいいんですけど、詠さんの話が解決したなら解散するまでパーティーの続きをしましょうよ」

「そうだね、有栖も詠も戻ろうよ」

「うん」


  的確キッズが、もう少し甘やかされる時間くれても良かっただろ!


  しかし有栖の誕生会中にも関わらず抜け出して詠に偉そうに指導したんだし、俺に非があるから実際のところ何も言えないわけだが。

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