第31話
「あれ、詠は戻らないのか?」
他のみんながリビングに戻ってしまってからも尚、詠は戻る素振りを見せない。
「翔吾にちゃんとお礼言わないとって思ったから……」
「こんなとこで突然こんな話する馬鹿に礼なんて必要ないよ。俺みたいな偽善者の話に耳貸してくれてこっちが感謝したいくらいだ」
「翔吾は偽善者なんかじゃないよ!」
「そうか? 所詮口だけで本当に困った時に何も出来ないような奴は本当の意味でのいい奴にはなれない」
詠の励ましに対し、嘲笑の笑みを浮かべ自虐する事で自我を保つ。
なんてめんどくさい人間なんだろうな、昔の出来事に囚われていつまでも進めないまま。馬鹿らしいにも程がある。
いつも誰かを助けようとする事で自分の気持ちを紛らわし、自己嫌悪に浸らないようにする。
「……翔吾はちゃんと皆を助けた、救われた人、沢山いるよ。美夜さんだってまた学校に行けるようになった。有栖さんだってお兄ちゃんだって翔吾のおかげで上手くいった。それに私だって翔吾が私を肯定してくれた、友達になってくれたから救われた。川でお兄ちゃんを助けてくれた。さっきだって双葉さんの下敷きになってまで助けた。なにより皆を引き合わせてくれた……なのになんでそんな事言うの? 私達は確かに翔吾に救われたのに……そんな言い方ってないよ!」
「……悪い。そんなつもりじゃ……」
「たとえ偽善者だろうと困ってる人の前で手を差し伸べようともしない人や、それを嘲笑うような人達より何百倍もマシだよ! なんでいつも自分を責めたりするのかわかんない……このメンヘラ!」
「メンヘラか……なかなか心にクる一言だな」
「ほら、またそうやって誤魔化す。人に橋の渡り方を教えても翔吾自信が渡った事ない橋なんて信用出来ない……だから、過去に何があったかなんて知らないけど、翔吾も……翔吾も一緒に進もうよ。みんな待ってるんだから……!」
その通りだ、いつだって人の道を正して見送った気になるだけで俺は昔からずっと止まったまま。いつも劣等感に苛まれてそれが嫌で偉そうな事ばっか言って、皆んなを不快にさせて。
(自分の事もままならないような奴が他人に手を差し伸べるな)
(おこがましいんだよ)
(人を助けた気になって悦に浸るな)
(所詮口だけだよ、お前は)
(美夜はとっくに歩み始めてるのにお前と来たら……)
(このまま他人を助け続けて誰も居なくなって、そしてお前は何を思うんだろうな)
(詠にここまで言わせといてお前はそのままなのか?)
(美夜にお前と一緒に進みたいとか言っといて止まってんのはお前じゃねぇか)
心の中の俺達が俺に語り掛けてくる。
黙れ……っ! お前ら全員耳障りなんだよ! そんなこと俺だってよく分かってんだ。
いい加減変わんないと行けない事ぐらいちゃんと分かってんだよ!
そうしないと進んでくあいつらとどうしようもないくらいに差がついちまうから!!
でもみんな俺を待ってくれてるって詠は言った。それならいつまでもあいつら待たせて置けるわけないだろうが!
「ああ、もう! やってやろうじゃねぇか! 偽善でもなんでも自信を持って誰かを助けられるくらいに強くなってやんよ!」
「やっと今翔吾と同じ場所に立てた気がする、コレから一緒に頑張ろうね翔吾っ!」
詠の瞳には大粒の涙が伝い、気付くと俺も視界が歪む程大量の涙がとぼとぼ零れ落ちていた。
「詠……ありがとう」
涙を拭い、昂った感情に身を任せて詠を抱き締めるも、詠が俺の体重に耐えきれるはずもなく押し倒すように倒れ込んでしまう。
「詠、俺はどうしたらいいと思う?」
「もう、自分で考えなよ」
「そりゃそうだよな」
そう言って重くなった空気を笑い飛ばす。
「詠、翔吾? いつまでも何話してんだ?」
まずい……これ、どっからどう見ても俺が詠を襲ってるようにしか見えないだろ。
もう詠を心のどこかで男だと割り切るのはやめたんだ、詠は男だぞなどといった言い訳はしない。
「詠に何してんだ外道がぁっ!」
あぁっ来るっ! 殴られる!
「ぐふぁっ!」
殴られた右頬が激しく痛む。
うぅ……おれのおかおになんてことするんだー!
「ちょっとお兄ちゃん……!?」
「有栖の誕生日パーティーなうにも関わらず詠を連れ出して、あろう事か詠を襲うなんて見損なったぞ!」
「は、話を聞け!」
「あと数発殴ったら聞いてやる。今のは有栖の分、今度は詠の分だ」
「せめて話を聞いてから殴れ!」
「お兄ちゃんいい加減にしてよ……翔吾とはただ話してただけで、途中でバランス崩して倒れちゃってさっきみたいな体勢になっただけなんだから! 話も聞かないで手を出すなんて最低だよ!」
言いたい事は全部詠が言ってくれたが、詠の口からそのセリフを聞かされるのは厳し過ぎるんじゃないだろうかと一抹の不安がよぎる。
「オレは詠の為に……でも、はやとちりだったみたいだな。悪かった、さあオレの事も好きなだけ殴れ!」
「殴らねえよ。以後気をつけるように……はぁ、解散解散」
理由はなんであれ壮馬に殴られて少し目が覚めた気がする。
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