第26話
「ご、ごめん……っ!」
急いでドアを閉めて謝る。最悪だ、よりにもよって中で詠が着替えてるって。しかもちょうど服を脱いだタイミングで開けちまうなんてさあ……。
だが前にもこんな事あったような。流石はラノベ主人公と呼ばれるだけあるなと実感する。扉を閉めても一瞬しか見えてないはずの光景が目に焼き付いて離れない。
勿論下着は付けているがあれで男かと疑いたくなる程に透き通った白くすべすべの肌、繊細で華奢な体。
って相手は詠だぞ、何を考えてるんだ……。
「……なんで、鍵ちゃんと掛けたのに……」
「そう言えば言うの忘れてたけど、壊れてるから鍵かけても開いちゃうんだよな」
「なんでそんな大事な事はやく言わないかな!? というか見た……?」
「見た」
嘘は良くないので正直に答える。
「そう……」
意外にもしおらしい反応で驚いた。
「怒らないのか?」
「怒らないというか怒れないから」
こちらとしてはブチ切れられた方が清々しいんだが。
「怒れないって言うのはなんで? 詠は被害者な訳だから怒る権利がある」
「だって私、男の子だし……同性に着替え見られて怒るのもおかしいでしょ……」
確かに理屈的にはそうだが同性って感じが全くしないので罪悪感が凄いんだな、これが。
「そこは難しい所だな。でも俺は、女の子だと思って接するから普通に怒っていいんだぞ?」
詠は何かにつけて自分は男だからなどと引き合いに出したがる節があるから困る。
しかし俺も何かと詠は男だと割り切ってたのは確かだった。自己暗示の為とはいえ悪い事をした。
これからはみんなと同様に接するように心掛けよう。
「ありがと、翔吾はやっぱり優しいね。凄く嬉しい……」
そう言ってはにかむ詠を見ると疲れが吹き飛んだ気になれる。勿論気になっただけなのだが。
「じゃあ怒れよ!」
「なんで! 嫌だよ!」
色々と罪悪感が残ったままで落ち着かないので、激しめに怒って欲しい、怒鳴りつけて欲しい。
「お願いだ、俺が悪かった! だから許してくれ!」
「それはもういいって言ってるじゃん。翔吾は怒られたい変態なの……?」
「なんでもいいから俺に怒ってくれ!」
ていうか、自分で言ってて思うけど、とんでもない絵面だな。
「あぁもう! 着替えられないから早くどっか行ってよ……っ!」
「ありがとうございます!!」
思わぬ形で怒って貰えて満足した。その直後に俺は今、我慢の限界であり、なんの為にトイレまで来たのかを思い出す。
それと同時に尿意が限界を突破した。ペットボトルも間に合わない、死んだな。
「あっ……」
「え、黄色い水がトイレの中に……!?」
「翔吾どうなってるの?って翔吾が原因……!?」
ズボンのだいたい股間の辺りから足元周辺が水で濡れている。俺もう高校生だぞ、嘘だろ。
「よし、これで後始末完了だね……詠さん、お疲れ様」
「ありがとうございます、双葉さんもお疲れ様でした。翔吾、そろそろ起きて」
「おはよう……ん、待て、どういう状況だ!?」
目を覚ますと二人共既にメイド服を着終わっており、二人で雑巾を絞っていて。確か俺はさっき……そうだ! トイレの前で我慢できずに……でもズボンもパンツも湿ってない、一体どういう事だ!?
「翔吾が漏らして倒れちゃうから大変だったんだよ」
その一言で全て察した。俺が漏らした片付けを全部二人にやらせたって事だろ、どんだけ鬼畜なんだよ俺は!?
鬼畜以前に男としての威厳が何も残ってないんだが! ていうか待てよ、ズボンはまだしもパンツも変わってるって事は!?
「見た?」
「私は見てないからね!?」
「そりゃあ勿論、なるべく見ないようにはしたけど」
詠ならまだセーフ……? いや、アウトだろ普通に考えて!
「写真撮ったりしてないよな!?」
「さすがにそんな事しないよ!」
「良かったぁ……良くないけど」
それより二人に謝んないと、普通男子高校生が目の前で漏らそうが誰も片付けなんてしてくれないで笑うだけだろ。
それを笑いもせずに積極的に片付けてくれるなんて、どんだけいい人達なんだよ。
改めていい友人を持ったなと、しみじみと思う。
「二人にこんな事までやらせてほんとすんません! どうか、どうか誰かに言いふらす様なことだけはお許しください!」
「「そんな事絶対しないから!」」
二人は口を揃えて即座にそう言い切った。
「くぅぅ……っ、二人共かっこよ過ぎます! てっきり弱みを握られて何かされるのではと」
「何かって?」
依然として先輩はキョトンとしたままだが、詠が怪訝そうな顔で冷たい目線を浴びせてくる。
「やっぱり翔吾ってマゾなの……?」
「違うわ!」
「だからペットボトルにすればいいって言ったのに」
「確かに漏らすよりはそっちの方が良かったですけども完全に言うタイミングおかしいですよね!?」
だいぶ本調子に戻ってきたので、二人にお礼を言って見送る。
そして、突如訪れる静寂……そう言えば壮馬も有栖も見舞い来てくれなかったな。美夜は朝、学校に行く前に様子を見に来てくれたんだが。
「私のせいでうつしちゃったみたいでごめんね」
「俺の事はいいから美夜も完全に治るまでは安静にな」
という会話をしたので来ないのは当たり前なのだが、壮馬も有栖も何も聞いてないぞ。
まったく酷い奴らだ……。でももしあいつらに漏らす所なんて見られたらと考えると来なくて良かったかもしれない。なんとも複雑だ。
もうはやいとこ飯食って寝るか、今から作るのも面倒だしあるもんで適当に。
そう思って冷蔵庫を開けるとサランラップで包まれた器がメモと一緒に冷蔵庫に入っていた。
【きっと夜ご飯ないだろうし、お粥意外にも食べて欲しかったので回鍋肉作ってみました。良かったら食べてね。食べたら感想ください。詠より】
言葉にならない気持ちが胸に込み上げてきた。
マジいい子過ぎ……本当に天使かもしれない。いや女神かそれ以上か? 今度あったらちゃんとありがとうって言わないとな。
比嘉宅。
「ただいま……」
「お邪魔しました」
「あっ、有栖さん、来てたんですか」
「あ、詠ちゃん! うん、また来るね。それと壮馬くん、お大事に!」
私が玄関のドアを開けると、ちょうど有栖さんが家から出て行く所だったようだ。
また家に有栖さん呼んでたのかな? まだ高校生なのに……あんまり良くないと思うな、私も今日は人の事言えないけど。
「お、詠か、おかえり……ゴホゴホ……」
「え、お兄ちゃんも風邪……?」
お兄ちゃんはマスクを二重に掛けており、咳が止まらないといった感じで凄く苦しそうだった。
「朝はなんともなかったんだが、ゴホ……五時限目辺りでに限界で帰ってきたんだよ。詠はどこ行ってたんだ?外出なんて珍しいな……ゴホゴホっ……」
「そうなんだ……それで、大変だったんだね。翔吾が風邪引いたからお見舞いとか手伝いをしてきたの。それより苦しそうだよ?大丈夫……?」
翔吾と同じ日にお兄ちゃんも風邪なんてついていない。幸い有栖さんがお兄ちゃんの面倒を見ていてくれたので良かったけど、お兄ちゃんも風邪を引いたのなら早めに知らせて欲しかった。
翔吾の事も心配だったが、お兄ちゃんの事だって同じくらい心配なのだ。それくらい分かって欲しい。
「有栖にもお見舞い来てもらったし平気だよ……ゴホッ……咳は出るけど他は大丈夫だし」
「もう、いいからはやく布団戻って! 心配かけさせないでよ……ばか」
「詠ぁ、お前はやっぱり最高だ。だから翔吾なんかにはやらないからな」
怒ったつもりなのに嬉しそうに抱き着いてくるお兄ちゃんを引き剥がしながら、私はか細い声で言い返す。羞恥と鬱陶しさが混ざったそんな声だった。
「だから翔吾とはそういうのじゃないってば……そもそもお兄ちゃんのものじゃないし!」
「ゴホッゴホッ……それもそうだね!」
「もう、はやくお布団に戻ってください!」
私の自慢のお兄ちゃんは本当に困った人だ。
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