第25話

 とりあえず一旦助かったけど、お粥食べるのにどれだけ時間かけさせるんだ。そろそろ限界なんだが。詠には悪いが今のうちに一人で食べてしまおう。


「あ、あふ……おお……美味いよ!」


 詠が作ってくれたお粥は驚く程美味かった。

 あまりの美味しさに咄嗟に声が出てしまった。

 めちゃくちゃ焦らされた挙句やっとありつけたお粥の美味さと、俺の為に作ってくれたという事に感動しながら、すかさず二口目、三口目と掻き込む。


  不思議と全体的に熱くない、というか冷たい迄ある。

  きっと作り終わって、暫く経ってから、さも今出来たかのように起こしたのだろう。そう言えば湯気もほとんど見えなかったし、あいつあれだ、ふーふーしたかっただけだ……。


  ひたすら夢中に食べ続けていると、玄関から話し声が聞こえてくる。言い争っているようなそんな声だ。


「私は翔吾に用があって来たんだけど!」


  ん、この声は双葉先輩の声か?

 そう言えば、この前先輩ほっぽって美夜と遊んでた事怒りに来たのかな。


「翔吾は安静にしてないとダメなので後日にしてください」

「知ってるわよ。用があるっていうのは口実だし……」


  口実なんだ、良かった……流石に今怒られるのは勘弁して欲しかったので助かる。


「そうですか……」

「だから通して欲しいんだけど」

「わかりました……」


  え、双葉先輩入ってくんの? 俺の部屋に?

 てか、なんで詠が仕切ってんの? いつからこの家の住人になったのかしら?


「こんにちは翔吾、デパートぶりだね」


  歪な笑顔を俺に向けて微笑む。

うわぁ……思いっきし根に持ってるう。


「こ、こんにちは……やっぱそうなりますよねぇ……」

「りくとから事情は聞いたから怒ってないけど。でも、今度はちゃんと一緒に遊んでよね」


  まさかの本当に怒ってなかった! 双葉先輩がいい人なのはさる事ながら、りくと、お前ほんとはめっちゃいい奴やんけ! あれで下ネタさえ自重できれば絶対友達増えると思うんだけどなぁ。


「そうですか、はい! 絶対行きましょうね」

「うんっ、それで体調は大丈夫なのかしら?」

「今は詠のおかげでさほどきつくないです」

「そう……良かった」

「私も看病したかったのに……学校休めばよかった」


  風紀委員がそんな事言うな、あんた中学からずっと皆勤賞なんだって自慢してただろ。


  だいたい看病したがるなんてうつされたいのか?

 気持ちは嬉しいけれど、俺にはいまいち分からない。

 美夜は看病する人が他に居ないから看病したけど他の人の看病はできればしたくない。


「そう言えばまだ3時前ですけど、もう学校終わったんですか?」


  すると双葉先輩はフフンと鼻を鳴らした。


「早退したの」

「なんでそんな事したんですか」

「美夜さんから美夜さんの風邪が翔吾にうつって寝込んでるって聞いて心配で、でも後1時間しか授業なかったから大丈夫よ」

「気持ちはありがたいですけど馬鹿ですね」

「翔吾の為にしたのに馬鹿だなんて……嬉しくなかった?」

「だから、凄いありがたいですし嬉しいですってば……いつでも先輩は優しいですし凄くキュンと来ました」

「きゅ、きゅんとって……」


  馬鹿の一言で涙目になるお豆腐メンタル双葉ちゃんを慰めるように褒めると、その間大人しくしていた詠が口を開いた。


「私が看病してたのに先輩先輩って、どうしてそんなに優柔不断なの……まだお粥食べさせれてなかったのに」

「優柔不断ってべつに。あ、お粥凄く美味しかった。それ以上にお前の気持ちが嬉しかった。ごちそうさま」

「まさか食べ終わっちゃったの?」

「え……? うん」

「もう、ばか、ほんと最低……」

「ごめんなさい」


  なんか凄く怒らせちゃったみたい、とても良くない状況。

  元々、真性かまってちゃんを長らく放置させただけで怒りのボルテージはかなり高まっていたはず。それなのに、わざわざ計画を練って、ふーふーからのあーんをしようとして居たのにも関わらず、双葉先輩の相手をしている間にお粥を完食。


  挙句の果てには、詠が甲斐甲斐しく看病してくれていたのに双葉先輩にばかり構ってデレていたら怒るのは至極当然だった。結論、俺が全面的に悪い。


「本当にごめんなさい、反省してます」

「どこが悪かったか分かったの……?」

「詠を放置して……(以下略」

「うん、分かったなら大丈夫だよ」

「私からも詠さんをほっぽかして話しててごめん……」

「もう気にしないでください。根に持つの嫌いなので」

「あなた、とってもいい人ね」

「それはどうも、双葉さんも素直でいいと思いますよ」


  良かった、穏便に解決出来た上に二人とも仲良くなってくれたみたいだ。さっきまで軽く修羅場だったせいかだいぶ気が楽になった。


「そうだ、部屋の片付けして欲しいんだったよね?」

「あ、ああ治ったら自分で片付けるからいいって……」

「私も手伝うよ、詠さんと二人でやればすぐ終わるよね」


  見られたらまずいものがあるからそれとなく断ったのに……詠はともかく先輩にそんなもん見せられるわけがない。どうしよう、本当にどうしよう。何か適当に理由付けて止めないと。


「変なもの出てきても知らないからな!」

「変なものって?」


  しまった……馬鹿か俺は!


「ご、ゴキブリとか!?」

「ひっ……ゴキブリは嫌かも……」

「嘘が露骨過ぎるよ……」


  純粋な方が双葉先輩で意外と頭が切れる方が詠だ。

 わりと鋭いから困る、今のは確かに露骨だったけども。


「そ、そうだ! 二人にお願いがあるんだ!」

「お願いって?」

「なんでもいいよ」


  勢いで適当な事言ったせいで自分の首を絞める事になってしまった。

  こうなってしまっては勢いで乗り切るしかない!


「め、メイドになって貰ってご給仕して貰うとか! あはは……冗談。しなくていいからな……!」

「あっ、私メイド服なら病院の子達用に着替えたりするから持ってる」


  先輩のコスプレ衣装バリエーションありすぎだろ……いや、メイド服とかはまだメジャーな方だからか? にしても、病院の子供達は毎回違う格好の双葉先輩と遊んでもらえるなんて、それなんてご褒美?


「でも取りに帰らないと行けないだろうし大丈夫ですって……!」

「それなら大丈夫、念の常備してるの。予備にもう一着あるから詠さんも一緒に着ましょ」

「少し用意が良過ぎて怖いです。それに私メイド服とかは……」

「えー、そんな! 翔吾の為だと思って!」


  先輩やけに必死だな……それに詠が言う通り用意が良過ぎるんだが。


「だってそれ……胸元開いてるし……」


  あぁ、そういう事か。先輩用のサイズのメイド服の予備なのだから同じサイズのはずであり、さらに双葉先輩の持ってきたメイド服は胸元が少し開いているタイプだった。


  詠がこれを着たら胸元はがら空きだし、双葉先輩に詠の性別がバレてしまう。それが嫌で拒否してるんだろうが適当な理由が思い付かないのかもしれない。


「詠も嫌がってるみたいだし俺は先輩のメイド服が見れるだけで十分ですよ」

「そ、それもそうかもね! 翔吾がそう言うなら着替えてくる!」

「ちょ、ちょっと待ってください。やっぱり私も着ます……」

「詠、本当に無理しなくていいんだぞ……?」

「いいの、このままじゃ悔しいし。双葉さん、私別の場所で着替えるので服貸してくれませんか?」


  無理せず辞めれるようにフォローしたつもりが、逆にやる気を出させてしまったようだ。

  詠が選んだ事なら基本的に口出しはできないが、これは二人が俺の為にわざわざメイド服を着てくれるという事で間違いないですか?


「ただいま、翔吾……その、どうかな……?」

「可愛いです!」

「ありがと……で、でもそんなはっきり言われると恥ずかしいかも……」


  双葉先輩がメイド服を着てるっていうこの状況だけでも、ご飯五杯はいけるのに、照れて服の裾を掴んでもじもじしてる先輩を見るとさらに五杯はいける。おかずとかそういう意味じゃなく、勿論いやらしい意味などなく。


  先輩の方は戻ってきたのだが、詠の方は着替えの為にどこかへ行ったっきり帰ってくる気配がない。

  まあ詠に限って何かあるなんて事はないだろうから心配しなくてもいいか、ここ一応俺の家だし。

  そう言えば朝からずっとトイレ行ってないから、急に行きたくなってきた!


「先輩、俺ちょっとトイレいってきます……」


  俺がそう言うとおもむろに俺の裾を掴み、もう片方の手で鞄からまだお茶の入っているペットボトルを取り出すと、一気に飲み干し、差し出して言う。


「……っぷはぁ……ここにしてくれればいいから……」


  飲み終わりがちょっとエロい。

  じゃなくて、きっと俺に無理させない為に言ってるんだろうけど頭おかしい。


「いやいやいや、トイレ行くくらい平気ですからっ! すぐ戻りますし」

「そう……それなら私も付いてく?」

「トイレまで付いて来なくていいですから!」

「でも、今はメイドさんだし……」

「メイドさんはそんな事しません!」


  やばい、マジで漏れる!


「とりあえずすぐ戻るんで……っ!」

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