第23話

  静まりかえった自室に大きなくしゃみが響く。

 先日、高熱の美夜を付きっきりで看病したせいで、当然だが風邪をうつされてしまった。


  美夜の方はわりと元気みたいで学校にも行けたらしい。家に居ても特にする事もないし、家族も家に居ないのでめちゃくちゃキツイ。誰か、お粥が食べたいよぅ……ウィダー飽きたよぅ。冷えピタ貼り替えてよぅ。暇だよぅ。寂しいよぅ。


  自分じゃ動く事もままならないくらいに体が参ってるというのに、とめどなく欲望だけが湧き出てくる。

  そう言えば今は何時だ? げっ、まだ昼時かよ……もうだいぶ寝てたと思ったんだがなぁ。


  そうだ……! 詠なら家に居る可能性が高いだろ! 助けに来てもらおう!

  俺ってもしかして天才なんじゃないか? などと思いながら、さっそく詠に電話を掛ける。


『はい、もしもし、えっと翔吾?』


「俺だ……う、詠、お願いがあるんだ……」


『声が震えてるけど、お願いって何かな?』


「今日1日だけでいい……だから俺と一緒に居て欲しいんだ、はぁはぁ……もう我慢できない」


『ひっ……それって……あぅ……そんな……』


「なんで恥ずかしがってんだよ。なぁ頼むよ」


『わ、わわわかったからちょっと待ってて! 心の準備が……』


  ——ツーツー。

  通話を切られてしまった。あの慌てよう、一体どうしたんだろう? 来るまで暇だから繋いだままにしてくれれば良かったんだけどな。というか、何も考えてなかったけど、詠にうつしちまったらどうしよう。

  もしうつしちまったら壮馬怒るよな。すげー過保護だもんなぁ、あいつ。


  それにこんな汚い部屋に入れるワケにも行かないし、少し部屋の片付けでもしとくかな。


  ——プルルルルル。


「はい、もしもし……」


『あ、しょ、翔吾? 風邪だったんだ、すぐ行くから安静にしてて』


「先に少し部屋片付けとこうかなって思ったんだけど……」


『後で私がしてあげるからちゃんと休んでて、それと住所知らないから教えて』


「そう言えば詠はうち来た事なかったっけ? ……美夜の家なら分かるよな?」


『うん、美夜さんの家なら近く行った事あるから分かるよ』


「なら話は早い……美夜の家の左隣の家だ」


『分かった、じゃあ今から向かうね』


  ——ツーツー。

  また切られちまった……片付けなくていいとは言われたが、初めて俺の家に上げるのにこんな汚かったらイメージ最悪だよな。日頃から片付けないのが悪いんだけど。


  なんで人の家は片付けるのに自分の部屋は片付けないんだろうな、馬鹿じゃねぇの?

  とりあえずテレビでも付けて詠が来るまで待とう。


『ほな今から替え歌を歌いますわ』

『おお、歌ってみ』

『君のお隣さん、お外で裸であんあんああーんあんあんああーん』


  昼間っからなんて替え歌披露してんだよ! 馬鹿か、馬鹿なのか?


  ——ピンポーン。

  急いでテレビを消して玄関まで這って進む。


 鍵を開けるには立たないと開けれない、その為ここが最難関と言えるだろう。

  だが、ここを乗り越えれば今日一日は安泰だ、頑張れ俺……ッ!

  よし、立てた! 後はしがみついてでも鍵開けとけば詠が一人で入ってきてくれるだろう……。


  ——カチャッ。


「あれ、鍵開いてる?」


  あれ、鍵開いてる……!?

  ——バタッ。

  当然ドアにしがみついてなんとか立っていた俺はバランスを崩し、前方に倒れてしまう。


「……っ痛たたぁ……」


  え、これどういう状況?

  高熱のせいで状況を理解するまでに5秒ほど掛かってしまった。


  どうやら俺は今詠の上に覆いかぶさって居るらしく、詠は俺の下で顔を真っ赤にして泣きそうになっている。

  あ、一応手ついてるから完全に密着してる訳じゃないぞ?


  近所のおば様達がひそひそ噂をしているのがバッチリ耳に入ってくる。


(いくら若いからってこんな時間からねぇ……)

(しかも玄関でよ、玄姦じゃない……)

(でも男の子の方全く動かないけど、どうしたのかしら?)

(あら貴女知らないの?今流行りの焦らしプレイよ)

(わりと前からある気がするのは気の所為かしら……)


  おば様方の下世話な話し声が聞こえたのか耳まで真っ赤にして目を瞑っている。

  とはいえいつまでもこうしては居られないよな。


「と、とりあえずいらっしゃい、詠。中入ろうか」

「うん……それより早く退いてくれないかな……?」

「あー、うん……! 退く退く! 退くから!」


  残りの力を振り絞って立ち上がり家の中に戻る。


(あら、今度は家の中に入ってするのかしら)

(さすがに外はまずいし賢明な判断ね)

(いつまで家の中に居るか賭けましょうよ)

(ならあたしは1時間で。みかんを賭けに出すわ)

(あら貴女、玄関で盛ってるようなケダモノが一時間で済むと思って? あ、わたくしは2時間半と予想しますわ。賭けるものはみかんで)

(あたし、みかん余ってるから賭けたんだけど)

(わたくしもですわ)


  おば様方の発想力とコントのような話術に思わず絶句してしまう。勘違いを説く余裕はないので暫くの間は近所で、玄姦露出焦らし鬼畜ド変態として肩身の狭い生活を強いられるだろうな、はぁ……勘弁して。

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