第22話

「ラブホっていうのはだな……」


  なんとここはそういう事をする場所だったみたいです。ここがどんな場所だったのか知らなかったとはいえ、翔吾にそういう子だって思われてたらどうしよう、お嫁にいけない。

  そうだ、その時は翔吾に貰って貰えばいいよね!


「お父さんもお赤飯炊いて待ってるみたいだから……来て?翔吾」

「ばかか」

「あっ……あぅ……」


  それとなく翔吾を誘ってみたけど、小突かれて終わっちゃった。

  やっぱり翔吾はガードが硬い。

 翔吾はちゃんと身の安全を保証してくれたけど、私としてはあんまり嬉しくない。ちょっとくらい興味を持ってくれてもいいじゃないか、私ってそんなに魅力ないのかなぁ……?


  高揚しているからか身体が火照って苦しい。

 でも、せっかく久しぶりに翔吾とお泊まり出来るんだもん、こんな事で負けていられない。


  この部屋のモノはどれも変わったものばっかりで特にベットが凄かった。くるくる回転して面白いね、なんて言ってベットに座って居ると身体の熱に取り憑かれたように翔吾を押し倒してしまっていた。


「翔吾……好きぃ……」


  自然と甘えた声が出る。


「どうしたんだ突然……って美夜さん……?これは一体!?」


  意識があるようでないような不思議な感じ、でも翔吾動揺しててちょっと可愛いな。このままいけば翔吾とそういう事出来るのかな……?

  これじゃ私が飢えたハイエナだよね、でも自分じゃ止められない。


「好きだよ翔吾……ずっと大好き」

「待て! こういうのはお互い好き同士じゃなきゃいけないんだ……!」


  それってどういう事? 翔吾は私の事別に好きじゃないって事?


「私はこんなに翔吾の事好きなのに……はぁはぁ……翔吾はどうしていつも私の気持ちに答えてくれないの……!」


  全部言っちゃった。その一言は、少ない言葉数の中に私の気持ちが全て詰まっていた。

  翔吾はどんな反応するんだろう、翔吾はいつだって私に優しいし、大切に思ってくれてる。


  でも、それが恋愛感情じゃないのは分かってる。翔吾の中ではきっと家族の延長線上であって私は妹か何かなんじゃないかな。

  これは告白同然の行為だ、もし振られたら元の関係に戻ったりはやっぱり難しいのかな。


  翔吾は数秒黙り込むと考えがまとまったのか、ようやく口を開いた。


「美夜、俺だってお前の事は昔から大好きだ。人に順位を付けるのは良くない事かもしれないが美夜の事が一番大切だ。だからこんな事しなくていい、いや、しないでくれ! お前だから大切にしたいんだよ……そんくらい分かれ……」


  もし、例えそれが恋愛感情じゃなかったとしても、世界で一番だなんて言われたらそれだけで満足しちゃうに決まってるよ。


  全身から力が抜けていくのを感じると、うつ伏せの状態でベットに倒れ込んでしまう。

  そろそろ身体が限界みたい……熱も上がってる気がする。


「お前やっぱ熱あったんじゃないか……」


  私の額に触ると触った手を覆うように隠す、そんなに熱かったのかな……でも……。


「そんなのどうでもいい……翔吾の本当の気持ちが聴けただけで何も辛くない」

「ばか、いいからもう寝てろ。俺はタオルとか持ってくるから」


  そう言うと、翔吾はちょっと怒ったような、でもやっぱり優しげな声で私を労わってくれる。


「やだ、横に居て……一人じゃ怖い……」


  震える声で噛み締めるように告げる。


「分かった、寝るまで横に居るから目瞑れ」


  私のわがままに嫌な顔せず答えてくれた。私は昔から体調を崩すと心が不安定になって誰かが側にいてくれないと寝られない、でも多分その事は翔吾も知らない、言ってないしお見舞いに来てくれた時は寝たフリをしてたから。


「じゃあ手繋いでて……」


  手を伸ばすとすぐに掴み返してくれる大きい手、翔吾の手は昔から大きくて握っていると守られてるみたいで安心する。

  私の熱と違って翔吾の体温は心地良い。でも私の手、汗でべたべたしてるからちょっと恥ずかしいな……。


  とりあえず、いつまでも翔吾に隣に居て貰う訳には行かないので目を瞑る。

  時より薄目を開けて翔吾の方へ目をやると、ずっと私の顔を見ていてなんだか気恥しいけれど、それだけ大事にされているという実感が湧いてなんとも言えない気分に包まれる。でも、とっても幸せな時間、これならすぐに眠りに落ちていけそう……。


  気が付くと、そこは約8年前の私の家だった。

 何故分かるのかというと、そこには父に母、翔吾、そして私の4人がちゃんと居て、その時まだ母は亡くなってはいないのだとすぐに分かった。

  再び家族全員で集まっている所を見れるとは思って居なかった。


  だけど、母が亡くなったのは2011年の11月25日、

 映り込んだカレンダーを除くと、今日がまさに11月25日その日だった。嫌だ、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だっ! もうあんな所一度だって見たくない!


  やっと気持ちの整理が付いて大好きな友達も出来たのに、それなのに、どうして……!

  今あの光景を見てしまったら二度と立ち直れない気がする……そんな事を考えているうちにも、翔吾とお母さんは買い物に出掛けようとしている。


  どんな手段を使おうと二人を止めなければ……。

 止めなければ行けないのに……身体が思うように動かない。


  そうか、これは夢なんだ……。止める事も、目を瞑る事も、目を覚ます事も出来ない本当の地獄。


「美夜、買い物行くぞ! 支度しろ」

「うん!」


  違う、私はそんな事言いたくない! あそこに行っちゃダメなんだって!


「じゃあ今日は三人で歩いて行こっか!」


  お母さん、歩きじゃ危ないよ……!


「美代子さん、俺がカート運ぶよ!」

「あら、そう?偉いわね翔吾!」

「へへっ、俺は男だからな!」


  私がいくら心の中で叫んでも誰にも届く事はない、話は残酷に、滞りなく進んでいく。


「ついたくさん買っちゃったわね、それに雨も降って来ちゃった……車で来れば良かったかしら」

「俺が全部持ってやるし急げば平気だよ!」


  もうダメ……早く目を覚まして、お願いだから。私にあの光景を見せないで……。


「急に大降りになってきたね、あそこのデパートで雨宿りしよ!」

「じゃあ美夜、あそこまで競走な」

「うん、分かった」


  ダメ。その建物に入っちゃダメなんだって……!


「はぁはぁ……翔吾はやいよ……」

「美夜が遅いんだぞ」

「翔吾がはやいの……」

「美代子さんも遅いよー」


  一つ一つの言動が、私の奥底に眠っていた記憶を呼び起こしてしまう。


「み、美代子さん……? 荷物落としちゃってるよ?」


  デパートの奥から悲鳴と怒号が聴こえてくる、それは忘れる事のないあの忌々しい男の声だった。


「二人共はやく逃げて!」

「み、美代子さん……か、身体が動かないんだ……!」

「私も動かない……」

「……じゃあ、しっかり掴まってなさい!」


  私と翔吾の身体を抱き上げると、犯人とは逆方向の通路に逃がして、警察に通報を入れてから他の人を庇うように犯人の注意を引き必死に逃げていた。私の身体は怯えで動けず母をひきとめる事はおろか言葉を発する事も出来なかった。


  注意を引いて順調に逃げていた母だったが、とっさに段差で躓き転倒した。


  誰かっ! 誰でもいい! お母さんを助けて! このままじゃまた……!


  ここで助かったとしても本当のお母さんは帰って来ない、そんなことは分かってる。

  幾ら助けを求めても、誰もお母さんを助けようとはしない。


 自分を助けてくれたお母さんを、せっかく助けて貰った命を危険に晒してまで助けようとは誰も思わないんだ。実の娘である私が何も出来なかったように、赤の他人を助ける為に普通は命をかけれない、今考えれば当たり前の事だった。


  ならなんで母は私や翔吾、それに知らない人まで助けたんだろう。

  父から聞いた話だけど結婚する前の母は凄くかっこいい婦警さんだったらしい。

  戦闘に慣れてたとかはないし、人を撃った事もないけど、正義感だけは署の誰にも負けなかったんだとか。


  翔吾が横でピクピク震えている、あの時はただ恐怖に怯えているんだと思っていた。でも、本当はあの時翔吾はお母さんを助けようとしていた、でもできなかったんだ。


  犯人は一歩、また一歩と母に歩み寄り、母の元へ辿り着くとナイフを高く振り上げる。

  やめて……もう見たくないっ……! お母さんが死ぬ所なんて二度と見たくない! どうして目覚めないの……はやく目を覚ましてよ……っ! どうして私ばっかり不幸な事が起こるの……助けて……翔吾……っ!


「大丈夫、もう大丈夫だから……二度とつらい思いさせたりしないから……」


  翔吾の声が聴こえて目を開けると、翔吾が私を抱き締めていた。


「目、覚めたか? 凄いうなされてたから」

「もっとはやく起こしてよ、ばか……でもありがと……!」

「ごめん。俺も寝ちゃってて美夜の寝言で起きて、美夜がどんな夢みてるか分かって急いで起こしたんだけど」

「いいよ、でも本当にちゃんと私の事守ってくれたんだね」

「当たり前だ、約束はちゃんと守る。それにお前は俺にとって一番大切な人だからな……」


  クスッと咄嗟に笑いが溢れる。


「今ちょっとかっこつけようとしたでしょ」

「茶化すなよ、決まってなかったか……?」

「ううん、かっこ良かったよ?」


  きっと、翔吾が居なかったら私は今もドン底で笑う事すら出来なくなって居たと思う。そういう意味でも彼は私の恩人だ。


「まだ夜中の3時だ、寝るまで一緒に居てやるから早く寝ろ」

「ひ、必要ないよ……」

「は? お前が体調崩した時は誰か横に居ないと寝れない事くらい知ってるわ、幼馴染舐めんなよ」


  気付いてないと思ってたけど、やっぱり翔吾には敵わないな……。いつ知ったんだろう、私意外と演技派だから寝たフリは完璧だったはずなのに。


「じゃあお言葉に甘えて……」

「さっきと比べてだいぶ謙虚だな?」

「あ、あれは熱のせいでだから!」

「ちぇっ……」


  何、今の音、舌打ち? でもなんで?

 今の状況でなんで翔吾が舌打ちするの?

 もしかして翔吾は尽くしたい人なのかな?


 それならきっといい旦那さんになるね、

 他の人がお嫁さんになるのは許さないけど。


「で、でも翔吾が一緒に寝たいっていうなら寝てあげてもいいから」

「何もそこまで言ってないんだが」

「細かい事気にしないの……一緒に寝るの? 寝ないの?」

「美夜が寝たら俺も寝るよ。あっあっ、変な事考えてるわけじゃないぞ!?」

「そう?」


  ちょっと強引にだけど作戦成功!

 同じ部屋でなら小さい時にあるけど、同じ布団でなんてひょっとして初めてかも!? そう考えると急に緊張してきたかも。私、なんて大胆な事言っちゃったの!


「美夜、顔赤いけどまた熱出たのか?」

「出てない!」

「そうか、早く寝ろよ。お前が寝てくれないと俺が寝れない」

「なんで、先に寝てくれても」


  私としては横に居てくれさえすれば問題ない。それに翔吾が先に寝てくれるとレアな寝顔が見れたり、ちょっとしたいたずらできたり沢山メリットがあるので是非私より早く寝て欲しい。


「美夜が先に寝ればまたうなされた時に起こせるだろ」

「確かに……じゃあさ、さっき起こしてくれた時みたいに抱き締めてくれてれば安心して怖い夢見ないと思う」


  翔吾の言葉が嬉しくてついこんな事を口走ってしまっていた。


「それ結構恥ずかしいんだぞ」

「じゃあいいよ……」

「……いや、やるよ」

「ありがと」


  いつもは押してばっかだったけど、翔吾は引くと簡単に言う事を聞いてくれるという事が判明した。

 まったくちょろいんだから翔吾は。


「……じゃあ失礼して」

「あ……」


  さっきはそんなに意識してなかったけど、これ凄い恥ずかしい。でも自分から頼んだんだしやっぱ辞めてなんて言えないよ……このまま寝るとか絶対無理っ!


「やっぱり恥ずかしいんじゃないのか?」

「……うん、それも凄く」


  やっぱり翔吾はなんでもお見通しだった。

 本当に申し訳なさそうに頷くと、そっと手を離して反対側も向いてしまう。翔吾も相当恥ずかしかったんだろうけど、とても気まずい。


「……一応言っておくと翔吾の事が嫌だからじゃないからね」

「知ってるわ、もういい加減寝てくれ」

「ごめんなさい、おやすみなさい」

「おう」


  おやすみの挨拶をして再び眠りにつくまではそんなに時間はかからなかった。


  目を覚まして時計を見ると針は6時半を指している。熱も下がってほとんど悪い所もない。


  そう言えば、横で寝ていたはずの翔吾の姿が見えない。とりあえずベットから降りて一箇所ずつ確認していると、シャワーの音が聴こえてくる。


「翔吾、お風呂入ってたんだ……ってきゃ……」

「ぎゃぁぁぁあぁぁぁあ!!」


  昨日は意識が朦朧としていたせいでお風呂が全面ガラス張りだという事を忘れていた。でも、翔吾の翔吾は翔吾みたいでほっとしました(?)


「今見た事は忘れろよ……」

「うん」

「絶対だぞ」

「うん、二人だけの秘密だよ」

「それ忘れる気ねえじゃねぇか!」


  勿論忘れる気はない、というかしっかり目に焼き付いてしまって離れない。でも誰かに言いふらす気もないんだから別にいいよね。


「じゃあ、また熱出る前に帰るぞ」

「うん、また来ようね」

「行かねぇよ! お前のせいで散々だわ」

「なんで? 私は悪くなかったんだけどな」


  そんな話をしながらホテルを後にした。昨日は色々あったけど、久しぶりに二人で濃い一日を過ごせてとっても満足。

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