第21話
「ここがラブホテルなんだ、凄い光ってる!」
「よし、もう見たし帰るぞ」
小心者の俺は長時間ラブホ街に居る事自体が精神的苦痛を伴う。まず、こんな所に高校生が居たらなんて言い訳すればいいのか皆目見当もつかない。うわ、考えたら緊張で腹痛くなってきた。
「せっかく来たんだし泊まってこうよ」
「はぁ? 勘弁してくれ……」
「ほら、入ろ」
強引に俺の手を掴むと、あっという間に一面真っピンクな建物へ無理やり連れ込まれてしまっていた。
「一回出ろ、泊まると決まった訳でもないのに!」
「いらっしゃいませ」
あ、終わった。
「あれ、君達随分若く見えるけど高校生だよね?」
「そうで……んぐ……」
馬鹿正直に肯定しそうになる美夜を黙らせると、
「ん? いや二人共大学生ですけど」
勝手に口が動いていた。受付で追い出されればそれでいいつもりだったんだが、おかしいな。
「それは失礼しました。二名様ですね」
そう言って部屋の案内を始める。どうしよう、ほんとにこのままラブホに泊まるのか? やっぱり辞めますって言わないと。
「す、すみません……やっぱ」
やっと言い出せたと思ったらもう既に美夜に連れられて部屋の中に入っており、当然部屋には俺と美夜だけで……もう半ば拉致だろこれ。
確かラブホってはやく部屋を出れば安くなったりとかなかったっけ? いや全然知らんけど。
「美夜、帰るぞ」
「泊まるんじゃないの?」
「泊まらねぇよ、最初に見るだけって言ってただろ!」
「確かにそうだけど、でもせっかく入っちゃったなら泊まってこうよ」
「一応聞くけどさ、ラブホってどんな所か知ってる?」
「知ってるよ? 愛し合う男女が一緒に泊まるホテルでしょ」
まあそこは間違ってない。だが美夜の事だ、どこか勘違いして居ると思い追い打ちをかける。
「泊まってどんな事するかは?」
「普通のホテルと同じじゃないの?」
やっぱりだ。よくよく考えてみればあの下ネタの通じなさでラブホ知ってる訳ないよな……この箱入り娘にはもう少しそういう知識が必要みたいだ。
今まで望んで遠ざけさせていたが、これからは心を鬼にしてそういう事に触れさせないとな。かと言って美夜が下ネタ大好きな子になったらたまったもんじゃないのでそこのケジメはしっかり付けさせたいと思う。
「ラブホっていうのはだな……」
しっかり言葉を選んだ上で、かつ、わかりやすく説明すると、ほのかに赤くなっていた顔が真っ赤に染まった。今までの自分の発言、行動その他諸々がそういう事だったと知って相当恥ずかしかったんだろう。
「ふぇ、嘘……じゃあ私、翔吾の事無意識のうちに誘ってたと……? ちょ、ちょっと待ってまだ心の準備が!」
「は? 誘ってるなんて思ってないわ!美夜の事だから何か勘違いしてるんだろうなと思って。だから今確認したんだろ」
「ななな、なるほど。でもこんな所に連れ込んだからにはちゃんと翔吾を満足させないとだよね……?」
さらに天然!? いや、美夜なりにこの状況を楽しんでいるのか、それとも罪を償う為にとか思ってるんじゃ。
「早まるな、そういうのは良くない! 何もするな! 衝動に駆られて行動した奴は不幸になるんだ」
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……」
別に嫌がってるわけではない、しちゃいけないだけだ。己の理性がなくなるのを恐れているだけだ。
だがまあ聞こえない振りをする方が都合がいいだろうし、そうさせてもらう。
「そう言えば泊まるって言っても昌宏さんには許可取ったのか? 俺もまだ取れてないし」
そう言うと、すぐさま携帯を取り出し誰かに電話をかけ始めた。
「もしもし、お父さん? 翔吾とお泊まりしていい?」
『翔吾とか……翔吾なら安心だな! 何かあっても責任取らせればいいし』
電話の向こう側から聞き慣れた声が聴こえてくる。
「翔吾、いいって」
ちょっと待て、と美夜から携帯を借りて昌宏さんに話しかける。
「信用されてるのはいいんだが、俺も一応年頃の男子な訳で、もう少し慎重に扱ってあげてください。娘の貞操を責任を取れる取れないで決めないで!」
「て、貞操……!?」
『私としては若い時にしかできない経験もあるが故、積極的に過ちを犯して欲しいと思っているんだが』
美夜の実の父親、昌宏さんはなんというか、考え方が普通ではない。もちろん悪い人ではないんだが、この通り発言も思考もぶっ飛んでいる。
昔は美代子さんのおかげでそれなりに矯正されていたが、止められる者が居なくなった今では突っ込むのも無駄でしかない。
「いるんだが。じゃねぇよ……俺だから良かったものの、他の男だったら飢えたハイエナと同じ檻に極上ロースをぶち込むのと同じだかんな!」
「極上ロース……!?」
『まさか……これでも私は翔吾、お前を買っているんだぞ。他の男にこんな役得なことさせないぞ! 君が求めれば美夜は拒否せず受け入れるだろう。今夜は楽しめ! 私はこれから赤飯を炊かなくてはならない、切るぞ』
「ちょっと待てえ!」
——ツーツー。
急いで止めるも既に通話は切られていた。
「うわ、ほんとに切りやがった……相変わらず聞く耳持たないなあの人は……」
「お父さんもお赤飯炊いて待ってるみたいだから……来て? 翔吾」
バっと両手を広げて馬鹿な事を言い出すので目を覚まさせる為に軽く小突く。
「あっ……あぅ……」
赤くなった顔、正確には額を両手で覆い隠す。
なんか少し文面えろくね? あ、いや、なんでもない、忘れてくれ。
どうやら俺の思考もまともじゃないみたいだ。
俺も一応家に連絡を入れて置いたが、どうせ父も母も夜中に帰ってくるか帰らないかのどちらかだろうからあんまし関係ない。
「それで、こんな所に泊まって何かしたい事でもあるのか?」
「私は久しぶりに翔吾と一緒にお泊まり出来るだけで充分……!」
何だその可愛いセリフは!? めっちゃキュンと来た!
そう言えば、美夜と最後に同じ部屋に泊まったのは小学生低学年以来だろうか? 別の部屋でなら修学旅行とか機会はそれなりにあるが、違う部屋ではないようなものだ。
でも二人でここに泊まるには幾つか難点がある、一つは俺達ももう高校生でカラダは既に立派な男と女だ。さすがに同じ部屋で寝るのは何かなくてもまずいと思う。
それと二つ目はここがラブホテルだという事だ。どっちか一つでも誰かに伝われば身の潔白を証明する事が出来ない。周りの人間に流された人間を納得させる事がどれだけ難しいかは良く知っている。
でもラブホ街に普通の高校生、ましてや同じ学校の生徒が来ているなんて可能性は極めて低い。そして最近の高校生なんて俺がこんなに悩んで色々考えてるうちに平然ともっと凄い事してるんだろう、きっとそうだと暗示を掛けて済ませる事にした。よし、話を戻そう。
「そりゃあ良かったけど、せっかく来たから部屋ん中ちょっと見学しようぜ」
「そ、それもそうだね! もう来ないだろうし……」
そう言うと、ここがどんな所かも知らずに俺を連れ込んだ事を思い出して恥ずかしくなったのかまた顔が赤くなる。
「そうだな、誰かさんに無理やり連れ込まれなきゃ来る機会なんてないからな」
「ごめんなさい……もう連れ込んだりしないから……はぁはぁ……」
少しからかうと美夜らしからぬしおらしい答えが返ってきた。
それにさっきより顔が赤く心做しか苦しそうだ。
「ちょっとからかっただけだから気にするな、どこにでも行くって約束だったしな。それより呼吸荒いし顔赤くなってるけど大丈夫か?」
「平気だよ、それより見て回るんでしょ……?」
「それで平気って……まあ辛かったら言えよ?」
俺には強がってる様にしか見えないが、美夜が平気と言うなら無理やり言う事を聞かせる訳にも行かない。突然倒れたりしないか、細心の注意を払いながら部屋の中を見学して回る。
部屋の中は一面紫がかったピンク色でいかにもな感じだった。
浴槽は壁がガラスになっていて色々丸見えだ、これじゃ今日は風呂に入れそうにない。
「凄いよ、翔吾……このベットくるくるする……」
それに、なんの為に付いている仕様なのか分からないがベットが回るらしい。新鮮味はあるが本当に何の為の機能なんだろうか。
「翔吾……好きぃ……」
「どうしたんだ突然……って美夜さん……?これは一体!?」
突然俺をベットに押し倒し、荒い息をあげる美夜。
「好きだよ翔吾……ずっと大好き」
さらにヒートアップしたのかおもむろに服を脱ぎ始める。
「待て! こういう事はお互い好き同士じゃなきゃいけないんだ……!」
「私はこんなに翔吾の事好きなのに……はぁはぁ……翔吾はどうしていつも私の気持ちに答えてくれないの……!」
美夜を飢えたハイエナの檻に放り込むとか言ったが逆だ、今まさに俺がハイエナの檻に放り込まれた餌だ!
昔誰かが言っていた、童貞も守れない男に何が守れるんだって。俺はその言葉に痺れた、子供ながらに大切なモノを守る為には、童貞を守り通さないといけないんだって思ってた。
でもある人は言った、そんなの童貞の負け惜しみだって。だけど今ならその意味がちゃんと分かる。童貞を守れないのが悪いんじゃない、相手の理性がないこの状態で誘惑に負けて童貞を捨てるような意志の弱い人間には何も守れないって事だったんだって。
「美夜、俺だってお前の事は昔から大好きだ。人に順位を付けるのは良くない事かもしれないが美夜の事が一番大切だ。だからこんな事しなくていい、いや、しないでくれ! お前だから大切にしたいんだよ……そんくらい分かれ……」
俺の本当の気持ちを正直に伝えると、まるで満足したかのようにベットにうつ伏せになって倒れ込む。
倒れた美夜の額に触れると火傷しそうなくらいに熱い、凄い熱だ。
「お前やっぱ熱あったんじゃないか……」
「そんなのどうでもいい……翔吾の本当の気持ちが聴けただけで何も辛くない」
「ばか、いいからもう寝てろ。俺はタオルとか持ってくるから」
「やだ、横に居て……一人じゃ怖い……」
「……分かった、寝るまで横に居るから目瞑れ」
「じゃあ手繋いでて……」
そう言って辛そうに手を伸ばしてくる美夜の手を、不安にさせまいとしっかりと握りしめる。
「これでいいか?」
美夜の手はじっとり手汗で湿っていて生暖かい。
コクリと頷くと、すやすや寝息をたて始めた。
美夜が寝付いた時には俺の頭の中は美夜の事でいっぱいになっていた。
小さい頃にこっちに越して来た俺とすぐに打ち解け家族になってくれた姫川一家、5歳から15歳、10年近くの時をほとんど一緒に過ごして来た。
たかが10年だが、5歳から15歳という多感な時期を一緒に過ごした。
美夜は小さい時から可愛いかったし、みんなからチヤホヤされていた。その事を誇りに思うと同時に、俺なんかとずっと一緒に居て本当に良いのだろうか、なんて考える事もあった。勿論そんな事美夜本人に言えるはずもなく、変わらず美夜は俺に対して好意的な態度を取るもんだから内心調子に乗っていたんだ。
でもそれは運良く美夜の家の隣に越して来て運良く親が共働きで、そのおかげで運良く姫川家が優しくしてくれて、運良く美夜と仲良くなれたからで、俺自身にはなんの力もないんだ。
だから幾ら美夜が俺に好意的な態度を取ろうと、他の男を遠ざけてきた美夜は必然的に俺しか見た事がない。もしこれから、他に好きな奴が出来て、そのとき俺が彼氏面でもしてようものなら美夜は最悪な選択を迫られる。
そんなのは嫌だ、それに美夜に裏切られるのはもっと怖い。それなら最初から好きという気持ちをなかった事にしようと決めた。
今まで美夜に対する好きの気持ちは、親愛や家族愛のようなモノだって思ってきた、というか思い込んで生きてきた。だが、今日一日、久しぶりに満足行くまで遊び尽くしたせいで、この気持ちが確信に変わってしまったんだ。昔から誤魔化し、自分に嘘をついて、ひた隠しにしてきた事実。でも、もう隠しきれない……美夜の事が、家族とかそういうんじゃなく異性として大好きだって。
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