第19話

 ふと美夜の方へ目をやると、顔はにこにこ笑っているのにその瞳の裏にどこか寂しさを感じた。


「美夜、どうかした?」

「……ううん、なんでもないよ? どうしたの?」


  すぐに自分の鈍感さに気付く。元はと言えば、今日は美夜との約束を守りにここに来たのに、それなのにまた美夜を後回しにして我慢させるのか?


「りくと、今日は悪かった。お姉ちゃんに楽しかったよ、また学校でって伝えといてくれ」

「それはいいですけど、突然どうしたんですか」

「ちょっと先約があったのを思い出してな。本当に先輩には悪い事するけど今回は許してくれ、じゃあな、行くぞ美夜っ」


  美夜の手を掴み駆け出すと、さっきまで戸惑っていたりくとが何か察した様子で悪戯そうに言う、


「なんとか弁解しときます、姉さんの分も楽しんできてください」

「カッコつけやがって……」

「ふん、こっちのセリフですよ」


  俺達が見えなくなるまでりくとは手を振ってくれていた。なんだ、いい男じゃんか惚れそうになったわ。


「ちょ、ちょっと待って……翔吾突然どうしたの??」


  慌てた様子の美夜が俺の手を振りほどく。


「突然悪かった、今日は一日お前と遊び尽くすつもりだったのに双葉先輩にばっか構って、それでやっと美夜との約束思い出して、本当にごめん! 謝って許される事じゃないかもしれないけど」

「……ふ、ふーん。浮気性、一夫多妻、ハーレムラノベ主人公? でも思い出してくれただけでも嬉しいからいい。それより先輩置いてきていいんだ?」

「健気過ぎだろ……抱き締めていい?」

「いいけど先輩……」


  許可を貰い優しく抱き締める、周りにどう思われようがバカップルだと言われようが今だけは構わない、構うものか。


「こうするの久しぶりだね」

「そうだな、昔は毎日してたのにな」

「今日から毎日してくれてもいいんだよ。それと先輩……」


  どこまでも、それこそ俺なんかよりも何倍もお人好しで健気な女の子、少しでも力を掛けたら壊れてしまいそうな程華奢な身体、髪の匂い、全てが愛おしい。 こんなに完璧で欠陥だらけの女の子がこんなに近くに居るのに他の女の子に夢中になって。


「絶対怒られるだろうな、そん時は責任持って何時間でも叱られるよ」

「それより、もう幾らも時間がないし急ぐぞ行きたい所あるなら全部行こう」

「じゃあまずは……」


「えぇー、翔吾達どこか行っちゃったの!?」

「なんでも大事な約束を忘れていたとかで、でもあれは男として行かないと行けない約束だったので僕からも許してあげて欲しいです」

「ふん、今度は私が一日構って貰うから覚悟しといてよね!」

「じゃあ今日は僕と姉さんで遊び尽くしましょう」

「そうだね! 行こっ」


  それからはボーリング、スタバ、ゲームコーナー、映画館と時間が許す限り遊びまくった。


「このゲームに勝った方が次行くとこで何か奢りな、美夜が負けても俺が払ってやるけど」

「なんで自分しか受けない罰ゲームを自ら提案するの……負けたら私も払うよ、その方が楽しいし」

「お、そうか? じゃあ始めるぞ」


  その後、二人は汗だくになりながらも玉を転がし続けた。


「はぁはぁ……」

「ちっまたガターかよ……」

「やったぁ……! ストライク……っ!」

「翔吾、いぇーい!」

「い、いぇーい(?)」


  嬉しそうにハイタッチを求めてくる美夜が可愛かったので、反射的にいぇーいしてしまったが、これ俺の奢り確定なんだよな? 元からそのつもりだったからいいけど。


  ボーリングで完全敗北したので、約束を守る為に休憩がてらカフェに寄った。


「翔吾、ほんとにいいの??」

「約束は約束だ、好きなの頼んでくれ」


  美夜が目をキラキラ輝かせながら聞いてくる、やっぱり女の子は甘いものが好きなのかな?

  たかが数百円で喜んでくれるなら悪くない取引だと思った。


「じゃ、じゃあ私はムース フォーム キャラメル マキアートを一つ」

「えっと俺は、すぷれっそ、あほかーどぷらぺてちちのーのっ、を」

「あは、翔吾噛み噛みだね」

「言える奴が凄いだけで俺は正常だよ、多分な」


「翔吾、あれ可愛いね」

「そうだな」


  美夜の指さしたクレーンゲームのディスプレイ用のクマのぬいぐるみに目をやる、まだあんなのが欲しいのだろうか?


「欲しいね」

「そうだな?」

「取って欲しいな」

「……任せろ」


  よし来た、かっこいい所見せてやろうじゃねぇか!


「い、いくぞ! こんなの一発で……うぉお! 言ったそばから行き過ぎたぁぁああ!」

「惜しい!」

「美夜、ここからは修羅の道だ、もう誰にも止められないぞ……」

「う、うん……!」


  30分経過


「はぁはぁ……」


  箱をずらして棒の隙間に落とすタイプなので、金を掛ければいつか取れると思っていたが、そう簡単には格好つけさせてくれないらしい。こんだけやって取れない時点で取れた所で格好はつかないが、ここまで来たら男として負けられない。


「も、もういいよ……人にクレーンゲームの景品せがむのがどれだけ業の深い事か十二分に分かったからあ……」

  美夜は半泣きで自分の罪を懺悔し許しを乞うが、俺は手を止める事なくまたコインを投入し、美夜の罪を更に重くする。空気も罪も何もかも重くなっていく中でただ一つ、俺の財布だけが軽くなっていくのを感じる。あぁ、本当にもう戻れねぇ所まで来ちまったんだな……。


「ここまで来て辞められる訳ねぇだろ……美夜、あれ見てみろよ。最初の位置から1センチ手前に動いてるだろ? あの1センチ、3000円な」

「全然そこまで来てないじゃん! やめようよ翔吾!! あっ、持ち上がった……!」


  勝ちを確信したその刹那、


「「あっ!」」


  落下した箱はギリギリ穴を避けて突っ張り棒にバウンドすると、さらに奥の方へと戻っていってしまう。


「よし、次はどこ行きたい? 美夜」

「え、でもクマは?」

「なんの事?」

「あ、ううん、なんでもない!」


  しらばっくれるなんて我ながらせこいとは思うがこれは逃げじゃない、戦略的撤退だ。これじゃ、いくら金があっても足りやしない……。


「そう言えば、これ面白いって評判らしいよ」

「これなら俺も知ってるぞ、『君と僕と俺』だよな、壮馬と宮本も見に行ったって言ってたぞ。なんでも号泣したとか」

「へぇ、タイトルとかあらすじ見た感じ恋愛モノかな?」

「そうだな、僕と俺とって一人称が二つ入ってる所からして二重人格の主人公の恋愛モノみたいな感じかな?」


  気になるなら調べればいいと思うだろうが、これは俺達なりの映画の楽しみ方だ。昔から二人で映画を見る時はこうやって内容を予想してから見るようにしている、少しでも内容を知らない方が、その分楽しみが増えるからだ。


「とりあえず見てみよ!」


  美夜にそう言われ、ふと携帯を取り出し時間を確認する。


「もう4時か、今から見たら時間が……いや、なんでもない、入るか」


  少し躊躇ったものの撤回する。遊び尽くすと言った以上、美夜の願いはなるだけ聞いてあげたいと思ったからだ。


「うん!」


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


  どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁあ!!

  殺人鬼の人格を持った主人公が仲間と一緒に館に閉じ込められ、仲間が一人ずつ殺されていく事に犯人が自分とは気付かず怯える主人公。


 そして一人また一人と着実に減っていく仲間!

 号泣ってそういう意味での号泣かよ、聞いてねぇわ! そういう事は先言っとけよ!? 俺怖いの無理って知ってるはずじゃんかよぉ!?


「翔吾、怖いよぉ……」


  半泣きの美夜が俺の胸に顔を埋めて抱き着いてくる。普段なら役得だと思えるのに、今は怖がってないフリをするのに精一杯でこの状況を全然満喫出来ない。というか心臓の音でバレてるんじゃないだろうか?


「とととりあえず落ち着け、たかがフィクションだろ……?」


  シチュエーション自体はホラーにありがちなものだが、殺され方がとんでもなく残忍で主人公が映り込むシーンがほん怖の数倍怖い。俺の中でほん怖は最上位の怖さなので、つまりこれはとんでもなく怖い!


「私トイレ行ってくゅ……」

「お、おう……」


  行かないでくれ美夜、美夜ぁぁぁぁぁぁあ! 俺を一人にするな美夜! 美夜っ!

  やべ俺もちびりそう……出たァァァァ!!

 映り込む犯人と共に少しだけ、ほんとに少しだけ出ました……。


「や、やっと終わった……」


  エンディングが流れ始め、一人冷や汗と小さい方でびしょびしょになりながら安堵の息を漏らす。


  結局美夜は映画が終わるまで帰ってくる事はなかった。すると左隣に座っていた女の子がトントンと指で肩を突くので思わず顔を上げる。


「お兄ちゃん凄い汗だけど大丈夫? これあげるから使って! でもこの映画結構怖かったね!」

「あ、ありがとう……君怖いの平気なの?」

「うーん、怖いけどお兄ちゃん程は怖くなかったよ! じゃあねお兄ちゃん!」

「……あ、うん! じゃあねハンカチありがと!」


  こんな小さな女の子が一人で見れているというのに……ちびったなんて絶対言えないな。


「美夜、こんな所に居たのか」


  この裏切り者め。


「そのー、一人だけ逃げてごめんね。映画どんな内容だったの?」


  そうかこいつ序盤に逃げたからその後の展開知らないのか。


「ま、まあ?狂気的なシーンは多かったが、最終的には上手にまとめられてたな?」


  何故か強がる時って疑問形になるんだよな。だが美夜も一応興味はあるようで、神妙な面持ちで耳を傾ける。


「ど、どんな感じだったの??」

「主人公が……」

「それでそれで?」

「実は主人公は……」

「で、でもなんで犯人がわかったの?」

「それはだな」

 俺は美夜が席を立ってからの映画の内容を事細かに説明した。

 ちびる程怖かったのは確かだったが、最後には感動すら覚えたのも事実だった。


「へー、話は良く出来てるみたいだね」

「だろ? お前も最後まで見れば良かったのに」

「私は怖いからいいかな」

「そうか、じゃあもう6時だし飯食って帰るか」

「あ、あのさ……」

「どうかしたか?」

「なんでもない。そうだね、ご飯食べようか」


 誤魔化したのか?なんて言いたかったんだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る