第18話

「今更ですけど双葉先輩もこのクソガキ……じゃなかった。りくとクンとジャイアントデパートに遊びに来てたんですね」

「うん、二人とも休みだったから久しぶりに二人で出かけようってなってここに来たんだけど、翔吾達が居たからつい」

「先輩風紀委員で忙しそうですもんね」

「そんな事ないよ、結構楽しいし居心地いいんだ」

「そうですか。でも風紀委員なら自分の弟の公共の場での下ネタくらい注意した方がいいですよ」


  優しく諭すと先輩は真っ赤な顔でこう反論する、


「りくとは、し、下ネタなんか言わないんだけど……っ?!」

「はい、姉が悪い男に引っかからないよう性知識を教えておこうと思っているだけです」

「ほら、りくともこう言ってるし、りくとは純粋ないい子なんだから」


  ほらじゃないわ。言ってるんだよなあ。自分で認めちゃってるんだよなあ。

  すると、ぎゅううぅ——と可愛いらしい音が控えめにフードコートに響いた。


  先輩が恥ずかしそうに俯いているので、誰の腹の虫かは一目瞭然だ。恥ずかしがってる姿もグッとくる。このまま暫く眺めていたい、そんでもって餌付けしたい。


「姉さん、お腹減ったんですか?」

「……うん、朝忙しかったから食べれてなくて」


  弟の発言に更に顔を真っ赤にして袖で顔を覆う。


「じゃあ買ってきましょうか」

「でも……」

「でも、なんですか?」

「なんでもない……行こ」

「煮え切らない反応ですね。素直になってください、とても気になります」


  珍しく同感だ。


「いや、でもほんとになんでもないの……」

「正直に言わないと姉さんの恥ずかしい話、美夜さんとラノベ主人公に話しますよ?」

「それは絶対ダメ!」


  ラノベ主人公ってもしかして俺のこと?

 まあそれは置いといて恥ずかしい話ってなんだろう。凄く気になるので下ネタ眼鏡をつっついて交渉を持ち掛けてみたものの、NOの一点張りでした。

 悔しいけど、意外と姉の管理はしっかりしてて安心した。


「その、さ……買って、ご飯食べてたら……翔吾達居なくなっちゃうかもしれないでしょ……?」

「そうですね、何か問題がありますか?」

「問題って、だって! だって……もう少し話してたいし……」

「そうですね、俺らも飯食った事だしそろそろ移動しようかと」


  可愛い事を言うのでつい少し意地悪したくなってしまった。

  すると可愛い可愛い先輩は、俺の裾を掴んでこう言うのです。


「……行かないで」


  と、あぁ……なんて愛らしいんだ。


「嘘……」


  悲しそうに俯く先輩、そんな先輩に、


「冗談ですよ、先輩が食べ終わるまでいつまでも待ちます」


  そう言うと先輩は満面の笑みで、


「翔吾、大好き……!」


 となるわけです。


「嘘ですよ、この人の顔を見れば分かります。大方姉さんの反応が可愛いのでいじわるでもしたくなったのでしょう。少なからず加虐趣味の傾向が見られるので気を付けてくださいね」


  そんな俺のドロドロに甘ったるくも、ほんのり甘酸っぱい希望的観測は、この変態インテリ眼鏡の思考を透視したエスパー的発言のおかげでけちょんけちょんに破壊された。


「そうなんだ、翔吾って可愛いといじわるするんだーへー、でも私にはいつも優しいよね、へー」


  今まできゃっきゃきゃっきゃ笑っていた美夜から突然どす黒いオーラが溢れ始めた。

  尚、顔は相変わらず笑顔なのが怖い。


 もちろん先に移動するというのは冗談なので、二人が昼食を済ませるまで雑談して暇を潰した。


「ごちそうさまでした」

「あれ、お前食うの遅くないか?」

「うるさいですね、何事も早ければいいと言うものではありません。恋愛のABCもしかり、結婚のタイミングもしかり、男性の射出するタイミングもしこりです」

「まあそうだけど、ナチュラルに下ネタ入れてくんのやめろ? 食事中だから」

「だいたい、僕のお子様ランチは姉さんの蕎麦より量が明らかに多いではないですか。時間がかかるのも仕方ないです」

「そうだね、お姉さんが食べるの手伝ってあげよっか?」

「む……具体的には?」


  あからさまに食い付いてる、将来有望な生涯現役タイプのエロ親父になる事間違いなし。俺が太鼓判押します。


「んー、そうだなぁ。そのタコさんウィンナー欲しいな」

「なんだ、そういう手伝うですか。期待させないでください」

「期待って?」

「いえ、なんでもありません。タコさんウィンナーでしたね、どうぞ」

「ありがと、んー美味しい!」


  エロ眼鏡の勘違いに必死に笑いを堪えていると、先輩がスマホを突き出してきた。


「ここ、後で行きたいんだけどいい?」

「服屋ですか、俺はいいですよ」

「私もいいですよ、みんなで洋服とか見るのきっと楽しいだろうし」

「む……」

「ね、りくともいいよね?」

「今回だけですからね……」

「やった!りくと大好き!」

「えへへ……」


  はあ、これだから小学生は! 幼いってだけでやれ可愛いだ、やれ偉いだ、やれ大好きだなどと、すぐもてはやされ、愛を囁かれる。なんて役得なんだ小学生は!?


  うちの親友もロリコンだが美夜も先輩も大概ショタコンだろ、これ。先輩のはブラコンなのかも知らんが、そんなお子様ほっといて俺と仲良くしましょうよ。


「デパートの中の建物なのに、普通の洋服屋よりデカイんだもんなぁ……でもこれだけあれば欲しいの見つかりますね」

「わぁぁ……! うん!」


  目を輝かせて嬉しそうに頷く先輩が女の子らしくて可愛い。


「こんなに広いなんて聞いてませんよ。勘弁してください……」


  そんな双葉とは裏腹に、りくとはすっかり絶望顔だ。目の前の快楽に逃げるからそうなるのだ、反省したまえ少年よ。


「服屋の何がそんな嫌なんだ?」

「僕ってほら、体力ないじゃないですか」


  知らんけど、そうなんだな?


「それで長時間立ってるのって結構きついんですよ、それにやたらこういう時って試着させられるじゃないですか」


  そう言えば、俺も小さい時は良く美代子さんに着せ替え人形にされてたな。


「遂には男の人除け者にして女の人だけで選び始めるじゃないですか」

「若干分かったり分からなかったするけど、今言った状況にはならないと思うぞ」

「ほう?」

「先輩、先輩はして欲しい事があるんですよね?」

「二人に私の洋服選んで欲しいんだけど……だめかな??」

「出ましたよ、めんどくさい奴……」

「俺はもちろんいいですよ! で、お前はやんないのか?」

「いや、普通に考えてやるでしょ馬鹿なの?」


  あ、素が出たな。てかやるんだ。対抗心を燃やすように煽るとすぐにムキになった。ちょろすぎ。


「ありがとう。私、悪魔とかコスプレ関連の衣装はあるのに私服全然持ってなくて、こういう所もあんまり来ないからどんなのがいいか分かんないし」

「なるほど、悪魔以外ってどんなのがあるんですか?」

「クマとかうさぎとかランドセルとかナースとか」


  ランドセル背負った先輩ねぇ、ちょっと気になる、いや、ほんのちょっとだけ。

  これから見れる機会あったらいいな、いっそ夏の双葉コスプレショーでも開催して欲しい、チケット言い値で買いますよ。


「私はどうしてればいいですか?」

「美夜さんにも同じ女の子としてアドバイス貰えたら嬉しいな」

「任せてくださいっ! 絶対もっと可愛くしてみせます」

「双葉先輩は元がいいですから、ちょっと雰囲気を変えればきっと可愛くなれますよ」


  美夜が、化粧品売り場のお姉さんモードで双葉先輩を接客し始めた。

 これなら暫くは美夜一人に任せても大丈夫そうかな?


「まずは私のから!」


  一時間程大量の洋服を漁って、やっとこさコーディネートが決まったのか二人で試着室に入っていく。

  ちなみにその間、俺とりくとが何をしていたかと言うと何もしていない、ただひたすらベンチに腰掛け一言も喋らずに二人を待ち続けた。


  多分りくとはこういう時間が嫌なんだろうな、

 にしても俺、めっちゃ待つ人みたいになってない?

 いやいいんだけどさ、実際待ってるし。


「先輩肌綺麗、すべすべしてる~」

「そ、そうかな? 美夜さんも凄く綺麗だよ?」

「先輩の方こそ、こんなに可愛いの着けてまさかこんな事になるって想像してたんですか?」

「そういう訳じゃないけど……ちょっとだけ」

「ふふ、先輩可愛い。大丈夫、優しくしますから……」

「あっ……」


  デパートの試着室で何やってんじゃぁぁあ!!

 興奮するだろうがぁああ!!


「翔吾、何一人で赤くなってるの?熱でも出た?膝枕してあげよっか?」


  美夜はいつでも俺に甘いが、現実はそんなに甘くなかった。でも膝枕の誘惑は甘いので甘えさせて貰う。僕、甘いもの大好き!


「美夜は双葉先輩と一緒じゃなかったのか?」


  美夜の膝に頭を乗せ、りくとから冷たくも恨めしそうな視線を浴びながら質問する。


「先輩は試着中だもん、さすがに試着室まではついて行かないよ」


  ああそっか。どんどん俺の妄想癖が悪化してるような気がする、いつも気が付いたら幸せな展開になってるし全然気付かない。故に妄想だと気付きたくない。


「はぁぁぁ……もう帰りたいです」

「暇なら話し相手になるけど?」


  切実に帰宅を願い溜息をつく様子があまりに可哀想なので、つい声を掛けてしまう。


「じゃあ、お願いします」


  やけに素直で驚いた。


「お兄さんだから話が弾まないんですよ、はぁ」


  みたいな返事を予想してただけあって、ちょっと子供らしくて好感持てる。

  マイナス100からマイナス80になっただけなんだけどね。


「何から話そうな、先輩の事とかなら共通の話題で話しやすかったりするか?」

「姉さんの話ならいくらでも出来ますよ」

「さすがシスコンだな」

「あんなに可愛い姉が居たら誰だってこうなりますよ」

「まあ否定は出来ないけど、どんな所が好きなんだ?」

「まず可愛いですよね、優しいし、思いやりがあるし、ぽんこつだし、一生懸命だし、僕の事可愛がってくれますし、あと可愛い。大事な事なので二回言いました、あと可愛い」


  そうだな、可愛いってとこ大事だな、そんでもってお前可愛いって三回言ったよ。


「俺も先輩と会ってからそんなに経ってないがいい所なら言えるぞ」

「へぇ、どんな所ですか?」

「双葉先輩とは病院で初めて会ったんだが、その時先輩は悪魔のコスプレしてて暫く目を奪われた。話してみたら話しも弾んでもっと話してたい、仲良くなりたいって思った。要するに先輩には人を惹きつける魅力があるんだなと思った」

「お兄さんってば、短期間で姉さんの魅力をちゃんと分かってるじゃないですか、見直しましたよ。最初は悪い人かと思いましたが貴方とは仲良くなれそうです」

「そうだな、下ネタ製造セクハラマセガキクソ野郎かと思ってたけど姉思いのいい弟だったみたいだ」

「そんなふうに思ってたんですか……」

「私の事そんな風に思ってたんだ……凄い嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかも……」


  すると、いつの間にか着替えを終えていた先輩が紅潮した顔で突っ立っていた。


「居たなら言ってくださいよ、本人に聞かれてたとか恥ずかしい……」

「ちなみに私も居るんだけどね」


  ありゃ、気付けばここ一連の流れを全て美夜の膝の上に寝そべりながら話していたのか。馴染み過ぎてそれすら忘れていた。


  という事は、俺の少しカッコつけた発言もちょっとかっこいいかもって思ってたのも俺だけってことかよ……死にてぇ。


「というか先輩服めちゃくちゃ似合ってますね!」


  とりあえず恥ずかしさを紛らわす為に話題を変えたくて服について触れた訳じゃないぞ。本当に可愛いんだからな?


  膝上数センチのミニスカートに若干襟元の開いたピンク色のワンピースとなかなか攻めた服装だ。

  いつも服装がお堅い先輩が女の子らしさ全開の服で、とてつもなく素晴らしい。


  美夜の事だからてっきり悲惨になるかと思いきや、服のセンスははなまるだった。

  思い返せば、今日の美夜の私服も少し大人っぽさもありつつ美夜の可愛いらしさを引き出していてとても似合っていた。普段から他の服も見たいんだけどな。


「さすが私がコーディネートしただけあります、その組み合わせ可愛いー」

「姉さんの事を褒めてるように見せかけて、自分のセンスを褒めるのは感心しませんね。にしても1時間近く待たされましたが凄く似合ってますよ、待った甲斐があるとは言いませんが待った甲斐がありました」

「あはは……遅くなっちゃってごめん……可愛いのいっぱいあって迷っちゃって。こういうのあんまり着たことないんだけどスカートの丈短過ぎない……??それに胸元こんなに……」


  来た! いつもはガードの堅い女の子が着慣れない服を着て恥ずかしがるヤツ!

  まさか現実で見れるとは思ってなかった、俺ほんとにラノベ主人公みたいだな、あはは! 最高かよ!


「全然大丈夫ですよ、普通の女の子ならそれくらい履きますから」

「え! じゃあ美夜さんも履いたりするのかしら??」

「翔吾以外には見られたくないので家以外では履かないですけど、家でなら履きますよ」


  淡々と嘘吐くのはやめなさい、家じゃいつでも決まってパーカーだろうが。


「そっか、じゃあ私も翔吾と会う時とお家に居る時だけ履こうかな?ちょっと買いに行ってくるわね……!」


  颯爽とレジへ向かって去っていく先輩の様子は心做しか照れ隠しでもしているかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る