第10話

  オレがいつものように朝起きて朝食を取っていると、まだ6時過ぎだというのに珍しく詠が部屋から降りてきた。


「おはよう詠、今日は起きるの早いな」


  振り向いて声を掛けると、そこには胡散臭い帽子にマスク、サングラスにパーカーの不審者が立っていた。


「ぎゃぁぁぁあ不審者ぁ!」

「おはようお兄ちゃん、私だよ、ちょっと朝日公園まで行ってくるね」

「お、おう……行ってらっ……?」


  きっと寝ぼけているのだろうと思い眠気覚ましのコーヒーを一気に飲み干して冷水で顔を洗うと、やはりまださっきの不審者が玄関に居た。朝からお兄ちゃんの頭をパンクさせに来るのはやめてもらいたい。


  もしくは不審者ならばただちにお縄になって欲しい。というか詠がこんな時間から公園? しかもあんな格好でか?

  そう思うとめちゃくちゃ心配になってくる。


 という事で、とりあえず気付かれないように詠(?)の後を追ってみる事にした。


「あいつ外でてないわりに足速いのな」


  支度をしていて5分出遅れた事もあり、もう詠の姿はない。朝日公園までは徒歩で10分ちょいなのでさすがに詠はまだ着いてないはすだ。こうなったら先回りして待ち伏せよう。


  はぁ……ここまで全力ダッシュはさすがに疲れる。

 でも、まだ詠は着いてないみたいだ。今のうちに隠れ場所をっと、この木の影は眺めもいい上に見つかりにくくて使えそうだな。よし、ここで監視しよう。


(あれは翔吾か?でもなんでここに翔吾が?詠も来たな、ばっちり会話は聞かせてもらうぜ)


「あ、あの……翔吾……さん、ですか?」

「そうだけどもしかして俺をここに呼び出した人?」


  少し位置が遠過ぎたのか、または声が小さいのか耳が遠いのかは知らないが途切れ途切れでしか聴こえない。


「お前、壮馬の妹だな!」


  なるほど、昨日詠が話してた男が翔吾だって分かったから直接会うために呼び出したのか、なんたる行動力だろう。翔吾もさすがに気付いてたのか。


  感心していると急に翔吾が詠の胸をまさぐり始めたではないか!詠が襲われてる、お兄ちゃんとしてこれは見過ごせない!


「朝から詠に何しとんじゃ!われぇ!」


「いってぇ……!?」



  誰かと思えば壮馬かよ……にしてもほんといってぇ……大方詠の事が心配でつけて来た所、俺が詠の胸部を触った事に腹が立ち悪質なタックルをかましてきたのだろう。


「翔吾、大丈夫?お兄ちゃんがごめんね」

「な、なんとかな」

「お前がいきなり詠の胸触るから悪いんだぞ」

「あ、あれは不可抗力だろ!どう見ても詠が無理やり触らせたじゃないか!」

「でもその後、何回か揉んでたよな?」

「あるはずのものがないから確認の為にだ!」

「だって私、男の子だから……」

「えぇぇぇえ!?」


  ひょっとしたらそうかもって思ったけどぇぇぇえ!?


「ちゃんと話したいけどここだとそろそろ同級生登校してきちゃうから……」

「俺らも学校があるからまた後でじゃダメか?」

「今がいいかも……」


  詠にこう言われては断れない。どうせこのままじゃ俺も気になって勉強どころじゃないしな。


「分かったよ、今日は遅刻でもなんでもいいわ」

「じゃあとりあえず家で話そうか、今は家族もいないし」

「うん……」

「じゃあ聞かせてもらおうかな」


  先に言っておくが事実がどうであろうと否定するつもりは全くない。


「小さい時から私は女の子だと思って育ってきたの。お兄ちゃん含め、私の家族はみんな分かってくれたんだけど、学校の子は分かってくれないみたいで。そのせいで学校側にはちゃんと学ラン着ろとか同級生にはいじめられて、私っておかしいんだって思って、それで学校が嫌になった」


  だから壮馬は有栖に詠の事を妹かと聞かれたときに言葉を濁したのか。でも壮馬は詠が望むように妹のような扱いをしている。ただのブラコンかと思ったらいい兄貴してんじゃないか。


「男用の服は着ようとかは思わなかったのか?」

「うん、男物の服は着る気になれなくて」

「詠も大変だったんだな……それなのにいつも俺の話ばっか聞いてもらってありがと」

「翔吾の話、聞くの凄く楽しいし全然大丈夫。でも翔吾がお兄ちゃんの友達だって知って、驚いたけど会ってみたいって思った」

「だけど、もしこの事知ったら同級生の子達みたいに私の事嫌いになっちゃうかもって思った。今までの楽しい関係もきっと……だから私の胸を触らせるのも怖かった。自分のじゃないくらい手が震えて胸が痛かった」

「俺達の関係に男か女かなんて関係ないだろ」


  だからあの時、詠の手はあんなに震えていたんだ。恥ずかしいから震えたんじゃない、不安だから震えてたんだ。そこまで思い詰めてたなんて……。


「でも、男の子だって知ったら嫌いになったでしょ……?昨日好きって言ってくれたのは女の子だと思ってたからでしょ……?」


  否定する気はないと言ったが、これだけは否定させて貰う。


「嫌いになんてなるわけがない、俺がお前を好きって言ったのは人間性が好きだからだよ!お前の主観で勝手に決めつけてんじゃねぇよ!」


  詠が男だったのは確かに驚いた、でも本当に驚いただけだ。嫌いになんかなるはずない、むしろ隠し事がなくなってすっげースッキリしたくらいだ。


「ほ、ほんとに?これからも仲良くしてくれる?」

「当たり前だろ、これからは画面越しじゃなくても一緒に遊べるしな!」

「うんっ!ありがと……翔吾……!」

「でも、そろそろマスクとサングラス取ってくんない?ちゃんと詠の顔が見たい」

「あ、うん……あんまりじろじろ見ないでよ?……はい」

「なんだ、すっげー可愛いじゃん」


  そんな言葉が自然と口から出てきた。帽子とフードで隠されていた髪は女の子と遜色ない程に艶々で左右のツインテールに可愛らしい髪飾り、どこからどう見ても女の子だった。実際男だと知った今でもドキドキするレベル。いや、本当に。


「ほ、ほんと??」

「マジマジ超可愛い……!」

「そっか……えへへ」

「当たり前だろ、俺の自慢の詠だぞ!詠の可愛い所100個は言えるわ、まずなんと言っても艶やかな髪、愛らしくも大きい瞳、小さい口に長いまつ毛。低身長、お兄ちゃん思いなところ、優しいところ、いっつもパーカー着てるところ。萌え袖、引っ込み思案なとこ……(ry」


  さっきまで一言も喋んなかったのになんなんだこの落差は?どんだけ詠の事好きなんだよ。もしかしたら有栖より好きなんじゃないかと疑いたくなるが、家族愛と恋愛を比べるのは野暮かな。でも家族愛にしては見た目の話ばっかだけど……。


「お兄ちゃんはもうたくさん聞いたからいいよ……!」


  恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぐいぐいと壮馬を押し出す。

  これからはたくさん直接会いに来てあげようと思う。あぁ、こんなに可愛いとほんと性別とかどうでも良くなるね。


「って、まずい!もう学校始まってからめちゃくちゃ時間経ってんじゃん!」

「今日は二人とも休んで三人で一緒にゲームしたいな……?」


  コントローラー片手に上目遣いでゲームに誘ってくるのでここは大人の対応をとらせてもらい、大人しく……誘惑に負けて一日三人でゲームしてたら美夜と親にめちゃくちゃ叱られました。でも後悔はしてない、詠が幸せならOKです。

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