第6話

「あれ?稲畑くんと美夜ちゃん?急用が出来たんじゃなかったの?」


  あぁそれな……。


「あ、あははは……それが急になしになってさ」

「そっか!じゃあ、みんなで選びっことかどうかな!?」

「それいいね。私の水着選んでくれるよね、翔吾?」

「え、ああ。俺はもちろんいいけど」

「じゃあ、わたしは比嘉くんに選んで貰おうかなぁ?」

「……マジ!?」

「やっぱり目が怖かったから、稲畑くんにお願いしようかな……稲畑くん選んでくれる?」


  か、可愛い……じゃなくてこの状況をどうすれば。

 断れば有栖が壮馬の餌食に、了承すれば壮馬に逆恨み、もしくはなんかされるし。


「お、俺はもちろんいいけど壮馬がさ」

「……でも、やっぱりなんか怖いよ」


  俺の服の裾を掴みながら涙目で上目遣いされてはどうする事も出来ない、きゅんとするだけだ。

  俺は悪くないとひたすら自己暗示をかけていると隣から不気味な声が聞こえてくる。


「宮本に振られた……宮本に振られた……」


  廃人のように同じ言葉を繰り返している。どうしよう、壮馬が壊れてしまった。

 胸が痛い、チクチク痛い。自己暗示をかけようとしたけどダメみたい。

  悪い有栖、俺には親友を裏切る事はできない。


「宮本、悪いけど壮馬に選んでもらってくれないか……?」


  すると有栖は心底怯えた様子で心配そうに壮馬の方に目をやる。


「比嘉くん何もしないよね……?」

「しない!!」

「即答するとこがちょっと怖いけど、じゃあお願いします」


  良かったな壮馬、なるべくイメージ悪くならないようにサポートするから頑張れ!


  さっそく美夜の水着選びが始まった。


「私どういうのが似合うかな?」

「こういうのなら似合うんじゃないか?」


  クマ模様の水着を手に取ろうとすると壮馬に全力で押さえ付けられた。


「おい何すんだよ」

「これだけはやめとけ……」


  全てを悟りきったかのような顔で首を横に振る。

 そこまで言うならこれは辞めておこう、結構似合うと思うんだけどなぁ。


「ん、どれどれ?」

「ん?あぁこれだよ!!」


  慌てて手に取った水着に目をやると高校生にはあまりにも過激な水着で……やってしまった。


「こんなの恥ずかしいし無理だよ……」


  一瞬でポッと音を立て頬が真っ赤に染まっていく。

 わぁわぁ有栖が動揺している声も聞えてくる。

 これじゃまるで俺がド変態みたいじゃないか……。


「そ、そうだよな!悪いもう少し布地が多い奴に……」


  布地の多いやつ布地の多いやつ。


「で、でもそれを翔吾が私に着て欲しいと思ったんでしょ?」

「ま、まあ……でも無理しなくてもいいんだぞ?」


  ぶっちゃけると多少着て欲しい気持ちはあるのでやんわり肯定する。


「じゃあ着る……!だから待ってて!」


  そう言って試着室に入ると一分足らずでひょっこり顔を出す。


「どうしたんだ?」

「着れた」

「じゃあカーテン開ければいいのに」

「恥ずかしいから翔吾以外見せたくない……翔吾も中入って」


  そのセリフ凄くグッとくるけども。

「そんな事言われても心の準備が……は、うぉっ!」

「えへへ。近い……ね?」


  距離が近い、息がかかる。こんなに近付いたのいつぶりだっけか?

  んな事より! この状況見られたら間違いなく社会的に死ぬ……!幸い、宮本と壮馬は水着選びに必死みたいだ。


「それで水着どう?これ結構恥ずかしいんだけど……」


  思わず息を呑む。美夜の事こうしてまじまじ見るのなんていつ以来かな。

 やっぱ美夜もどこがとは言わないが成長しているんだな……。


「め、めちゃくちゃ似合ってる……!だからもう出よう」


  急いで試着室から出してもらえるよう催促するが聞いてくれない。


「だめ、もうちょっとだけ」


  腕、抱き付か……ぎゃぁぁっ!

 美夜の成長したところが腕に当たって……!

  これはやばいぞ、やばすぎる……!

今すぐにでも離れなきゃ行けないのにまだ離れたくないと思ってしまう!

 どうしよう……!こういう時はそうだ、とりあえず落ち着こう!美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、美夜は幼馴染、よし噛まずに行けた!じゃねーんだよっ!

  うっ理性が……っ!


「離せ美夜ッ……」

「もう少しだけ……」


  もうダメだ意識が薄れて……。


「翔吾!起きろ!」

「翔吾、ごめんね」

「稲畑くん起きて?」


  あれ?あの後どうなったんだっけ?

 確か美夜に試着室に連れ込まれて、必死に抵抗してたら途中で意識がなくなって……。

  あ!二人で試着室入ってた事バレてない!?バレてないよね?!ねぇお願いだから!!


「あ、起きたね稲畑くん。いきなり倒れちゃったっていうからみんな心配してたんだよ?」


  良かった、貧血か何かかと思ってるみたいだな、流石に美夜も俺の事を考えてくれたのだろう。とりあえず助かった。


「悪い、最近貧血気味で」

「じゃあもう今日はお開きにするか?」

「いや、もう平気だから続きしよう」


  理性が保てなくなってぶっ倒れた。とか絶対言えないし、見た感じ美夜以外水着買えてないみたいだし。良かった、それにあの水着は買ってないみたいだな。


「そっか、まあ調子悪くなったらすぐ言えよ」

「ありがと、でも俺はもう大丈夫だから宮本と好きなだけイチャついてやれ」

「おうよ!」


  爽やかスマイルを決めて有栖の元へ走っていく壮馬の手にはしっかりと水着が握られている。


「宮本、こんな感じのどうかな?」

「んー、いいけどちょっと子供っぽくないかな?」


  壮馬が選んだのは水色のワンピースタイプの水着だ。確かに少し子供っぽいが宮本のふわふわした雰囲気にマッチしていていいチョイスだと思う。


「そんな事ないって。絶対、その……可愛いくなるから!」

「……わ、分かった。そんなに言うなら着てみるね!」


  宮本が試着室に入ったのを確認するのとほぼ同時に、全力のガッツポーズで今の気持ちを最大限に表し始めた。いいなあ、青春って感じするなあ。

  その場でうろうろぐるぐる、何かふっかつのじゅもんのようにボソボソ延々と呟いている。


「ど、どうかな?」


  恥ずかしそうにカーテンの隙間からひょっこり、それじゃ水着見えないよ有栖ちゃん!


「めちゃくちゃ可愛い!マジで天使だって宮本!」


  何度も練習して喉先にスタンバらせてただけはある反応速度だった。噛まずに言えた点も高く評価できる、よって九点!あ、十点満点でね!何故一点足りないか?少し早口で聞き取りにくかったからかな。

  一瞬でも早く伝えようと目を血走らせて、着替えの間も一度も瞬きしていないのが分かる。


  水着が見えているのか見えていないかはもはや関係ない。この男にとっては有栖が何を着ていようが、あるいは一糸まとわぬ生まれたままの姿だろうと天使に見えてしまうんだから。


「あ、ありがと……じゃあこれカッテクルネ!」


  カタコト、それに若干語尾が上がっているのが見て取れる。その様子を見れば動揺しているのは明白、有栖も有栖で安定のちょろさだった。

  有栖と美夜の水着は買えたもののまだ俺と壮馬の分が買えていない事に気付く。適当に買って来よう、男の水着なんてどれもそう変わらない。


「稲畑くんどこ行くの?」

「俺の分の水着買ってこようと思って」

「美夜ちゃんと?」

「いや俺一人だけど」

「ダメだよ選びっこなんだから!わたしは今から比嘉くんの水着選んでくるからちゃんと美夜ちゃんに選んでもらってね!」

「おう、分かったよ」


  勝手に俺らだけで選べばいいと思ってたがどうやら違うらしい。

  まあ一人で選んでもつまらないし、美夜に選んで貰った方が嬉しんだけど美夜のセンス独特なんだよな。


「美夜に俺の水着選んで欲しいんだけどさ」

「もちろんです。最っ高にかっこいい水着選んであげるね」

「き、期待しとくな……」


 あ、これいい!あ、これも似合いそう!

 などとド派手な海パンを手に取って見てるけど、なるべく俺は普通のがいいかな。


  とりあえずベンチで休もう、気が滅入りそうだ。よっこらせと古臭い掛け声でベンチに腰掛けると後ろのベンチに壮馬が座っていた。


「お、壮馬もここに居たんだな」


  こいつも疲れてるのだろう、お互い大変みたいだな。


「美夜ちゃんに水着選んで貰ってるの?」

「ああ、そうだけど」

「オレも宮本に選んで貰ってるんだけど水着のセンスがなかなかなかなかで……」

「壮馬も苦労してんな……」

「「そこで提案なんだ(が)(けど)」」

「さすが翔吾だね、オレと同じ事を考えているなんて。翔吾は変なの選ばないように宮本にアドバイスしてきて、オレは美夜ちゃんにアドバイスするから」


 合ってはいるけど、俺何考えてたかまだ言ってなかったじゃん。

  だが俺が美夜に言うのと壮馬が美夜に言うのとでは美夜達の気持ちはだいぶ変わってくる。


 この方法なら美夜達を傷付けず、気持ちよく水着を選んで貰って、俺達も堂々と水着を履いて泳げる。よってWinWinだ。なかなかいい考えだと思わないか?そんなの誰でも思い付く?またまた。


  一人で色々考えているうちに、壮馬はとっとと美夜の所へ行ってしまった。

 仕方ないので俺も有栖の所へ行かないと。


「んー、こっちの方がいいかな?あ、でもこっちもかっこいい」


  手に持っている水着はとんでもないド派手なモノや大事なところがギリ隠れるか隠れないかという危ない品ばかり。さすがにこれは責任を持って止めさせてもらう。

  男ものの水着なんてどれも変わらないとか言った事については、こちらも責任を持って撤回させていただこう。


「おい、ちょっと待った!もっと普通の水着の方がいいんじゃないか!?」

「あ、稲畑くん!えー、でも似合うと思うんだけどなあ」


  これが似合う?有栖のセンスは俺が思ってた以上に独特らしい。


「このド派手なヤツは百歩譲っていいとして、その面積の少ないのは置いときなさい」

「それがいいんじゃない。みんなで遊んでる中、一人大事なとこが見えないかドキドキしながらもその恥ずかしさの虜になっていく。ね?考えただけでゾクゾクしちゃうでしょ?」

「ごめん、宮本。今なんて言った!?」

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