~第四章・生きる意味とホルモン焼肉。~

【2018年12月25日(同日) AM3:47 @某漫画喫茶、個室

(人質殺害のタイムリミットまで あと2時間13分)】


部屋番号15番、ほんのりとタバコの匂いが染みつく薄汚れたクッションと少し古い型のパソコンだけが置かれた足を完全に伸ばしきることがギリギリ出来ないくらいの狭いフラットシートの個室で

僕はイヤホンから流れる犯人の声を聴きながら、番組宛の質問メールを練っていた。


正解の為には まずはざっくりとした人物像を把握する必要がある。


「性別は男性?」

「年齢は若い?」

「職業は芸能関係?」


といったア〇ネーターのような質問でジャブを打つのも悪くない。

しかし、そんなありふれた質問達は僕が送らなくとも

きっと他のリスナーから送られてくるであろう。

それに“質問メールは1人1通までしか送れない”というルールもある。

もっと核心を突きつつも直接的すぎて不採用とされない渾身の質問、これを考える必要があった。

僕はドリンクバーの甘ったるいメロンソーダにガムシロップを入れた糖分補給の為の特製甘々ドリンクを片手に頭をフル回転させていた。


『番組開始から50分くらい経ちましたね。そんなタイミングでラジオの前の皆さんから続々とメールが届いたようです。読んでいきましょう。

…お、いきなり回答ですか。

ノーヒントなのに素晴らしいですね、えぇとなになに?

なるほど、やはりこの時間に本来放送するはずであったレギュラー番組、「夜もすがら真夜中ナイトニッポン」のパーソナリティである「神楽坂 綾音」という回答が何通か来ているようですね。

残念ながら不正解です。どうやらまだこの放送をドッキリか何かと勘違いしているような方が多くて非常に残念ですね。

皆さん、もっと頭を使って考えましょう。質問を有効活用しましょう。

ラジオの前の“アナタ”なら、きっと真実を導き出せるはずですよ…


…それではここで一通、せっかくなので質問メールに答えてみましょうか。

メールは来ていますかね…?あ、来てます?どれどれ?

えぇと、ラジオネーム:棚からボタニカルさんからの質問。


「あなたは犯罪者ですか?」


おぉ~、まぁ確かにそこは気になる所ですよねぇ。

いきなり随分と突っ込んだ質問を採用してしまいましたが

答えはズバリ、「NO」でしょうか。


確かにワタシは世間から「悪」とは呼ばれていますし、悪いこともたくさんしています。

しかし、今まで法に触れるようなことは一切しておりませんね。それだけは自信を持って言えるでしょう。

あ、でもこの電波ジャック自体は犯罪に入るのかな?

まぁそれはノーカンという事にさせてください…(笑)』


犯人は送られてきた質問の中から“良い質問”だけを抽出して採用すると言っていた。

にしても、初っ端から答える質問にしては少し攻め過ぎていないか?まぁこっちとしてはありがたいのだが。

それに「悪」と呼ばれているのに犯罪歴は無い…?いったいどういう事だ?


謎は深まるばかりであったが、僕はとりあえずパソコンのメモに情報を書き出していった。


『え?今のところ採用できる質問メールはこの1通だけですか?

ちょっと、皆さん~もっとセンスのある質問を送ってくださいよ。

良い質問が来ないと採用してあげられませんよ?

そうなると、ヒントも全然与えられませんからね。

このままじゃ、あと2人の人質も死んじゃいますよ~?』


犯人の言葉に焦りを感じるも、さすがにまだ確信には辿り着けない。

“質問も回答も1人1通まで”というルールにより

僕は他のリスナーからの質問に対する犯人の受け答えからでしか

まだ確信に迫る手段を見出せなかった。



【2018年12月25日(同日) AM4:02 @某漫画喫茶、個室

(人質殺害のタイムリミットまで あと1時間58分)】


2度目の時報から数分経過した頃、番組に再び動きが訪れる。


『あ、質問が来ているようですね。どれどれ

お、これは先ほどの「あなたは犯罪者ですか?」という質問の派生ですか。

ラジオネーム:スイカ記念日さんからの質問。


「あなたの言う、その“法に触れない悪いこと”って具体的に何ですか?」


…なるほど、これは良い質問ですね。

ズバリ、お答えしましょう。

ワタシが今までしてきた“悪い事”それは…



“人殺し”です。



ワタシは今まで、何人もの人間を殺めてきました。

あれ?もしかして人を殺すのって犯罪なんですか?

え?そうなんですか?

ちょっとその認識、ワタシにはありませんでしたが…(笑)』


…!?

人殺し…!?立派な犯罪じゃないか…!


ヤバい、この犯人 相当狂ってやがる。

罪の意識がまるで無い。どうやらコイツは質の悪いサイコパス殺人鬼だったようだ。


『おっと、少し皆さんを怖がらせてしまいましたかね?

申し訳ありません。決してそんなつもりは無かったのですが…(笑)

そうですね…雰囲気を良くする為にもここで一旦クイズはやめにして

メールテーマの方に行きましょうかね。

さてさて、今日のメールテーマはこちら


「最近アナタが死にたいと思った瞬間。」


ということで募集をかけていましたが…

お、そこそこ来ているようですね。さっそく読んでいきましょう。

ラジオネーム:ケンさん


「僕は現在 中学2年生なのですが、クラスメイトの一部から酷いイジメを受けています。

最初の方は我慢出来ていたけれど、イジメは徐々にエスカレート。

僕、もう耐えられません。怖くて学校にも全然行けなくなってしまいました。

もういっその事、死んでしまいたいです。」


ん~なるほど…ではこのメールに対するワタシの率直な考えを少しお話していきたいと思います。

先に言っておきますが、今から話すことはあくまでワタシ個人の見解であり、偏見や間違った内容も多く含まれているかと思われますが、そこはご了承くださいね…


イジメですかぁ。良くないですね。そもそもイジメって何で起こるんでしょう?

性格、容姿などが原因でイジメられることもあれば、ちょっとしたすれ違いや勘違いで始まるイジメもあります。

よく「イジメはイジメられる側にも問題がある。」なんて言う人もいますが、原因は何にせよ、所詮イジメる側が悪いんです。気にしてはいけません。正義であるのは常にアナタです。自信をもってください。


でも気になりますよね、嫌ですよね、辛いですよね。分かります。

しかし…そんなに若くして死ぬの、シンプルに勿体無くないですか?

中学2年生なんて人生まだまだこれからじゃないですか。

義務教育の間に出来た友人やクラスメイトなんて、大人になったらもうほとんど関わりありませんよ?

ほとんどがその場だけの偽りの友情、本当にくだらないものです。

そんな将来ほぼ一切関わりが無くなるような よく分かんないバカな奴らのせいで

自分の将来が失われるなんてバカバカしくないですか?

もし生きていればその先、たくさんの“良いこと”が待っていたのかもしれないのに…


中学2年生かぁ…若いなぁ…ここからは少し話が逸れますけど

アナタまだ、きっと童貞ですよね?いいんですか?あんなに気持ち良い感覚を味わう前に死んでしまっても。

未来の事なんて誰にも分りませんが、もしかしたらアナタは将来 何人もの可愛い女の子達とお付き合いをすることになるかもしれませんよ?

そしたらきっと、その子たちとあんなことやこんなことをすることになるでしょう。

今死んでしまったら、その将来起こるはずだった数々のスケベイベントを経ずに人生を終えてしまうんですよ?なんか勿体無くないですか?

まぁ実際、可愛い女の子と出来るかどうかは分かりませんが…成り行き、交際、風俗店の利用と…エッチなことをする機会はこの先、多々あるでしょう。

いいんですか?自らその快楽という人間に与えられた無限の可能性を絶ってしまっても?


…急にすみません。生きる希望を三大欲求のうち“性欲”から見出させようとしまって。

中学2年生と聞いて、少しそういうアプローチの方がいいのかなと偏見でものを言ってしまいました…

しかし、この先そういったこと以外にも、きっと様々な素敵な事がアナタを待っています。

あなたのまだ知らない美味しい食べ物や楽しい遊びなど、きっとまだまだ数多く存在しますよ。


それに、たとえもしあなたが自らの命を絶ち人生を終了してしまったとしても、あなたをイジメて自殺へと追い込んだ奴らはいずれあなたをイジメていた事なんてスッカリ忘れ、その先ものうのうと生きていき、美味いものを食べ、可愛い女の子とデートし、楽しい事をいっぱいして人生を謳歌していくのです。

なんかそれって悔しくないですか?まぁワタシはメールをくれたアナタの事情を全て知っているわけでもありませんし、安易に「頑張って生きろ。」と言うことが果たして正しいのかどうかは分かりません。

しかし、今が全てではありませんし、アナタは何も悪くないのです。

生きることが出来るのであれば、将来があるのであれば、別に今、自らの手で人生を終える必要はないのでは?まだ決断は早いのでは?ワタシはそう思いますね、はい。』


…え?何この人、めちゃくちゃしっかりとリスナーの悩みに答えてるやん…

しかも割と胸に刺さるようなことを言っている。ついさっきまでヤベェ殺人鬼キャラだったくせに…

人は殺すのに、死にたいと思っている人のことは励ます?やっていることが真逆じゃないか。

コイツの方向性がよく分からない…


その後も犯人はリスナーから送られてくる数々の“死にたいエピソード”に対し

独特の切り込み方で持論、偏見を交えながら意見をしていった。



【2018年12月25日(同日) AM4:31 @某漫画喫茶、個室

(人質殺害のタイムリミットまで あと1時間29分)】


『なるほど…リストラねぇ…

でも単純な話、会社をクビになった=死

ではないじゃないですか、確かに突然職を失ったアナタに降りかかった莫大なストレス、不安、絶望感は分かります。

でも、死ぬわけじゃない。人生はまだ続きます。

それをアナタがどう生きていくのかは、アナタが自由に決めていいのです。

逆に考えたら、アナタはその年齢にして自由を手に入れたんですよ?それって素敵な事じゃないですか?


…あ、皮肉に聞こえていたらごめんなさい、本心なので許してください…

それにお仕事は1つではありません。他に自分がまだ知らない、もっと適正のある職業だって見つかるかもしれません。

当たり前のことを言いますが、アナタの人生はアナタが次にどう動くかで良い方にも悪い方にも転がっていきます。

良い方向にいく可能性が少しでもあるのであれば、そんなに早まらないで諦めずに何かしらのアクションを起こしてみるのも悪くないかと…ワタシはそう思いますね、はい。


…と、何通かメールテーマを紹介していたらもうこんな時間。タイムリミットまであと1時間半を切りましたね。

どうです?正解は届いていますか?


…う~ん、まだ来てないみたいですね、残念。

人質の命はラジオの前の皆さんの手にかかっているのですよ?もっと本気出してください?

あ、でも“良い質問”は来ているようですね。

では3つ目の質問に答えていきましょうか

ラジオネーム:四面そっか~さんからの質問。


「好きな食べ物は何ですか?」』


ここにきて拍子抜けする質問だな。こんな適当な質問を送る奴もいるのか、よく採用されたな。

しかし、採用されたということは、これも良い質問だということなのだろうか…?


『ん~好きな食べ物ですか~

そうですね、強いて言うなら…ホルモンとか?

最近若い女性とかにも人気ですもんね~、安いし美味しいし。

はい、以上で~す。』


え…そんだけ?この質問、なんか意味あった??

絶対間違えて採用しちゃっただけだろこれ…!


これでは全く進展が無い。もっと情報が欲しい。もう番組が始まってから1時間半も経つのに…

クソ、いったいどうしたら…

考えろ、考えろ…もっと頭を使うんだ。

限界を越えろ。何としてでも正解に辿り着かねば…


その時だった、突然耳元に“扇風機・弱”くらいのそよ風が吹いたような違和感。それと共に

ラジオから流れる音声とは別の、何か囁きのようなものが聴こえてきた気がした。

イヤホンを外し、周囲を見渡す。しかし、誰の姿も見当たらない。

気のせいか?そう思い再びイヤホンを装着しようとした時、今度はさっきよりもハッキリとした音声が耳に入ってきた。


「ふふふ…だいぶお困りのようだね。」


…!?


明らかにその声は僕の耳元で発せられているように感じられる。しかし、この個室内に人間は僕以外誰も見当たらない。


幻聴か…?ヤバい、頭を使いすぎて僕はとうとうおかしくなってしまったのか?


「私の声が聴こえるね?

初めまして。いや、厳密に言うと、私はキミと既に会ったことがあるのだけれど

君からしたら初めましてということになるのかな。」

「だ、誰だ!?どこにいる!?」

「まぁそう慌てることはない。

私はキミにある助言をしにやってきたのだ。

…正解に辿り着きたいのであろう?」

「…!」

「残念ながら、キミには不可能だよ。」

「は…!? な、なんでそんなことが言えるんだよ!」


僕は幻聴か何かも分からぬ得体のしれない謎の声と

いつしか自然と会話を始めてしまっていた。


「私には未来が見える。断言しよう“今のままのキミ”では

この正解に辿り着くことはできない。

しかし、私はそんな君を手助けする為にやってきたのだ。

ありがたく思いなさい。」

「て、手助け…?」

「今のキミに必要な事、それは“過去を振り返る勇気”だ。

キミが受け入れようとしなかった過去の一部分に、きっと重大なヒントが隠されていることだろう。

さぁ、私と共にちょっとした記憶の旅に出掛けよう。

さっそくだが、キミの脳内に少しだけお邪魔させてもらうよ…」

「過去?受け入れ?旅?さっきから何言って…

僕には今、そんな時間…」


その時だった、突如僕は人生で一度も味わったことのないような強烈な頭痛に襲われ、全く身動きが取れなくなってしまった。


な、なんだ?!痛い…!痛すぎる…!頭がかちわれそうだ…!

死ぬ…!俺、死ぬのか…!? ぐあ゛ああ゛あああ゛あああ゛ああ!


先ほどまでフル回転していた僕の脳はピタッと動きを止め、頭の中は真っ白になり

視界は暗闇に覆われ、意識も段々と遠のいていった。



【????年??月??日 ??:?? @????】


どこまでも続く真っ白な空間に、様々な色が付着したガラスの破片の様なものが散りばめられている。

そんな世界に魂だけが投げ出されたような不思議な感覚が僕を襲った。

身体が綿の様に軽い。まるで宙に浮いているようだ。いったい何が起きた?ここはどこで、僕はどうなってしまったのだろうか?


「え~あ~テステス、ただ今マイクのテスト中…私の声、聞こえていますか?

まぁ、今のキミは自らの記憶の中に魂が入り込んでいる状態。

身動きを取るどころか、私の言葉に返事をすることすら出来ない状態なのですが。」


さっきまでいたはずの漫画喫茶の個室で聞こえてきたものと同じ声が

エコーのように響きながら僕の魂?に直接吹き込こまれてくる。


「それにしても、キミの脳内は随分と散らかっているね。定期的に記憶の整理をしないからこういうことになるのだよ、まったく。

典型的な考えることを放棄してしまっている人間の脳内だな。

しかし、この記憶の破片というのは、実はちょっとした事ですぐ簡単に元通りになる。

その為に、私は今からキミの魂を

過去のキミ自身の中に送り込もうと思う。


…え?何を言っているのか分からない?そんな声が聞こえてきそうだね。

まぁ深く考える必要はない。キミはただ己の過去を振り返り、受け入れるだけでいいのだ。

さぁ、心の準備は出来ているかな?準備ができたら返事を…

って、出来ないのだったね…(笑) 失礼。

ではキミの意見は一切尊重せず、もう行くことにしようか。」


すると、僕の身体は散りばめられた破片の中へと吸い込まれていく。

それと同時に僕は再び意識を失い、目の前が真っ暗になったのであった。



「…キミならきっと、正解に辿り着ける。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本当に届けたい想いは、電波に乗せると良いらしい。 毎日ヨーグルト @mainitiyougurut

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ