~第三章・生きる意味と花言葉。~

【2018年12月25日(火) AM3:00 @自宅】


『ピッポ、ピッポ、ピッポ、ピーーーーン。』


いつも通りの聞き慣れた時報と共に、いつもとは異なる聴き慣れない声の主がパーソナリティを務めるそのラジオ番組は

事前に何の告知も無く突然始まった。


『…オホンッ、皆さん、はじめましての人もそうでない人もこんばんは。

凍てつく厳しい寒さが身に染みる今日この頃、いよいよ年の瀬も迫り

本年も残すところあとわずかとなりました。

月曜の深夜、いかがお過ごしでしょうか。』


犯罪者の元友人や隣人がテレビ局の取材を受けた時の「ン~、ソンナ事スルヨウナ子ジャ ナカッタト思ウンデスケドネ~…」のような

ニュース番組でよく聞く特殊な機械でボイスチェンジされた気味の悪い声がラジオから聴こえてくる。


あ、そういえば今日の放送の結果で今後の打ち切りが決まるとか姉ちゃん言ってたな。

正直、ここ数日は自分のことで精一杯だったから忘れてしまっていたけど…

確か“架空の何者かによるIBラジオ局の立てこもり電波ジャック”が起こるという

姉ちゃんが書いたシナリオで繰り広げられる3時間生放送の寸劇ラジオドラマ…だったかな?


『まぁ世間は聖なる夜のクリスマス、深夜といっても既に27時。それに一部地域にしか流れない地方ローカル局の番組なんて、果たして聴いてくれている人いるんですかね。

まぁ、いいんです。必然でも偶然でもいい。このラジオを今、聴いてくれているそこの“アナタ”に向けて、ワタシは一生懸命お届けしていこうと思います。

えぇ~この番組は3時間の生放送。パーソナリティを務めますのはワタクシ…


…誰でしょうね。ふふふ…(笑)リスナーの皆さん。ワタシはいったい誰だと思いますか?

って、突然聞かれても分かるワケないですよね。

正体を明かす前に1つだけ現状を伝えさせて頂くことにします。1度しか言いませんので耳を澄ませて良く聴いてください。』


その時だった。「ガタンッ」という何かが倒れる様な大きな音と共に、1人の女性の叫び声が耳を刺す。


『た、助けて…!誰か!誰かぁ!!きゃあ゛あ゛ああ゛ああ!!!』


ワイングラスでも割らんばかりの

か細くも大きく震えた叫び声が響き渡る。


当番組のパーソナリティ、神楽坂 綾音の迫真の演技。確か将来の夢は女優だとか言っていたな、さすがだなぁ。


『うるさい!静かにしていろと言っただろ!』


神楽坂 綾音の叫び声とボイスチェンジされた犯人役らしき人の声が入り混じり、ゴチャゴチャと聴き取りづらい時間が数秒続く。

そして突如『パリーン!』と鳴り響いたガラスの割れるような大きな音。それと共に彼女の叫び声はプツンと消えた。


あ、暴れる人質 神楽坂 綾音がビール瓶か何かで殴られ意識を失うという演出か?

姉ちゃん、 だいぶ作りこんでるな。音響さんも大変だろうに…


沈黙の時間が続く。ラジオ業界では“10秒前後の沈黙が続いたら放送事故”なんて一般的には言われているが、そんなのは優に超えていた。

その沈黙はまるで、いったい何が起きたのか、今の女性は誰だったのか、そしてどうなってしまったのか、そもそもこの不気味な声の主の正体はいったい…など

事情を全く知らない僕以外の全リスナーへ向けて

いっぺんに与え過ぎた情報量を親切にも整理する時間を与えてくれているようにも感じられた。


『…えぇ、少々邪魔が入りましたが、再び続けるとしましょう。

仕切り直してもう一度言います。

正体を明かす前に1つだけ、このIB放送局のラジオブース内で起きている“現状”を伝えさせて頂くことにします。1度しか言いませんので良く聴いて下さい。



…《2018年12月25日 AM3:00より、IB放送の電波はワタクシがジャックしました。》 』



おぉ~凄い。本当に電波ジャックスタートしたよ。

にしても良く出来てるなぁコレ。生放送だよね?

相当打合せして練習もたくさんしたんだろうなぁ。

こんなの、知らなかったら絶対信じちゃうって…


僕は首にロープをかけて立ったまま、椅子の上でつい番組を聴き入ってしまっていた。

その時、机の上に置いておいたスマホに一件の通知が来る。

姉からのライン、内容は大体予想がついていた。

どうせ「ねぇ聴いてる!?凄いでしょ!」とか言って

僕に感想でも求めているのだろう。

まぁ、姉には本当に色々と世話になった。

遺書だけでなく、死ぬ前にラインでもサヨナラの一言くらい挨拶はしておくか。


僕は一度首にかけていたロープを外し、椅子の上から静かに飛び降りてスマホを確認しにいった。

「1111」という安易すぎるパスコードロックを解除し、ラインを起動すると

そこには


「やばい」


という3文字が。


演出も上手くいってそうだし

何が“やばい”のかよく分からないが

とりあえず「何が?」と返事を打つ。

打った瞬間に既読がつくということは、僕とのトーク画面を開きっ放しにしているのだろう。

大事な生放送中、何のんきに弟とラインなんかしてんだ。と少し呆れながらそのまま返事を待っていると

数秒後、再び姉からラインが送られてきた。


「たすけて」


え…? た、助けて…?

何を?どういうこと?


…あ!はは~ん分かったぞ。

姉はきっと僕をからかっているに違いない。

“これは台本通りではなく、ラジオ局のジャックが本当に起きている”と僕にまで信じさせようとしているのだな。

まったく…そんな見え透いた嘘、気づかないワケないだろう。

そもそも姉は僕に今日の放送内容について、既に話をしてしまっているのだから。


「いや~それにしても姉ちゃんの台本、良く出来てるねぇ~」と

見え透いた嘘を煽るような返事を返そうとメッセージを入力する。

しかし次の瞬間、姉から立て続けに送られてきた

たった4文字のメッセージを見て

僕は思わず固まってしまった。


「あねもね」


…この「あねもね」というたった4文字のメッセージにはしっかりと意味があり

これは先ほどのメッセージが嘘偽り無く、紛れもない“真実”である、ということを指していた。


どういうことか説明すると、少し長くなるので簡単に話すが

数年前、姉のラインが何者かによって乗っ取られたことがあり、その際

その何者かが言葉巧みに僕を誘導し、クレジットカードの番号を聞き出そうとしてきたことがあって

そもそもうちは誰もクレジットカードなんて持っていなかったことと

その時、姉は僕の隣で白目をむきながら爆睡していたことから大事には至らなかったのだが

今後、このようなことがまたあったら怖いということで

「この言葉が出たら、どんなに相手がおかしい事を言っていたとしても

お互いが本物だと信じ合おう。」的な

僕と姉の中での“合言葉”を決めていたのだ。

その合言葉というのが「アネモネ」である。


「アネモネ」とはキンポウゲ科イチリンソウ属の多年生植物で

ヨーロッパ南部から地中海東部沿岸地域が原産の花の一種。

かつて花屋を経営していた母の影響か、僕達は花に関する知識量が幼い頃から豊富で

花の種類だけでなく、それぞれの花につけられた花言葉も数多く知っていた。

白いアネモネの花言葉、それは「真実」であり

こういった合言葉にするには まさにもってこいの花言葉だった為、姉と二人でそう決めていた。

姉は今まで僕に嘘をついたり、からかってきたことは多々あったが

冗談でもこの合言葉を使ったことは一度も無い。

つまり、にわかには信じがたいが

この電波ジャックは“何者か”によって本当に起きていて

もしかすると姉が今“やばい”状態にさらされているというのは“事実”なのかもしれない。


その後、どういうわけか

いくら返事を送っても既読にすらならなくなり、連絡は途絶えてしまった。

僕は再びラジオに耳を集中させる。


『1つ忠告しましょう。これは遊びではありません。

現在、IB放送の社内にいる人間は全部で3名。

ワタシは彼らを人質に取り、このラジオ局内に立てこもることにしました。

…まぁ先ほどの放送事故をお聞き頂いた方は既にお気づきかもしれませんが、その3名のうちの1人はもう…ふふふ…(笑)』


もし、この実在する電波ジャック犯の言うことが事実であれば

この3名というのは おそらく

僕の姉で構成作家の進藤 美沙、ディレクターの藤ヶ谷 将、パーソナリティの神楽坂 綾音のことであろう。

そして先ほどのガラスが割れるような大きい音は

ブース内で騒ぎ立てた神楽坂 綾音を黙らせる為、犯人が“実際に”彼女を殴った音だったのだ。僕は事態をようやく理解し始めた。


今思えば、この時

“電波ジャックの寸劇ラジオドラマをしようとしていたら

まさか何者かによって本当に電波ジャックが起きてしまう。”

なんて、冷静に考えればありえないこの状況を僕がすんなりと受け入れられたのは

「アネモネ」という合言葉の信憑性が高いということ以外に

この騒動に対して、そもそも僕が“あまり興味が無い”ということも理由の1つであったのかもしれない。


この電波ジャックが仮に本物だったとしても、僕がこの後

自らの命を絶つという決意は変わらない。

それに僕が知る限り、姉はいたって冷静な人間だ。

さっきの神楽坂 綾音のように変に暴れて危害を加えられるようなこともきっとないだろう。

申し訳ないが、もう

MK5(マジで・首吊る・5秒前)の僕にとって

この世界で何が起きていようが、正直もうどうでもよかったのだ。


『人質を解放して欲しければ、次に言う“ワタシの要求”を受け入れてください。

と言っても、お金とかそういうベタなものではありませんがね。

ワタシの要求、それは…



“ワタシの正体を当ててください”



という、皆さんへの簡単なクイズです。

今喋っているワタシが何者であるのか、ラジオの前の“アナタ”に推理して頂きたいのです。』


え…?コイツ、何言ってんだ?

ただリスナー達とクイズコーナーを楽しむ為だけにラジオ局をジャックしたというのか?

本当の目的はいったい何だ?そして、この犯人の正体はいったい…?


『ただ今より、この番組宛にメールで回答を募集します。

しかし、ルールを設けましょう。

頭もろくに使わず、当てずっぽうに答えるのはいけません。

したがって回答は必ず

“1人1通まで”とします。

もしたくさんメールが来過ぎて、サーバーがパンクしても嫌ですからね。

ルール違反をしたリスナーからのメールはそれ以降“全て不採用”とします。


もし、回答の中に正解が1つでもあれば、直ちに人質を解放します。そしてワタシは立てこもりを止め、自首することをお約束しましょう。

ただし、朝の6時までに正解が送られてこなかった場合は…



“その時点で残りの人質も殺してしまいます。”



ですので皆さんには是非、正解して欲しいと心より願っております。』


このままでは姉の命が危ない、という現実に直面して初めて

死ぬ間際で何もかもがどうでもよくなり、完全に鈍っていた僕の思考回路がようやく冷静さを取り戻す。


僕だけでなく、姉ちゃんも死ぬ…?いや、それは違うんじゃね?

自分勝手だが、姉には僕の分までこの先も生き続けて欲しい。

不幸な人生を送るのは僕だけでいい。姉にはこの先、幸せを掴んで欲しい。

遺書にもそう書いた。それが弟から姉に向けた最後のメッセージのはずだった。


しかし、このままではそのメッセージを伝えることが出来ないまま姉も死んでしまう、という最悪の事態に…それは何としてでも避けたい。

どうする?僕はこのまま何もせず死んでいっていいのだろうか?

いやダメだ。ダメに決まっている。今まで散々お世話になってきた姉からのSOSを無視することは出来ない。

僕は一度瞳を閉じ、大きく深呼吸をした。そして…


僕は僕の人生のラストミッションとして

“人質に取られた姉を占拠されたラジオ局から救い出すこと”を決心し、ラジオの音量を上げた。


『ちなみに現在の時刻は午前3時14分を過ぎたところ。つまりタイムリミットは残り約2時間と46分になります。皆さん、お急ぎくださいませ。

…まぁ、さすがにノーヒントで当てろというのは無理難題だと思いますので

皆さんからは回答だけでなく、ワタシへの“質問”も同時に受け付けたいと思います。

送られてきた質問の中から“良い質問”だけを抽出して答えていこうと思いますので

採用されるような素敵な質問をお待ちしておりますね。

なお、質問も“1人1通まで”とし、なるべく端的に答えられるようなものに限ります。

長文のものや「アナタは誰ですか?」といったような直接的すぎる質問は不採用とさせて頂きますので、あしからず。

メールの宛先は、本来この時間に放送するはずであった番組のメールアドレス…

「sumanai_nippon@ib.jp」まで。

皆さんのご参加、心よりお待ちしております。』


犯人の要求に応える。つまり、犯人の正体を当てることが出来れば

姉の命を救うことが出来る。

僕は紙とペンを用意し、犯人の正体が誰なのか、どのような質問をすれば正解に近づけるヒントを犯人から引き出せるのかを考え、箇条書きにして書いていった。


いつもであればメールアドレスを読み上げた後は曲にいく

というのが番組のセオリーだが、さすがに今日は曲へいく様子はなく

犯人は話を続けた。


『あ、そうそう。ラジオの生放送といえば

やはり“リスナーとの楽しいふれあい”が大切だと思うんです。

ですので、こんな重苦しいクイズ企画とは別に

今日はこんなメールテーマを設けようと思います。題して…


「最近“アナタ”が死にたいと思った瞬間。」


です。

いやぁ、生きるのって大変ですよね。嫌なことや辛いことがあるとつい、何もかも放り出して逃げ出したくなってしまいます。

そんなわけで、今日はリスナーの皆さんが思わず“死にたい”

そう思ってしまったエピソードを募集したいと思います。

辛い、悲しい、苦しいなど、どんなエピソードでもワタシが真摯に受け止めますので

気軽にメールを送って来てください。お待ちしております…』


ふざけた犯人だな。何が“メールテーマ”だ。人の姉が殺されそうになっているというのに

のんきに本物のラジオ番組みたいなことしやがって…


…ん?今更だけど、やはりこれ演出なのか?


「メールテーマ」という、いかにも生放送のラジオ番組でしか聴かないようなワードを耳にして、僕はふと我に返り、一度ペンを止めた。


やっぱり姉にからかわれているのか?冷静に考えれば、その可能性も無いとは言えない。

実際、合言葉なんて今まで使う機会も無かったし、そもそも

その信憑性が高いと思っているのは僕だけかもしれない。

それに、もし本当に犯人が実在しているのであれば、ラジオ局の周りでも何らかの騒ぎが起きているはずだ。


僕はいったん犯人の正体を考えることを止め、家の前にとめていたギアのぶっ壊れた安っぽい自転車にまたがり、姉の働くラジオ局へと急いで向かうことにした。



【2018年12月25日(同日) AM3:29 @IB放送本社前

(人質殺害のタイムリミットまで あと2時間31分)】


ラジオ局は自転車で本気を出せば自宅から約10分という割と近距離に位置していた。

そして久々の運動に息を切らしながら見たありえない光景に、僕は思わず目を疑った。

消防車に救急車、そしてパトカーというオールスターメンバーによる鳴りやまぬサイレンの中

なんと、IB放送局はメラメラと音をたてながら燃えていたのだ。


ど、どういうことだ!?まさかの火事…?!

放送自体は続いているのか!?


僕は急いでポケットに入れてきたラジオにイヤホンを繋ぎ、自転車の揺れによってズレてしまった周波数を再び番組に合わせた。

しかし、どういうわけか番組は何事も無いかのように続いており、音声からは社内が燃えているような様子もうかがえない。

そして犯人は相変わらずの落ち着いた口調で話を続けていた。

消防隊による必死の消火活動が続くが、火の勢いはとどまるところを知らない。

そして会社の周囲は意識を失っているラジオ局の社員や警備員達が運び込まれた救急車で溢れかえっていた。

この炎については謎であるが、その地獄絵図のような光景から

この電波ジャックは実際に起きていて、これは明らかに異常事態である。

ということを僕はついに信じざるを得なかった。


再びラジオの音声に耳を澄ますと、ちょうど犯人がこの炎について説明をしているところだった。


『ご、ご近所にお住…お住まいの方々には、この炎が見えていますでしょうか。

安心してください。こ、この炎は…ラジオ局の外観を燃やしているだけなので

か、会社の内部や…近隣に被害は一切あり…ありません。

ただ、こ、今回のワタシの犯行を誰にも邪魔されない為、外部からの…し、侵入を防ぐ為に

意図的に燃やしております。

なお、この炎により社内への侵入は不可…不可能となっておりますが

万が一、何者かの…社内への侵入が確認できた場合は

た、直ちに人質をころ…殺害しますので、くれぐれも近づかないようにお願いします。』


すごいな、そんなこと出来るのか。いったいどんな技術を使っているのやら。

…てか今、さりげなくめっちゃ噛んでなかった?それになんで喋り方が少しカタコトに…?

まさかこの犯人、火事を起こしたことに関しては さすがに自分でもビビっているのか…?


まぁ、そんなことはどうだっていい。

この騒動が事実である限り、僕は姉を救い出さなければならない。

そしてその方法として物理的な侵入は阻まれている。どうやら本当に

“この犯人の正体を当てる”ことでしか、この危機を脱する方法は無いようだ。


いつまでも火災現場で野次馬に溶け込んでいても仕方がない、そもそもサイレンや炎の音でラジオがよく聴こえない。

僕は急いで近くのインターネットが使える漫画喫茶へと移動し、番組の続きを聴きながら


“命をかけた犯人当てクイズ”への参加を決意した。

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