~第二章・生きる意味とコッペパン。~

【2018年 12月17日(月) AM1:15 @IB放送ラジオ局

(電波ジャック発生まで あと8日と1時間45分)】


「え!?打ち切りですか!?」


上司からの突然過ぎる通達に、進藤 美沙は100dB(デシベル)ほどの大声を上げた。

あ、ちなみに100dB(デシベル)は目安として だいたい「電車が通った時のガード下」くらいの騒音レベルです。


「し~!ちょっと美沙ちゃん声デカいよ!

一応これ、まだ機密情報なんだから!他の社員さんとかにも内緒のやつ!」


姉と喋っているこの小太りな男性は藤ヶ谷 将(ふじがやまさる)。通称“藤ヶ谷Ⅾ”。

この“D”とは「デブ」の“D”ではなく、「ディレクター」の“D”であり

彼は「夜もすがら真夜中ナイトニッポン」の担当ディレクター、つまり現場責任者である。


「す、すみません…ちょっとビックリしちゃって…

やっぱり聴取率が原因ですか?」

「う~ん、まぁ聴取率もそうなんだけど、やっぱり予算がね…

スポンサーさんも最近降りちゃったし、番組の人気も低迷気味で…

まぁローカル番組にしては頑張っている方だと思うんだけど…」

「そうですか…

ごめんなさい、私の実力不足ですよね…」

「いやいや!美沙ちゃんは全く悪くないよ!台本も企画もこんな地方のラジオ局に留めておくには勿体無いくらい面白いし、凄くセンスある!

まるでキミのお父さんの若い頃みたいだ。あ、これお世辞じゃないからね!

…それに、ほら、アレだよアレ!若者のラジオ離れってやつ?

昔に比べて今はテレビもネット配信も面白い番組めっちゃ多いし、ラジオはやっぱり古いのかなぁ。だから時代のせいだよ!美沙ちゃんは本当に気にしないで!」

「ありがとうございます…でも、でも…(泣)」


抑えきれなくなった一筋の涙が頬を伝い、プリンターから出して間もない

まだほんのりと生暖かい企画書の上にこぼれ落ち、インクがじわじわと放射状に滲んでいく。


(そうか、この番組は美沙ちゃんにとって初めて構成を担当した番組。

大好きで想い入れの強い番組だったんだな…そりゃいきなり打ち切りなんて言われたら

慣れてなきゃこうなって当然か…

よし、ここはこの業界の先輩として、しっかりアフターケアしてあげないと…!)


そう彼女の想いを汲み取った藤ヶ谷Dは姉の背中を優しくさすりながら温かい言葉をかけてあげた。


「その涙から、美沙ちゃんのこの番組への深い愛がとても伝わってきたよ。

そんな大切な番組を好きでいてくれるリスナー達の為にも

残りの放送も頑張ってやっていk…」

「減給だ~!!やだ~!!家賃また払えなくなる~!!また毎日もやし地獄に逆戻りだ~!!え゛~ん、え゛~ん!!(号泣)

…あ、あと背中触らないでもらっていいですか?」

「あ、お金の心配ね…まぁ別にそれでもいいけど…

あと、背中触ってごめん。」


藤ヶ谷Ⅾは姉をなだめる為に予め買っておいた少し冷めてしまった微糖の缶コーヒーをソッと手渡しながら話を続けた。


「ま、まぁ厳密に言うと、打ち切りが“確定”したわけではないんだ。」

「グスン…(泣)え…?ぞうな゛んでずか…?(泣)」

「はい、ハンカチ…とりあえず涙拭いて? いや実はね、社長いわく

年内の残された放送のうち、1回でも放送がバズって、もし聴取率が爆上がりするようなことがあれば

来春の改変期での打ち切りは考え直してくれるかも…なんだって。」

「ば、バズ…?“バズって”ってなんですか?所ジョージが日本語版吹替やってたやつですか?

あ、あとハンカチ生乾き臭いんですけど。」

「いや、オモチャのストーリーじゃないよ!あとそんなこと言うならハンカチ返して!!

…って、えぇ!知らないの!?美沙ちゃん僕より10個くらい歳下だよね!?

えぇっと、「バズる」っていうのはね、まぁ簡単に言うと

「インターネットとか口コミでメチャクチャ話題になる。」みたいな意味かな。

ほら、よくツイッターで可愛い猫の動画が何万リツイートとかなってるの見たことない?

アレだよアレ!」

「あ~!よくありますよね!

…え、でも音声だけのラジオで

猫の可愛さを伝えるのはさすがに難しくないですか?」

「いや、そういうことじゃなくて!猫はあくまで例だから!!」


その時だった。

オジサンが若者に若者言葉を教えるという異様な光景が繰り広げられている中

社内の壁に設置された薄型テレビから、とあるニュース速報が流れ

2人はいったん会話を中断した。


『今日未明、アメリカ・ニュージャージー州の高速道路にて、シカゴに本拠地を置くメジャーリーグチーム「ホワイト・ロックス」の選手、コーチを合わせた計25名を乗せた高速バスが、謎の男2人組にジャックされるという事件がありました。

なお犯人は未だバスに立てこもり、逃走を続けているとのことです。

いやぁ、「ホワイト・ロックス」といえば日本プロ野球界のエース

大田原 翔平選手が今年から移籍したことでも話題のチームですよね~

選手達に怪我が無い事を願うばかりです…

お、ここで現地から中継です。現場近くにいる鈴木さん~?』


ニュースを見た後、すぐにツイッターを開くと

「バスジャック」という単語が日本のトレンド1位になっていた。


「なんて物騒なニュース…このご時世にバスジャックなんてあるんですね。

見てください、ツイッターでもトレンドになってますよ。」

「ホントだ、大変だね~。海外ってたまにこういう事あるから怖いよ~

僕、年末 嫁さんと海外旅行へ行く予定だったから、なんか急に怖くなってきちゃったなぁ~」

「え…?藤ヶ谷さんって奥さんいたんですか?」

「え、言ってなかったっけ?だいぶ前に結婚したよ!5、6年くらい前だったかな。」

「え、藤ヶ谷さんみたいな人でも結婚できるんですね…

ネチネチしててデリカシー無いデブだから正直独身だと思ってました。顔もちょっと変だし。」

「か、顔…変!?

あと僕の事そういう風に思ってたの?!

てか前々から思ってたけど、美沙ちゃんってたまに僕への当たり急に強くならない!?」

「あ、奥さんの写真見せて下さいよ~。どんな顔か気になる~。」

「写真?僕のスマホの待ち受けのでよければ…はい、これ。」

「へ~、なんというか、エイの裏側みたいな顔してますね。」

「失礼だな!…って、そんな話はどうでもいいんだよ!

そんなことより、さっきの話の続き!」


ふっくらした太い小指の先で器用にリモコンを操作し、テレビの音量を少し下げ

おどろおどろしい色の炭酸飲料を一口飲んで喉を潤した後、藤ヶ谷Dは話の本題に入った。


「つまり今年中、残り2回の放送で

何かしらのきっかけでうちの番組がバズって聴取率が上がれば

番組は存続できるかもしれないってこと!」

「なるほど!でも実際、どのくらいの聴取率を取れば…?」

「社長はたしか…「同じ時間帯にやっている全国ネットの裏番組の聴取率を上回れれば。」って言ってたなぁ。」

「えぇ!?そんなの絶対無理じゃないですか?!

裏番組って確かあの

「朝までナイトジャパン」

ですよね?

全国ネットだし、超人気芸人がパーソナリティやってるし、あれに勝つのはさすがに不可能かと…」

「いや…秘策はある!」

「え!いったいどうやって…!?」

「ふっふっふ…それを今から朝まで考えるんだよ!」

「え~!残業ですか!?

もう帰る支度完璧だったのに…

…でも、まぁ番組存続の為ですもんね、仕方ないか…」


こうして2人はほとんどの社員が帰った後の薄暗い社内にて、朝まで様々な案を出し合った。

しかし、番組の存続をかけた企画会議は2人にただならぬプレッシャーを与え、

そこに深夜のテンションも混じり、思考回路はまともな状態を保てず会議は難航した。



【2018年 12月17日(同日) AM5:02 @IB放送ラジオ局

(電波ジャック発生まで あと7日と21時間58分)】


「じゃあ…メールをくれた人全員にお金を配るとかどうですか?」

「企画が生生しいよ!それにそんなお金どこにもないよ!」

「じゃあ、番組パーソナリティ神楽坂 綾音ちゃんに頼んで

私物にサインを入れてもらってプレゼントするとか!」

「う~ん、まぁ綾音ちゃんのOKは出るだろうけど、正直そこまで有名じゃないローカルアイドルの私物プレゼントくらいで番組がバズるかっていうと…どうかなぁ…」

「じゃあ神楽坂 綾音ちゃんの脱ぎたてほかほかパンツにサインを…」

「いやそれは綾音ちゃんのOKが出ないよ!!

しかもバズるの方向性が違うよ!違う理由で番組終わるから!」

「え~じゃあもう無いですよ…もうさっきから何個も案だしてるのに

先輩ぜんぜん採用してくれないじゃないですか~

もう外明るいですよ?小鳥もチュンチュン言うてますけども?

今の私達の状態じゃ、もうまともな判断もできませんよ…

仕切り直して明日また考えません?

ふぁああ~眠い…」

「ぐぬぬ…今日はもう限界か…さすがに半日で企画を考えるのはキツイか…

よし、じゃあ今日の所はいったん帰ってまた明日…」


藤ヶ谷Dが短い腕で伸びをしながらそう言いかけた時、再びテレビからニュース速報が流れた。


『え~ただいま、先ほどより報道しておりました高速バスジャック犯が約5時間半にわたる逃亡劇の末、ようやく警察に身柄を拘束されました。なお乗っていた大田原 翔平選手を含む乗客25名に怪我は無かった模様です。』


「へ~、犯人捕まったんだ!よかったですね~!大田原選手も無事みたいで!」


すると、そのニュースを聞いた藤ヶ谷Dはさっきまで眠そうにトロ~ンとさせていた目の色を急に変え、両手で勢いよく机を叩いた。


「これだ…」

「え?“これ”って…?」

「ジャックだよ、ジャック!

番組を誰かに乗っ取ってもらうんだよ!」

「え、ちょっと先輩、何言ってるんですか?

寝不足で判断能力バグっちゃってません??」

「い~や、これならかなりの話題性を集められる!

バズること間違いなし!よし、これだ!これでいこう!!」

「いやいや、ちょっと1人で話を勝手に進めないでくださいよ!

ジャック?番組を乗っ取ってもらう??いったい誰に???」

「そんなの、“架空”の犯人でいいに決まってるでしょ?

つまり、次の放送でこの番組は“ラジオ局に侵入した何者かによって電波ジャックされる”

…という台本を作りあげるんだ!

もちろんその“何者か”は架空の人物で、実際そこにいる“てい”で話を進める。

そして最後にドッキリでした~!みたいなオチでどう?!よくないこれ!?」

「いや…それもう「神楽坂 綾音の 夜もすがら真夜中ナイトニッポン」の原型とどめてないじゃないですか。それにそんなことして、もし警察沙汰にでもなったりしたらどうするんですか?」

「大丈夫 、大丈夫!なんとかなるって!それに番組が打ち切りになるよりはマシだろ?

とりあえず今は目の前にある問題を解決しないと!きっと上手くいくって!」


姉はこんなにも少年の様に目をキラキラさせている藤ヶ谷Dを見るのは初めてで、少々押され気味になっていた。


「え、えぇ…本気ですか?で、でも

その台本って、もちろん構成作家の私が書くんですよね…?

書くにしても、さすがに次の放送には間に合いませんよ?だって

次のレギュラー放送、もう22時間後ですし…」

「さすがに次の回までにその準備は間に合わないか…まだ内容もザックリとしか決まってないし、美沙ちゃんも一回帰って仮眠取りたいよね…

よし、じゃあ年内の残されたラストチャンス、来週12月25日の放送で

この計画を決行しよう!

まぁ、もしそこで上手くいかなかったら、どちらにせよこの番組の打ち切りは決まるわけだし、最後に俺と一暴れしようゼ?☆」

「いや、「ゼ?☆」じゃないですよ。藤ヶ谷さんってテンション高い時ちょっとウザくなりますね、いつも以上に。

はぁ~…もう、分かりました、分かりましたよ。

めちゃくちゃ不安ですけど、その計画…私も乗りますよ。

なんか他に良い方法もすぐには思いつかなさそうですし…」

「さすが美沙ちゃん!僕の頼れる後輩だ!」


朝まで頭をフルで使い切り、もう気力も体力も限界を迎えていた姉は

不安しかないこの泥船になりゆきで仕方なく乗船を決意してしまった。


「よし、じゃあ来週に向けて明日からボチボチ台本の構想をよろしく!僕も手伝うからさ!」

「はい、分かりました。やれるだけ頑張ってみます…」



【2018年 12月18日(火) AM1:30 @IB放送ラジオ局

(電波ジャック発生まで あと7日と1時間30分)】


番組打ち切りの危機という重い宣告を受けてから丸々約24時間後、姉は自宅でそこそこの睡眠をとり、再びラジオ局へと出勤。

1時間半後に控えた今日の放送回の台本の最終仕上げをしていた。


(今日の台本はとりあえず平常運転、こんなもんでいいかな…

でも、本当の勝負は来週。年内ラストの放送回。

そこで結果を残さなければ、4月の改変期まで私達はただ“死”を待つのみ…)


“ラジオ局が電波ジャックされる”という恐ろしいシナリオの構想をざっくりと練りながら、今日の生放送が行われるブースへと向かうと

生放送の1時間以上も前であるにも関わらず、そこにはパーソナリティー神楽坂 綾音が

小さな椅子にチョコンと膝を立てて座っていた。


「あれ、神楽坂さんもう来てたの?」

「あ、美沙さん!お疲れ様です!少し早く来すぎてしまって申し訳ありません…」


番組内ではハイテンションでギャル風の彼女。しかしそれはあくまで“キャラ設定”であり、普段はこのように静かで清楚な礼儀正しい女の子なのだ。


「実は今朝、藤ヶ谷Dから「番組の今後について美沙ちゃんから大事な話があるらしいから少し早く来てくれる?」って連絡がきていまして…」


(クソ…あの小太りめ…嫌な仕事を後輩の私に押し付けやがったな…)


宣告の時間がやってくる。パーソナリティである彼女にも、やはり打ち切り危機の話をせねばならない。

姉は恐る恐る彼女に昨日の事、そして今密かに企てている“例の件”についての話をした。

しかし彼女の反応は予想外のものだった。

まるで番組打ち切りの危機を既に悟っていたかのように、特に顔色一つ変えることなくすんなりと事態を受け入れ

さらに“偽装電波ジャック”という炎上スレスレの企画についても嫌がるどころか乗り気の姿勢だった。


「なるほど、電波ジャックが起きて私が人質…面白そうじゃないですか!たしかに話題性ありそうですね!

私なんかでよければ好きに使ってください!言われた通りにしますから!」


そう言って彼女はニッコリと微笑み、この後の台本に目を通し始めた。



【2018年12月18日(火) AM8:45 @自宅

(電波ジャック発生まで あと6日と18時間15分)】


「と、いうことがあってさぁ…」


姉の二日間に渡る回想を聞き終える頃には、僕もとっくに牛丼を完食し

歯ブラシを口にくわえながら洗面台に立っていた。


「なるほどねぇ。そんで姉ちゃんは今

その“偽装電波ジャック”の台本を書いているわけだ。」

「うん…でもなんかまだモヤモヤしてて…

やるとは決めたものの、やっぱりこういうやり方ってあんまりよくないのかなぁって…

だってほら、リスナーの人達に嘘をつくことになるわけじゃない?

それになんだか炎上商法みたいだし。」

「ん~まぁねぇ…」


本当なら家族である弟の僕が姉のメンタルを支えてあげるべきなのだろう。

しかし数時間前に自殺未遂を試みるような精神状態の僕に他人の心のケアをする余裕など到底なく、姉の話に対し主に傾聴することしか出来ない自分が惨めだった。


「…てか、シンシンごめんね!

仕事の悩みは家に持ち込まないようにしてたのに、つい愚痴っちゃって!

やっぱ今のは聞かなかったことにして!きっと私、自分の力でなんとか出来るし!

…て、やば。昨日 髪の毛洗うの忘れてたんだった!やだ、ちょっとベタついちゃってる!ちょっとお姉ちゃん入ってきちゃうね!

あ…覗きはダメだゾ☆?」


そう言って姉は強がりの笑顔を見せ、僕がさっきまで溢れさせながら入っていた風呂へと向かった。

昔から姉は僕の前で弱いところをあまり見せてこなかった。

それほど今回の危機は姉を相当追い詰めているように感じられた。


それから数日。姉は仕事が無い日も毎日のように朝までパソコンと向き合い、せっせせっせと台本を練っていた。

そんな一生懸命な姉のすぐ近く、薄~い壁1枚を隔てただけの自室にて

僕はコソコソとこの世を去る支度を整えることに申し訳なさも感じるも

ぶれない決意のまま、着々と“終活”を進めていった。

そして、その全てを整え終わったのは

大粒の雪がパラつくホワイトクリスマスイブの夕方だった。



【2018年12月24日(月) PM5:20 @自宅

(電波ジャック発生まで あと9時間40分)】


ロープよし、引っ掛けるポイントよし、アダルトサイトの観覧履歴削除よし、コッペパンよし。


僕は約1週間かけて整えた支度を1つ1つ何度も丁寧に指さし確認しながら、最期の時を待っていた。

といっても、決行は今夜の「神楽坂 綾音の 夜もすがら真夜中ナイトニッポン」の放送時間内。すなわち約10時間も残されている。

しかしこれは時間が余ってしまったわけでは無い。

この死ぬ前の約10時間の間にやるべき“3つのこと”が僕にはまだ残されている。というか、あえて残しておいたのだ


1つ目は“再び遺書を書くこと”


なぜ直前になるまで書かずに取っておいたのかというと、なんというか、死ぬ何日か前の自分ではなく、死ぬ間際で命を絶つ準備も心の準備も完璧に済み、落ち着いた自分の率直な気持ちを文章にしたかったからだ。

前回の遺書はほぼ殴り書きで字が汚すぎた。それによく見たら「さようなら。」って書いてたつもりが間違って「さようなり。」ってキ〇レツ大百科みたいになっちゃってたし。


2つ目は“最期の晩餐をとること”


相手の本当に好きな食べ物を聞き出す時の「死ぬ前、最後に食べるとしたら何食べたい?」という定型文のような質問をしたことorされたことはないだろうか?

まさか自分が実際にその質問のシチュエーションに立つ日が来るなんて思ってもいなかったが、今日がまさにその日であり

僕は最期の晩餐として近所で行列のできるパン屋さんの人気No.1商品である「あんこバターコッペパン」を選択した。

コッペパン1つで家系ラーメンくらいのエグいカロリーだが味は保証しよう。

口腔内の温度でじわじわと溶かされた塩味のあるなめらかなバターに、甘さ控えめで優しい味が特徴の粒あんと、店内で焼き上げたこだわりのパンがベストマッチ。また高カロリーという背徳感こそが最高の調味料となるのだ。

ちなみに余談だが、この質問に対して過去に「人生の最期には氷を食べたい。なぜなら味のあるものだと、この世に未練が残ってしまうから。」と、非常に考えさせられる深い回答をしていた人がいたが、僕はまだその仙人のような境地には辿り着けておらず、煩悩のままにコッペパンにむしゃぶりついていた。


そして最後、3つ目は“過去の人生を振り返ること”だ。


よくドラマなどで死ぬ間際に走馬灯が走る、みたいな場面を目にするが

走馬灯って僕のイメージだけれど、自分で見たい過去の場面を選択できず、ただ自分の人生のターニングポイントを勝手に抽出されて流されているだけのような感じがする。

死ぬ間際に見たい過去のシーンくらい、自分自身で選択したい。

だから僕は走馬灯の本編が上映される前に、自前の脳内スクリーンにて

“セルフ走馬灯”鑑賞会を実施することにしたのだ。

ろくなことが無く、辛い時間が多かった人生だったけれど

一応僕にだって、死ぬ前に思い返したい過去くらい一部分は存在する。

ひと時のかけがえのない幸せな時間。

たとえその先に待っていたのが耐えがたい“バッドエンド”だったとしても…


この3つを済ませた頃には、とっくに日付も変わり

時刻は番組放送時間の約5分前となっていた。


今度こそ、僕は天国へと旅立つことができそうだ。この世に思い残すことはもう何も無い。


僕は用意していた輪っか状のロープにゆっくりと首をかけ、椅子の上に立ち

いつでも逝ける状態になりながらポケットに入れていたラジオの電源を入れた。

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