~第一章・生きる意味とカラフルパジャマ。~

【2018年12月18日(火) AM1:04

(電波ジャック発生まで あと7日と1時間56分)】


冷たい風が頬をブッ刺す雲一つない満点の星空の下、僕は人気の無いとある展望台で一人物思いに沈んでいた。

腸のようにグネグネと曲がりくねった細長い山道を徒歩で30分ほど登った所にあるこの「石盛展望台」は

観光客や地元のカップル達から“縁結びのパワースポット”として密かに話題の名所。

転落防止の為に設置された柵には、いくつもの種類の南京錠が大量に取り付けられていて

強めの風が吹くたび、独り身の僕を煽るかのように一斉にカチカチと鳴り響く。

この様々な音階の金属音が不協和音となり、その振動を拾った僕の鼓膜は怯えながら周囲を威嚇するチワワのように小刻みに震えていた。

「2人の名前を書いた南京錠をこの柵に取り付けたカップルは永遠に結ばれる。」という

クソほどくだらないジンクスが書かれた立て看板を横目に、僕はお得意の“超絶卑屈モード”に突入していた。


はいはい、そうですか。皆さん幸せそうで何よりですね。

しかし今の僕には他人の幸せを祝福できる心の余裕なんて0、02mmもありません。

何すか?そのゲン担ぎに見せかけた周囲への幸せの押し売りみたいなやつ。

そもそもここに南京錠を付けていったカップル達がその後どうなったかなんて誰も知らないだろ?

どうせこんなガキみたいなことをするのは偏差値の低い低学歴バカップル中高生とかに決まっているし、そんなガキ同士のお付き合いが長続きして結婚まで発展するケースなんてほとんど無い。

それに本来、南京錠はこういう使い方をするものではないからね?ちゃんと不法侵入や窃盗から身を守るために使いなさいよ、まったく。

それにこんなのドコに付けたって同じだろ。自分ちのベランダの手すりか物干し竿にでも付けとけよ、本当に目障りだな。


…“永遠に結ばれる”なんて保証はない…こんなの、無意味だ…


脳内で一通り毒を吐き切り、なぜか最後少し切ない気持ちになった後

僕はゆっくりと柵に足をかけた。

この大量の南京錠達には申し訳ないのだが

この場所は只今をもちまして“縁結びのパワースポット”から“自殺の名所”へと変貌を遂げることになる。

そう。僕は今日、この場所で自らの命を絶つのだ。

ごめんよ、全国の偏差値の低い低学歴バカップル中高生達…


幅わずか15cmほどの細い柵の上で、仁王立ちになり改めて見上げる星達は

1つ1つが力強く光り輝いていて、手を伸ばせば届きそうな…なんて何かの曲の歌詞のような表現をしてしまうと大袈裟だが

さっきよりも わずかながら近くにあるように感じられた。


ところで、なぜ星は光り輝くのか皆さんはその理由をご存じだろうか。

僕は以前、お昼のくだらないテレビ番組で特集していたのを見かけたことがある。

太陽の光に反射しているからだとか、核融合反応によるものだとか。番組内では

髪は少ないのにポマードべたべたの“禿げ整っている”気難しそうな専門家達が色々と難しそうなことを羅列していたが

僕はもっと単純明快でメルヘンチックな理由だと思っている。

「ヒトは死んだらお星さまになる。」なんて おとぎ話のような言い伝え。

僕は幼い頃からずっとそれを信じていて、それこそがまさに「星が光り輝く理由」なのだと考えている。

つまり、亡くなって星になった人達が空(宇宙)から「私達はここにいるよ。」みたいに

地上にいる僕らへ何かしらのメッセージを送っていて、そのメッセージこそが光の正体なのである。的な?

良い歳して何言ってんだ。そう思われるのは覚悟の上だ。

でも、その証拠にほら。アレを見てごらん。

無数の星達の中に1つだけ、明らかに一際目立つ輝きを放っている星がある。見とれていると思わず吸い込まれてしまいそうな美しく幻想的な光。

そしてその星は突如 流星となり、夜空のどこかへと姿を消した。

僕には分かる。今の光は僕に向けられたものだ。

そして、そのメッセージの内容はきっと、こう…


《今までよく頑張ったね。お疲れ様。》


僕はそっと瞳を閉じ、重力に身を任せるようにゆっくりと前方へと倒れこんだ。


死ぬ直前に全てがスローモーションに見える、みたいな演出をよくテレビドラマなどで見たことがあるけれど、あれって本当だったんだな。

思考の速度はそのままに、見える世界はスローモーション…って、ナニコレ!おもろッ!!

よくスポーツ漫画とかで わずか0コンマ1秒とかの間に主人公が脳内でメチャクチャ長いセリフ喋るアレみたいな感じになってる!すげぇッ!!

よし、せっかくだから何か長文言っとこ、、!えぇと、えぇと…


3、141592…、あぁ ここまでしか分からん!


どうしよう、どうしよう、他に何か言う事はないか?あわあわ…

こんな経験、一生に一度しか出来ないぞ…

あ、そうだ!とりあえず早口言葉でも…!


隣の客はよく柿食う客だ!

生麦生米生卵!

赤パジャマ青パジャマ黄パジャm゛う!!


え?「パ、パジャm゛う」!?

俺、今「黄パジャm゛う」って言った?!


え、脳内で噛むことってあんの!?ちょっとビックリなんですけど?!

それに死ぬ間際、なんで最期の最期にカラフルなパジャマのこと考えなきゃいけないの!?


はぁ…何かもう色々考えるのも疲れてきたな。別にわざわざ最期に何か変なこと言おうとしなくてもいいか。もう死ぬし。

にしても、僕の人生は辛く儚いものでした。もうこんな世界に未練はありません。

もし次 生まれ変わったら、今度はもう少し幸せで充実した人生を送れますように…

あ、でも別にヒトじゃなくてもいいかな。適当に笹喰ってゴロゴロしているだけでチヤホヤされる客寄せパンダとかでもいいかも。あと異世界転生なんてのも悪くない。神様に最強装備と特殊能力を予め授けてもらってからのイージーモードな異世界生活…

うん、それだ!それがいい…!神様!それでお願いします!!


なんて馬鹿げた妄想を、僕は0コンマ数秒の間に

マイケルジャクソンが「smooth criminal」のMV内で披露する

“ゼログラヴィティ”のような体制になりながら脳内で繰り広げていた。


その時だった。風速にしたら何メートル?えぇ?ここZ〇Z〇マリンスタジアムじゃないよね?と思わず錯覚するほどの強い風が

僕の身体をめがけ、正面から勢いよく吹きつけてきたような気がした。


な、なんだこれ…!う、うわぁ!!


前方へと倒れ掛かっていた僕の身体は、元いた柵の内側まで押し戻され

左手首から地面に勢いよく落下した。


「グキィ!!!」


ぎゃああああああああ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

これ絶対逝った!骨!絶対逝った!!!


予期せぬ強風?により一命を取り留めてしまった僕は、ただ捻っただけの手首を押さえ

地面の落ち葉や汚れを真っ白なパーカーにまとわせながらゴロゴロと豪快にのたうち回った。

そして3、4分ほど展望デッキを綺麗にモップがけした後、痛みもようやく落ち着いてきた僕は

再びゆっくりと柵に近づき、もう一度飛び降りを試みる。


しかし、柵に手をかけた時

さっきまでは自分の中に無かったはずの“恐怖心”という名の弊害が生じていることに気が付いた。


もし飛び降りていたら、こんな痛みじゃ済まなかっただろうな…


柵から見下ろした暗く深い森は

先ほど決心が固まっていた時より何倍も遠く、遥か下にあるように感じ

僕は腰が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。


た、高っ!?いや、無理!普通に無理っしょコレ!

危ね~!死ぬとこだった~!! ふぅ…

…いや、まぁ死ぬつもりだったんだけど。

でも実際に今やってみて思った。飛び降り自殺する人って凄いんだな…

だってヒモ無しバンジージャンプよ?シンプルに怖すぎじゃね?

うん、今日は無理!はい、撤収~!お疲れ様でした~!


先人達への抱く必要の無い尊敬の念。僕は思わず彼らに感心してしまいながら帰路についていた。

やはり自殺初心者の僕に“飛び降り”という手段は

いきなりハードルが高すぎたのかもしれない。

もう少し楽で苦痛の少ない死に方は無いものか…

暗い夜道でスマホの画面を光らせながら、僕は徒歩で山を下った。

自宅から展望台までは徒歩にて片道約1時間半。

元々、本日の予定にこの“帰宅”というプログラムは無かった為

家に着いた瞬間、肩の力が一気に抜けるのと同時に精神的、そして肉体的な疲れがどっと降りかかった。

黄土色に汚れてしまったパーカーを部屋の床に脱ぎ捨て

部屋に残しておいた殴り書きの遺書のようなものを恥ずかしながらいったん回収。


うむ、仕切り直しだな。

とりあえず別の死に方を詳しく調べるのと…せっかくなら生きているうちに

もう少し何かしとこうかな。あと遺書も…もう少し良い文章に書き替えようか。


僕は大学進学時に買ったものの、講義中に隠れてソリティアかマインスイーパーをやるくらいにしか利用しなかったピカピカのノートパソコンの前で

立てた右膝を抱き締めるように座り込み

人生の最期、そして不本意に延長してしまった余生の過ごし方について模索していた。



【2018年12月18日 (同日) AM3:00 @自宅

(電波ジャック発生まで あと7日)】


『ピッポ、ピッポ、ピッポ、ピーーーーン。』


部屋で電源をつけっぱなしにしていた携帯ラジオから

いつも通りの聞き慣れた時報と共に、聴き慣れた声の主がパーソナリティを務める とあるラジオ番組が始まった。

僕は一旦作業を止め、ラジオに耳を傾ける。


『…オホンッ、みなさ~ん?はじめましての人もそうでない人も

こ~んば~んは~!

ラジオの前のキミ!私とお喋りする準備は出来ているかな~?

それでは今日も元気よく始めていっちゃうよ~?

じゃ、タイトルコール、かも~ん!


「神楽坂 綾音の 夜もすがら真夜中ナイトニッポン」~!


いえ~い!さぁて、今週も始まりました!「夜もすがら真夜中ナイトニッポン」

通称「スマナイ」!

番組のパーソナリティは私、東北の魅力をもっと皆さんに伝えたい!

岩手県ローカルアイドルの神楽坂 綾音です!よろしくお願いします~!フ~フ~!

月曜の深夜、ラジオの前の皆さんはいかがお過ごしかな~?

いや~もうすっかり寒くなってきましたからね~

雪も凄いし、道を歩くのも車を動かすのも一苦労!

皆さん、最近どう?停車中はちゃんとワイパー上げてるぅ~!?

そんでワイパーだけじゃなくて、バイブスも上げてるぅ~!? フ~フ~!

…な~んて、まぁ冗談はさておき。

滑りやすいので本当、足元にはくれぐれも気をつけてくださいね~!

あと風邪もひかないように!暖かいものたくさん食べてね。岩手には

じゃじゃ麺とかひっつみ汁とか…暖かい名産品もいっぱいありますから

モリモリ食べて身体を温めていきましょう!

“モリ岡”だけに!なんつって~!(笑)

きゃはははははははは~(笑)

あ!そうそう、聴いて聴いて!そういえば私、この前ね

あるお店のロケで…』


先ほどから深夜3時過ぎとはとても思えないハイテンションで喋っているこの女性は

これぞギャル!といったようなド派手なビジュアルと、アイドルとは思えない切れ味抜群で軽快なトーク力が買われ、約3年前からこの番組のパーソナリティを任されている岩手県のローカルアイドル、神楽坂 綾音(かぐらざか あやね)。

岩手、東北の良さをアピールするというコンセプトで活動するソロのアイドルだ。

まぁ、アイドルと言っても全国的な知名度はまだまだ。岩手県内でも5人に1人が知っているかな?くらいのレベルであるが。


…え?そもそも「夜もすがら真夜中ナイトニッポン」って何かって?

まぁ知らない人が多いのも無理はないか。これ、全国ネットじゃないし。


オホンッ、では説明しよう。「夜もすがら真夜中ナイトニッポン」。通称「スマナイ」は

岩手県盛岡市にある小さなローカルラジオ局「IB放送」の目玉番組の1つで

毎週月曜深夜3時から朝6時までという“いったい誰が聴くんだよ”な時間帯に放送される3時間の生放送番組。


「夜」もすがら真「夜」中「ナイト」ニッポン


と、タイトル内にまさかの「夜」というワードが3つも入っているという

適当にもほどがある奇跡のネーミングで、番組人気はそこそこ“無い”。

内容はこれぞ“ローカルクオリティ”という感じだが

リスナーとの繋がりをとても大事にし、パーソナリティとの距離が近くに感じられる暖かい番組ではある。


『でね!私、「この服のMサイズありませんか?」って聞いたの!そしたら私が声かけたその人、店員さんじゃなくてまさかのお客さんだったの~(笑)

ヤバくないですか~?いやぁ~本当ビックリしたわ~!

…ってヤバ!エピソードトークに5分も使っちゃった!?も~私ったら喋りすぎ~!

まじウケる~!(笑)

じゃ、私の話はいったんこれくらいにして~

そろそろ今週のメールテーマを発表しようかな~!

えぇと、この番組は3時間の生放送!という事で、ラジオの前のアナタから

メールを募集しちゃいます!

今週のメールテーマは…こちら!


「あなたは神の存在を信じますか?」


で~す!』


いや、エピソードトークのオチは浅かったのにテーマは深いな!!


そう心の中でツッコんでしまった僕は、実はその時点でもう“負け”なのだ。

チャラくてバカっぽいこのギャルのような喋り方も、小児用ビニールプールくらい浅いこのエピソードトークも

アドリブに見えて実は全て、1人のとある“敏腕”構成作家が書き上げた台本通り。

このオープニングには、分かる人には分かる

「浅さ」と「深さ」のギャップを利用した1つの“お笑い”要素が隠されていた。

ちなみに、僕がこの番組を毎週欠かさず聴いている理由は2つある。

まぁ、本来なら今日の放送はもう天国にいたはずなので聴けない予定だったけれど…


1つは、僕がこの番組のパーソナリティである神楽坂 綾音のファンだから!

…ではなく、この番組を担当する構成作家“進藤 美沙”のファンだからである。

先程も少し垣間見えていたが、僕は彼女が生み出すシュールな笑いを含む台本や企画が大好きで、彼女が関わる番組は全てチェックするようにしていた。


そして2つ目の理由、それは…


『というわけで、神は存在するか否か…アナタなりの考えを送ってみてね~!

メールの宛先は…

“sumanai_nippon@ib.jp”まで!

あ、あとメールテーマ以外にも

番組を聴いての感想であったり流してほしい曲のリクエスト、また

「私、今日こんな事あったよ~!聴いて~!」みたいな ふつおた(=普通のお便り)もお待ちしておりますので!気軽にご参加くださいね~!

皆さんからのメール、待ってま~す!

それでは本日の1曲目に参りましょう!

ラジオネーム「百戦メンマ」さんからのリクエストです!メンマくん、いつもメールありがと~!

あ、嬉しいな~!私の曲だ!わ~い!

それでは一曲お聴きください!

神楽坂 綾音で「お下がりコレクション」!』


曲が流れ始めると同時に、自分が10分近く無意識のうちに耳を奪われていたことに気づく。


いかんいかん、こんなことしている場合じゃない…


僕はラジオをBGMにしながら、ノートパソコンとのにらめっこを再開した。

ネットで「自殺 方法 苦しくない」で検索すると

1番上に出てきたのは自殺の手段にまつわるページではなく、とある1つの“電話番号”だった。


「0570-〇〇〇-△△△」


それは「心の健康相談ダイヤル」といって、簡単に言うと

悩みや困っていることがある人、また希死念慮(死にたいという気持ち)がある人の為に作られた“電話での相談窓口”のこと。

どうやら検索ワードに「自殺」という言葉が含まれていると、自動的に出てくるようにプログラムされているようだ。


ここに電話をかけていれば、僕の中で“何か”が変わっていたのかな。


しかし、この時の僕にとって

これはただの余計なお世話にしか感じられないシステムだった。

電話番号には目もくれず、画面を下の方へスクロールしていくと

“自殺のプロが教える!いろんな自殺!”という

1つ気になるタイトルのページが目に入る。

自殺にプロもクソもあんの?という疑問はいったん置いておき、恐る恐るそのページを開くと、そこには僕の知らない知識の海が広がっていた。


そもそも“自殺”には色々な種類があるらしい。正直今まで“飛び降り”と“首吊り”くらいしか知らなかったが、手段ごとにそれぞれ

コスト、手間、致死率、周囲へかかる迷惑、どれくらい苦しみを伴うかなどが異なっており

数時間前、知識不足なうえに勢いで死のうとした自分が何だか急に恥ずかしくなってきた。

詳しく内容を見ていくと、自殺には今回僕が試みた“飛び降り”以外にも

薬剤、ガス、溺死、自傷、縊頚(首吊り)など様々で

ちなみにどうでもいいが、飛び降りに関しては男性よりも女性の方が多いらしい。


言われてみれば、僕の知人にも一人いたなぁ

自宅マンション6階のベランダから飛び降りて亡くなった女性が…


…よし、まぁ時間はある。理想の死に方を決める為に1つずつ吟味していくことにしよう。


《飛び降り→「スリルが好きな人にとって落ちるのは少し気持ち良いかもしれないけど

高さが足りないと意外と助かっちゃうこともあるよ!

あと、もし落下地点に人がいたら危険だよ!場所はちゃんと選ぼうね!」》


まぁ別にこれでもいいんだけど、さっきのでもう僕には高いところへの恐怖心が…

う~ん、却下!


《薬剤→「市販の睡眠薬や風邪薬を大量服用して死ぬ方法!でも意外と致死率が低く、病院で一命を取り留めてしまうことが多いよ!

本気で死にたい人はそういった薬ではなく、より致死率の高い農薬を飲んじゃう人が多いかな!まぁかなり苦痛は伴っちゃうけどね!」》


うわぁ、無いなコレは。しかも飲んだこと無いから知らんけど農薬って普通に美味しくなさそう…却下!


《ガス→「一酸化炭素中毒によるものが代表的かな!めまいや頭痛を伴ってそこそこ辛い!

あ、あとここで1つ豆知識なんだけど

一酸化炭素中毒で死んだ人の身体は皮膚がピンク色になるんだって!不思議だね!

だから、不謹慎だけど遺体の見栄えは他の死に方よりも良いと思うよ!

やり方としてはまず、自動車に…」》


ピンクはカワイイけど、頭痛とか嫌だ!あとそもそも車持ってない!却下!


《溺死→「溺れるのは苦しい!やめた方がいいよ!」》


はい!分かりました!却下!



《自傷→「包丁は痛いよ!やめた方がいいよ!」》


はい!再び分かりました!却下!


自殺について詳しく調べてみて初めて、僕は“自ら命を絶つ”という行為が今まで自分が思っていたものよりもずっと困難であったということを痛感した。


どれも痛いし苦しいし、やっぱやめた方がいいのかなぁ…

でも、僕はもうこの世にはいたくない。というか、いても仕方ない…

生きていても辛いし、周りにも迷惑をかけてしまう。もう死ぬって決めたんだ。

でも…う~ん。


生きるか死ぬか、心が左右に反復横跳びをし始めた頃。ホームページの最後に記されていた ある1つの自殺方法に僕は興味を持った。


《縊頚(首吊り)→「日本で一番多い自殺方法!準備するものも少なく、引っ掛ける場所と物さえあればオーケー!ちなみに首吊りって、脳にいく血液を遮断して脳が酸欠状態になることで意識がス~って遠のいていくから、窒息とは違うんだって!

でもこの前試しに一回やってみたけど、想像以上に結構キツイよ!苦しい事には変わりない!しかも僕みたいに体重が重いと余計ね…》


結局どれも苦しいのか…でもこの方法なら

まぁ他の死に方よりかは、若干マシなのか…?


全ての手段について目を通し終え、ページの一番下まで辿り着くと


《…でも、ここまで丁寧に説明しておいて言うのもアレだけど、なんやかんやで死ぬのは痛いし辛いし苦しい。なにより遺族や掃除する人に多大な迷惑もかかる。だから自殺なんてするもんじゃない!みんな!強く生きろよ!じゃあな!」》


という、急な励ましでホームページは締めくくられていたが

最終的に僕は消去法で、手段を飛び降りから首吊りへと変更し

改めて自殺を決行することにした。

しかし、その日はもう精神的にも肉体的にも限界を迎えていた為、日を改めることにしたけれど…

いつにしようか悩みながら卓上のカレンダーを眺めていると、先ほどからBGM代わりにしていたラジオから二度目の時報が聴こえくる。


『いやぁ~4時回っちゃったけど、みんな起きてるかな~?

夜はこれからだよ!テンション上げていこ~!フ~!』


集中し過ぎて気づかなかったが、僕が恐ろしい計画を企てている間

パーソナリティの神楽坂 綾音は一時間ノンストップでハイテンションマシンガントークを続けていたようだ。

ふと思い返すと、この番組を毎週欠かさずちゃんと聴き始めるようになったのは

高校二年生の春頃からだったかな。

きっかけは、まぁ後々話すとして…僕にとってこの番組は非常に想い出深い番組なのだ。

内容も意外に面白いし、この元気いっぱいな喋りを聴いているだけで自然と元気を貰えた。

そして何より、放送時間中、その場にいないはずのリスナー同士が電波を介して繋がり

まるで同じ空間にいるかのような不思議で暖かい感覚が大好きだった。


そこで僕は閃いた。一週間の内にもう一度死ぬ為の準備を整え直し

来週のこの時間。この番組を聴きながらあの世へ行こう、と。

好きだった番組を聴きながら逝けるなんて本望だ。

それに、ラジオの前でリスナーのみんなと繋がっていれば、きっと死ぬのも恐くない。そう思ったのだ。


よし、今日のところは番組の残りでも聴きながら寝落ちしようか。

そして僕は部屋の明かりを全て消し、ベッドに横になった。

暗闇で聴くラジオは良い。身体中の感覚という感覚が全て聴覚に集中し、流れている情報がそのまま映像として脳内に映し出される。

まるですぐ目の前にパーソナリティがいて、自分に向かって話しかけてくれているような不思議な感覚だ。


『…というわけで、そろそろ次のコーナー行きましょう!

「教えて!綾音先生!」のコーナー!いえ~い!』


この番組の名物お悩み相談コーナー「教えて!綾音先生!」が始まったタイミングで

突然、僕のスマホに着信が入る。


え?誰だよこんな時間に…何時だと思ってんだ…?


僕は驚いて相手の番号を確認せず、電話に応答した。


「あ、もしもしアタシだけど。ねぇ今ラジオ聴いてる~?」


電話の相手は僕の姉だった。


「ん?聴いてるけど…もう寝ようと思ってたとこ。何か用?」

「ちょっと~!最後まで聴いてよ~!お姉ちゃん、せっかく頑張ってるんだからさぁ!

っていうかシンシン、ここ最近全然番組にメールくれなくなっちゃったじゃん!

昔はいつも送ってくれてたのに~!いったい何してんのよ~!?」

「はいはい、ごめんごめん。ちょっと立て込んでて…って、姉ちゃんこそ何してんだよ!今 生放送中だろ!?なに のんきに電話なんか かけてきてんだよ!」


彼女の名前は進藤 美沙(しんどう みさ)。そう、実は先ほど説明したこの「夜もすがら真夜中ナイトニッポン」にて構成を担当している彼女こそが、僕の実の姉なのである。


「だってぇ~リスナーから番組に全然メール来なくて暇なんだもん~!」

「そんなのメールテーマがムズすぎるからに決まってんだろ!なにが「あなたは神の存在を信じますか?」だよ!

平日深夜3時の全然働いてない脳ミソで考えるには深すぎるんだよ!テーマが!」

「え~だって、たまにはそういうのもいいかなぁ~?って思ったんだも~ん!

え~ん(泣)え~ん(泣)

…あ、これ嘘泣きだからね?本気で心配しちゃダメだゾ♪」

「分かっとるわ!電話でダルいことすな!!」


姉は仕事中、ハイになった勢いで生放送中にも関わらず

よく弟の僕に電話をかけて来ることがあった。

…ちゃんと仕事しなさいよ。


「へへへ…さすがにメールテーマが難しすぎましたかぁ…(笑)

…まぁ、実はもう1つテーマの候補はあったちゃあったんだけどねぇ…」

「あ、そうなの?じゃあそっちにすればよかったのに。

ちなみにそのもう1つってのは?」

「えぇっとね…

『我ら人類にとって“本当の自由”とはいったい何か?』ってテーマ!」

「どっちにしろ深いな!」

「ふふふ…(笑)

序盤にあえて浅~いエピソードトークを長々と話させてからの~?

まさかのエピソードとは全く関係のない深~いテーマ!

どう?シンシン、こういうの嫌いじゃないでしょ?」

「いや、まぁ確かに嫌いじゃないけど…(笑)

そのボケ、シュール過ぎて他の人達には伝わりづらいかもよ?」

「そうかな~?もしかしてお姉ちゃん攻め過ぎちゃった?

まぁでも、私は最悪シンシンだけでも笑顔にできればそれでいいんだ。」

「なんだよ急に、気持ち悪いな。」

「え~!気持ち悪いとかヒド~イ!そんなこと言ったら今度こそ

お姉ちゃん本当に泣いちゃうぞ~?

えい!…ポン!チー!」

「いや、しょーもな!!」

「…あ、そろそろ次のコーナー始まるしブース戻るわ!

とりあえずシンシンは、テーマでもふつおたでも何でもいいから早く送ってきなさい!

いい?分かった?

じゃ、お姉ちゃん待ってるからね~!」


そういって一方的にかけられてきた電話は一方的に切られたのだった。


「神の存在を信じるか?」か…

その哲学的な問いに対する僕の答えはズバリ「YES」だ。


といっても、まぁ僕が信じている神というのはポジティブなイメージのものではなく

ネガティブで、出来ることならその存在を信じたくはない

“不条理な神様”であるが。


この世は本当に不条理の極みで、幸せな人とそうでない人というのがハッキリと分かれている。

そして自分がどちら側の人間であるのか、それはきっとこの世に産まれた瞬間から既にもう決まってしまっているのだ。

もちろん、僕は後者としての自覚があり、これまでの人生でも“幸せ”というものを実感した事は一度もない。

仮に僕のような“そうでない”人間に、何らかのきっかけにより誤って“幸せ”が訪れてしまったとしても

その“誤り”に気づいた“不条理な神様”がすぐさま駆け付け

ありがたいことに人生のシナリオを操作し、再び不幸の道へと軌道修正をしてくださる。

その神の存在により、きっと世の中はそのように出来ているのだ。実際、僕の人生はまさにそうだった。


僕は甲子園っぽく言うと

本日、3時間ぶり2度目の“超絶卑屈モード”へ突入しかけ、別に今死ぬわけではないのに過去の出来事が無意識のうちに次々と脳内でフラッシュバックし始めた。

いや、待て。走馬灯はまだ早い。来週まで取っておこう。

僕は服をその場に脱ぎ捨て急いで風呂場へと移動し、まだお湯に変わる前の雪のように冷たいシャワーを頭から浴びることで なんとか平常心を取り戻した。


風呂でも入るか…


風呂の栓を閉め、温まってきたシャワーを浴槽の方へ向けながら

僕はゆっくりと貯まっていく浴槽に体育座りをし、感情を殺した。

無になるのは楽だ。何も考えずエネルギーの消耗を極限まで減らし、植物のように

ただじっと動かず規則的に呼吸をするのみ。

この世界の嫌な事なんて全て忘れさせてくれる。周りの音や声も遮断され、一切耳に入ってこない。どこまでも続く真っ白な広い空間に1人ポツンと置いてきぼりにされたような感覚。

効果は一時的なものだが、この広い世界から自分の感情だけを切り離す事が出来る最高の現実逃避法。

こうしている時間だけが

“不条理な神様”さえも介入できない、僕にとって唯一の“幸せ”なのかもしれない。


「〇△×☆□~! △☆〇□×~!!」


ん…?何か急に耳元が騒がしくなってきた。

おかしいな、周囲の音声は遮断しているはずなのに。


「〇△×☆□~!!! △☆〇□×~!!!!!!!」


あ~もう、うるさいなぁ…人の幸せな時間を邪魔するn…


「チュドーーーーン!!(ビンタの音)」

「痛っ!!ちょ!!何すんだよ急に!!」


てかビンタの擬音「チュドーーーン!!」ってなんだよ。

普通「ペチンッ」とか可愛い音じゃないの?

どんな殴り方したらそんな音出んだよ。超痛いんですけど。


「何すんだよ!じゃないわよ!

シンシン結局あの後 番組にメール送ってこないし、家帰ったら部屋めっちゃ散らかってるし、声かけても全然返事ないし、シャワーもつけっぱなしだし…

心配するじゃない!バカ!」


いったいどれくらいの時間が経過していたのだろう。無になっていると時が経つのをつい忘れてしまう。

気づくと浴槽からはお湯が溢れ出し、僕は気づかないうちに肩までしっかりとお湯に浸かっていて

目の前には先ほどまでラジオ局で働いていたはずの姉が腕を組みながら仁王立ちで立っていた。


「す・い・ど・う・だ・い!

今月ピンチなんだからこういうのやめてよ~!

も~居候(いそうろう)のクセに~!」


僕はワケあって数年前から姉の家に住まわせてもらっている。

家賃も姉が持ってくれているので、言われた通り ただの居候に間違いはない。


「ご、ごめん…ていうか、もう姉ちゃん帰って来てたんだ。今、何時?」

「もう朝8時だよ!?何時間風呂入ってたのよ!」


え…僕は4時間近くも“無”になっていたのか。なんという優れたスキルだろう、自分の才能が怖い。


「はぁ、もうまったく。

…もしかして、また何かあった?

シンシンって、たぶん自分では気づいていないだろうけど、意外と顔に出やすいよ?

悩みとかなら、お姉ちゃんに全部話さなきゃダメだぞ?」

「べ、別に何も…」

「い~や、何かある時の顔してる。

お姉ちゃん、そういうのには敏感なんだからね?」


悩みとかそういう次元ではなく、もうこの世にいたくない。

生きる希望が見出せない。死んでしまいたい。なんて、とても言えず

僕はうつむいてお湯の中に顔を半分ほど潜らせ、プクプクと水面に細かい気泡を発生させながら沈黙を貫いた。


「………」

「今は言いづらい?」

「………」

「…そっか!じゃ、シンシンが話せる時でいいよ!

お姉ちゃんは無理に聞いたりしないからさ。

っていうか、お腹すかない?ご飯まだでしょ?

今日もいつものやつ買ってきたから、冷めないうちに早く食べちゃお?」


僕はこの優しさに何度助けられてきたことだろう。

進藤 美沙という女性が僕の姉として産まれてきてくれていなかったら

僕の死期はもう少し早まっていたかもしれない。

そんな弟思いの優しい姉は僕を居候として家に住まわせてくれるだけでなく、仕事帰りには必ずご飯も買ってきてくれて

毎週月曜日の深夜(というか、もはや火曜日の朝)は

24時間営業でチェーンの牛丼屋さんの「明太子餅チーズ牛丼・並」と決まっていた。

一見、朝から牛丼は重いように思えるが、昼夜逆転生活の僕らには全くの無関係。

リビングへ戻り、床に脱ぎ散らかした衣類と恐ろしい検索履歴が残されたノートパソコンをいったん片づけ

僕はいつものように姉と牛丼をかきこみながら、毎週恒例の反省会を始めた。


「で、今週は番組宛に何通メールきてたの?」

「えぇっと、今週は…

ふつおたとリアクションメールが合わせて35件。

お悩み相談コーナー宛のが21件。

んで、メールテーマが…1件。」

「い、1件!?少なっ!!そんなことある!?

いや、まぁ ふつおたとコーナー宛のメールは生放送中じゃなくても事前に送れるものだから

放送時間内にテーマが発表されるメールテーマよりは

多少なりともメールの数が増えるのは分かるよ?深夜ラジオだし。

でも「1」て!!

やっぱりあの変なメールテーマが原因だろ!

てか逆にその1件送ってきた人メチャクチャ気になるんだけど…

どんな人からだったの?」

「えっと…ラジオネーム:藤ヶ谷Ⅾ

…うちの番組のディレクターです(笑)」

「サクラじゃねぇか!

実質0件じゃん!」

「そうなんだよね…ははははは(苦笑)」


自分で言うのもアレだが、僕達姉弟は他とは違った少し“特別”な絆で結ばれている。

その為、さっきのように姉は

いつもと微妙に異なる言動からすぐに僕の心の小さな変化や不安を察知し、心配をしてくれる。

しかし、もちろん その逆も然りであり

僕はいつもより微妙に暗い表情とその苦笑いの奥に隠された姉の気持ちのモヤモヤに一瞬で気付いてしまった。


「あの…姉ちゃんこそ、もしかして何かあった?」

「え?べ、別にお姉ちゃんは何も…」

「い~や、姉ちゃん何かある時の顔してる。

俺、そういうのには敏感なんだからね?」

「もう~それさっきの私のセリフじゃん~(笑)

…もしかして私も顔に出ちゃってた?

ははは、バレちゃってたか。人の事言えないね。

さすがは私の弟くんだ。」


すると姉はゆっくりと立ち上がり、食べ終わった牛丼の空容器をゴミ箱に捨てた後

台所のシンクの前に立ち、1度大きな深呼吸をしてからおもむろに口を開いた。


「実はね…」


そう一言発した後、不気味な色の歯磨き粉をたっぷりとつけた歯ブラシを口にくわえ

いつもより少し落ち着いた口調で 姉は昨日あった出来事を話し始めたのだった。


「ひふはは~ シャコシャコ

へんふうふひほはいはへ~ シャコシャコシャコ

へはひひほひへはんはは シャコシャコシャコシャコシャコシャコ。」

「いや、磨き終わってからでいいから!きったねぇな!!」


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