第8話 TR1 その2

風・夢・オートバイ



地下駐車場から、YAMAHA TR1は

ふたりを乗せて、飛び出る。


軽快な車体と、エンジンの力強い回転力は

オートバイの前輪を、軽く持ち上げるように

舞い上げる。


大きなタイヤは、少し空を切る。

細身で清々しいホイール。


タイヤは、MADE IN FRENCH MICHELIN A48 90/90 - 19と

黄色い文字で浮き出し彫刻がなされていて。


からから、と空回りすると


アルミニウム・ダイキャストのホイール、切削加工されている端面が

光を浴びて、きらきらと虹色に彩りを添えて。



オートバイは美しい。

機能的なものは、どんなものでも美しいが

それは、フラクタル・ジオメトリ理論と言う幾何学上の概念で

証明できている。



地上にある全てのものは、このジオメトリで証明できるのだ。


音響工学で言えば、i/fゆらぎ理論がそれに当たるが

それも、幾何学で言うとフラクタルである。






オートバイは、宙に飛び出るように

地上で跳ねる。


後ろのタイヤは、やわらかい

猫の足のようなサスペンションのせいで

十分に地面に接地している。


でも、ばねの伸び代を越えて、一瞬

宙に舞うリア・タイヤ。


エンジンが空転しないよう、ライダー・ナオミは

アクセルを少し戻す。


リアタイヤは、着地する瞬間に

その回転差で、路面との間で摩擦し

飛行機が着陸するときのような音を放つ。



後ろに乗っているめぐは


エンジンの力強い鼓動を、体全体で感じて。



「オートバイって楽しい」そう思う。




それで、あの、岬までの旅をした

モペッド、リトル・ホンダの事を思い出し



同時に、ルーフィのことも思い出してしまう。




楽しい思い出、だったけど....。



あたしひとりを愛してほしい。



そんな希みを、叶えられそうにないから

あきらめた人。




お気に入りのバンダナに、ついた染みのように


バンダナがある限り、その染みも残る。



それは、記憶。



でも、めぐは魔法使いだから



染みを消す事だってできる。





記憶を組み替えるのは、夢。


夢を見ることで、記憶は生まれ変わる。




例えば、精神医学で言うところの

麻酔面接に似たような理論で。



めぐは、魔法使いだから


夢を自由に見る技術も持っている。





そう、その魔法で

今、親友リサを助けに行くのだ。



オートバイ、YAMAHA TR1と


もうひとりの親友、Naomiと。


夢の世界へ、いざ!


free ride!



Naomiは、見た目は派手に見えるけれど

慎重なライディング、でもスピードを好む。


レーシングライダーのような走りをする。


乱暴な運転は、レーサーには向かない。


限られた条件の中で、繊細に制御をする者、それがレーサーだ。



生き方にも、それは現れる。


Naomiは堅実だけれども、しかし、能力を最大限に発揮するタイプだから

そういうところが、郵便局のような仕事に向いているのかもしれない。


何を目指しているのかは、未だ分からない。



リサの、路面電車車庫へ向けて。

ふたりは、TR1でスピードに乗って。


エンジンの力が強いので、低い速度でも後輪を滑らせる事が


例えば、Naomiのような繊細なライダーには可能だ。




安全、かつ確実に。




郵便局を出て、最初の交差点に差し掛かる。


フロント・ブレーキ・レバーを握り、リア・ブレーキ・ペダルを軽く踏む。

クラッチ・レバーを握り、トランスミッションを2速に落とす。


クラッチ・レバーを離す時に、リア・ブレーキ・ペダルを離し、後輪を遊ばせる。


と、同時に車体をひらり、と傾ける。


その時、僅かに体を内側にオフセットする。


スロットルを開くと、エンジンの強い力が、リア・タイヤを押し出そうとするので

シートに体を預けると、タイヤがコーナーの外側に逃げ始めるので


エンジンの力と、シートへの荷重を加減して

リア・タイヤを外に送る量を調節して、カーブを切る。



繊細な作業で、ひょっとすると女の子の方が向いているのかもしれない。




めぐは、リアシートで

その神業(w)を眺めていたけれど、ちっとも怖いとは思わなかったのは

安定して、同じ加速度でスライドしているので


「お空を飛んでいる時みたい」と

思っていた。



魔法で空を飛ぶ時も、カーブは内側に傾くのだけれど

足もとは空気なので、ふんわりと外側にスライドする。



ふつうのオートバイだと、足もとは路面にしっかりと掴まれているので

カーブを曲がる時も、内側に傾くだけ。


でも、Naomiのようなスライドをすると

足もとがすぅ、と外に回ってカーブするので



「魔法みたい」とめぐは、面白がっていた。



もちろんそれは、Naomiのライディングがとても上手だから。





「怖い?」と、Naomiはめぐに言うけれど


「面白いよ。Naomiってスキーも得意だよね。」とめぐ。



「うん、どして?と、Naomi。」



Naomiはスキー・レーサーのような滑りをする事を

ハイスクールの頃、ウィンター・スクールで


ウェンゲンに行った時に知った。



なんとなく、バイクの乗り方がスキーの滑り方にそっくりだと

めぐは連想して、そんな事を言った。


「バイクが、スキーみたいだね。」と。




「そっか、はは!」と、Naomiは楽しい。



スキーを外に振り出してスライドさせる感覚は、そういえば

バイクをスライドさせる時と似ている。



空を飛ぶ事が出来るめぐは、鳥のようなその感覚と

それらが似ていて、快い事、を

思い出す。




ひとは、昔鳥だったのかもしれない、なんて思って。



(実際の進化生物学では、空中感覚、3次元的なそれは

水中感覚からの類推だ、と言われている。

つまり、水生からの進化が仮説されているのであるが)。




重力場の中で進化してきた証拠でもある。


それは、3次元的な感覚。



夢は、4次元である。ふつう、重力場のある空間であるが

それは記憶された空間が3次元だから、である。



重力場からの解放を思わせるような飛翔感覚、それが楽しいのは

例えば抑制からの解放が楽しい、それに似ている。





自由はステキなの。


めぐは、そんなふうに思った。

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