TR1
第7話 YAMAHA TR1
YAMAHA TR1
Naomiは、ロッカールームで着替えて、シャワー代わりに
地下の温泉に入ってくると言う。
「めぐも来る?」と
誘われたけど
「あたしはいいわ」と
のぼせためぐは、断る。
「そうよね」と
Naomiは笑い、ちょっと待ってて、と
小走りに、駆けてゆく。
その、後ろ姿は
学生の頃と、何も変わらない。
めぐの方は、まるっきり学生のまんま
なんだけど。
Naomiは、さっぱりといた顔で
5分くらいで戻ってきた。
「早い!」とめぐは驚く。
Naomiはにっこり笑う。
「めぐはのんびりさんだから」と
その笑顔には、若干疲れが見える。
「疲れてんじゃない?」と
めぐが言うと
おばさんみたいに言わないでよ、と
Naomiは笑って、郵便局の地下駐車場に向かって、階段を下りる。
めぐも、付いていくと
重厚な石段の果て、なーんとなく埃っぽいのは
手紙や小包が、一杯出入りするからだろうか。
それと、インクの匂い。
みんなのために、働く人達の
人間の息吹を感じるような、そんな地下の突き当たりにロッカールーム。
左手に、大浴場。
まだ、3時半くらいだから
配達員は帰って来ない。
「夜にはね、男湯も一杯よ、覗く?」と
Naomiは、いたずらっぽく笑う。
コツコツと、靴音がびびきそうな地下パーキングには
いっぱいの自転車、配達のバイク。
それと、小さなトラック。
壁極には、長靴、
それと、小部屋があって
そこには、レインコートが沢山吊されていて。
乾燥機。
配達って、雨の日もあるからなんだろう。
それで、お風呂もあるんだな。
そういう人々の苦労があって
手紙が運ばれる。
気にしなければ、気にならない。
そんなものだけど、いろんな人々の
おかげで
世の中が動いていると
実感できるひとこま。
電車もそうだけど。
と、めぐは、リサの事を思い出した。
電車を運転するのは
おじいちゃんへの贖罪の思い?
そんな、リサは
でも、世の中のために。
早起きしたり、夜遅くまで働いたり。
素敵だなぁ、と
感心しているめぐの前を歩くNaomiは
一台のオートバイの前で歩みを止めた。
銀色に輝くオートバイ。
それは、Vの形にエンジンがそびえ
まっすぐの排気管は、メタリック。
「かっこいー」と、めぐは手をはたいた。
そのオートバイは、銀色のガソリンタンクが
鈍く光る、シックなスタイル。
黒いシート、大きなヘッドライトは丸く。
Naomiは、エンジンを掛ける。
低い音が、地下のパーキング全体を揺するように響く。
「リサんとこ、いこ?」Naomiは、にっこり。
白いヘルメット、普段着の可愛らしい服なので
かえってそれが、個性的に見える。
めぐは、オートバイのエンブレムを見た。
金色に光るそれは、YAMAHA、と読め
シートの下にあるサイドカバーにはTR1.と書かれていた。
「鳥?」とめぐは読んだので
エンジンの響きに混じり、Naomiは笑う。
「あはは!ティーアールワン、よ。」と。
Naomiは、オートバイの左に立って、センタースタンドを外す。
柔らかいサスペンションは、ふんわり、と
猫の足のようにオートバイを沈ませた。
「乗って」と、Naomiが言うので
めぐは、オートバイの後ろに乗る。
エンジンの排気音は断続的に、低い太鼓のようだ。
Naomiの背中につかまる。
ライダー、ナオミは
クラッチレバーを握り、ギアを1速に入れた。
そのままクラッチレバーを離し、アクセルを捻る。
滑り易くてつるつるの地下駐車場のコンクリートの上で、TR1は
後輪を回転させた。
前には進んでいないので、斜めに後輪が流れながら。
アクセルを少し戻し、ライダー・ナオミは
カウンター・ハンドルを切りながら
前に進んだ。
朝、見かけた郵便配達の青年たちが、日焼けの顔で
口笛を鳴らす。
TR1は、斜めに滑りながら
地上へのスロープを昇る。
暗い地下から地上へ昇ると、目映くて
天に昇るってこんな気持かな、なんて
めぐは思った。
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