第16話

 わたしは休日に喫茶店でパンケーキを食べていた。何故か隣に道玄坂がいる。


「このパンケーキ美味しいね」


 喫茶店なのにコーヒーも注文せずにパンケーキだけを食べる道玄坂であった。わたしはブラックコーヒーを飲みパンケーキを味わう。うん?窓から思念の欠片が舞いこむ。


「わたしに任せて……」


 道玄坂は王者の剣こと鳥の舞を取り出す。これは道玄坂が戦力になるか試すには丁度いい。


「エリカ……思念の欠片が小さいので突きより叩き落すの方がいいかな?」


 王者の剣は長刀だぞ、叩き落とすとはこれいかに?


「イヤ、突きだろ」

「では……『乱れ突きの舞』」


 道玄坂は本当に舞の様に突きを放つ。ほーこれは頼もしい。思念の欠片は粉砕されて消え去る。


「お客様、店内で踊りをするのは止めてもらいますか」


 あら、店員さんには思念の欠片も王者の剣も見えていないので、独りで踊っていたように見えたらしい。


「はい……すいません」


 二人でひら謝りである。それから食事に戻ろうとすると道玄坂のパンケーキに水がこぼれているのであった。これは道玄坂の『乱れ突きの舞』が派手な技すぎるからだ。


 泣きそうな道玄坂に半分パンケーキを与える事になった。そう、ここで泣かれると、さらに目立つからだ。わたしはコーヒーを飲み冷静になろうとする。


「エリカ、わたしは嬉しいぞな」


 道玄坂が上機嫌ならよしとしよう。このような休日もよかろうとコーヒーをすするのであった。



 わたしは補講を受けていた。テストの点数が思わしくない為だ。英語、数学、国語と続く。自分で言うのもなんだが、わたしはバカではない。ただ、授業を聴いていないと解けない問題が多いのだ。要するに授業を聞いていないのだ。


 昼過ぎから降り出す雨は、傘を忘れたわたしには致命的であった。補講の後での小テストで色々免除されてくれた。問題は雨である。わたしはゴミ置き場に行ってみる。忘れ物の傘がないかだ。青い小さな折り畳み傘を見つける。適当に許可を取り借りていくのであった。ミヤビが和傘をさして昇降口で待っている。


「こんな、雨なのに、平和ね」


 わたしはミヤビと共に歩き出す。そして、自転車の駐車場に行く。ミヤビは包みを開くと水ようかんを取り出す。冷えてはいないが甘く上品な味わいであった。今日は生きている……死を覚悟した経験は何度もある。


 銀鏡の刀が重い……。


 今日は色付きのリップをしていた。昨日買ったのである。リップを落とすとすれ違う男子に挨拶をする。大抵の男子はわたしを恐れおののくのであった。体育会系の一部の男子だけが挨拶をしてくる。色恋よりスポーツに興味がある人種だ。道玄坂は水ようかんの甘い物の臭いを嗅ぎつけたのか。こちらに走ってくる。道玄坂も変わった人種だ。きっと、修羅の世界の住人なのだろう。残った水ようかんを道玄坂に与えてから。帰りの支度をする。夏休みは様々なスポーツの助っ人として登校である。ふ~う、今日は勉強に疲れた。家に帰って爆睡しよう。



 夢を見た。争いのない静かな世界で暮らす夢だ。現実世界は思念の欠片が多く存在して人々の心は荒んでいる。


 くーう。


 やれやれ、わたしの腹さえ落ち着いていない。出かける支度をして近所のラーメン屋に向かう。普通のラーメンが900円である。そんなものかと納得してラーメンをすする。気がつくと思念の欠片が舞っている。素早く抜刀して簡単に切り裂く。道玄坂の様に派手な必殺技はない。もちろん、周りに気づかれることもない。


 サラリーマン風のお客が会社の愚痴を言っている。このラーメン屋もまた思念が集まりやすいのかと思う。わたしは聖痕について考え込む。思念をなぎはらう聖痕についてだ。ダメだ、独りで考えるにはヒントが足りない。愚痴を言うサラリーマン風のお客に思念の欠片が近づいてきてくる。わたしはあえて放置してみる事にした。


 サラリーマン風のお客は笑い出して無断欠勤ついてネットで調べているようである。笑えないな……わたしは思念の欠片を切り裂く。するとサラリーマン風のお客は怒りだして会社の愚痴に変わる。思念の欠片はひょっとしたら必要なのかもしれないと思う。


 エデン無き、この世界は微妙なバランスで成り立っているのかもしれない。わたしは何故かメニューにあるナタデココを注文して静かに食べるのであった。朝の儚い夢は何だったのだろう……?


 エデン無きこの世界にわたしは必要なのであろうか……。

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