第8話

 放課後、黄昏によって闇が広がる時間である。わたしとミヤビは三年生の教室に居た。静かに抜刀して銀鏡壁を広げる。黒いローブに顔が骸骨、大きな鎌を手にしている思念の塊が現れる。


「ふ、死神のつもりか?」


 わたしの問に答える気はないようだ。わたしは間合いをつめて近づくと鎌を振りかざす。一歩、下がりギリギリでかわす。


「一撃の攻撃力が強い、間合いをつめ過ぎないように二人がかりで攻めるよ」


 確かにあの鎌をくらったらひとたまりもない。


「よし、わたしが引き付ける。内側に入って攻撃してくれ」

「OK……エリカ」


 わたしは大きく刀を振り回して死神もどきを攻撃する。


「いけるか?」


 ミヤビが横から死神もどきのふところに入り短刀で切りつける。黒いローブが切り裂かれるが死神もどきの様子は変わらない。


「思念が実体化しているのは顔だけなのか?」


 ミヤビは小さく頷く。


「もう一度、スキを作る、頼んだぞ」


 わたしは再び大きく振るい、死神もどきの鎌に刀をあてる。呼吸だ、呼吸をミヤビと合わせて死神もどきの一瞬のスキを狙う。死神もどきの振りかざした鎌が床に突き刺さる。


「いまだ!」

「はいよ」


 ミヤビは短刀で死神もどきの顔の骸骨を切り裂く。骸骨はボロボロと崩れていき。黒い煙と共に死神もどきは消えていく。何だろう?この手ごたえの無さは……。この死神もどきは強敵であったが何かが足りない。


 予感が外れれば良いが……。



 わたし達は死神もどきの戦いの後、一階に来ていた。感じる……思念の塊の気配だ。わたしとミヤビは思念の塊を追って調理実習室に入る。銀鏡壁を広げると死神もどきが二体現れる。


「一対一にするしかないね」


 わたしの弱気な言葉にミヤビは凛として頷く。少し気合がすくな過ぎたか。わたしは心を研ぎすまして刀を握り直す。先ほどの戦いで死神もどきの攻撃のパターンはだいたいよめた。しかし、室内は暗く黄昏が闇の量を増やしている。


「暗くなったぶん不利だ。急ぐぞ」

「はいな」


 わたし達は死神もどきのに向かって走り出す。切るべき場所は骸骨の顔の部分……分かっていても難しいな。死神もどきは大きく鎌を振り回すのでスキが多いが、しかし、くらったら最後だ。わしは慎重に間合いをつめていき、攻撃のチャンスをうかがう。生と死の狭間で戦っているのに自然と怖くはなかった。それよりも強くなる手ごたえが無性に嬉しかった。


「よしいける」


 そんな気持ちのと同時に死神もどきのスキが出る。わたしは素早く骸骨の顔の部分を切り裂く。黒い煙りと消える思念の塊を見送るとミヤビに加勢する。二体目も苦心の末に倒す事が出来た。戦いの後で鞄を取り出してフルーツジュースを飲む。


「今日のところはこれで終わりそうだが死神もどきは大量に発生しそうだな」

「ええ」


 ミヤビはこの状況を危機的と考えて返事が鈍るっていた。


「わたしの考えだけど死神もどきは誰かによって生み出されていると判断した方がいいわね」


 やはりそうか……死神もどきはあれほど強い思念の塊なのに感情を感じられない。


 この学園に潜む闇の存在か……。今考えても仕方ない、わたし達は帰路を急いだ。


「エ・リ・カ」


 朝、高校の昇降口で道玄坂が後ろから抱きついてくる。


「道玄坂、朝から元気だな」

「おう、むぎゅーとだよ」


 女子同士のスキンシップも良い物だなと考えていると、甘酸っぱい、質の高い香りが立ち込める。黒刀使いと同じ香りだ。


「道玄坂、その香水……」


 道玄坂は、また、思念の塊にとりつかれて、催眠術でも始めるのかと心配になる。


「いいでしょ、いつの間にかにバックの中に入っていたの」


 怪しい……普通はバックに突然に香水など入っていない。これはどうしたモノかと難儀する。その香水は質の高い良い香りなのだが、道玄坂が黒刀使いとして相手の感覚を麻痺させて獲物を呼びこむ香であった。この香りで道玄坂に何が起きても

 

 不思議ではない状況である。放課後に新しい香水をあげるから落としてきなさいと窘める。わたしは三千円で買った自前の香水をロッカーから出しておく。なけなしのわたしの小遣いが……。仕方がない、道玄坂に黒刀使いに戻られては問題だから。


 でも、誰が道玄坂に怪しい香水を持たせたのだろう?やはり、この学園に何かが起きている。そして、放課後になり道玄坂に香水を渡して怪しい香水と交換する。


「ミヤビ!いるか?」

「はいよ」


 わたしの言葉に背後から突然に現れる。あれほど後ろから現れるなと言っておいたのにこの女狐は何を考えているのだろう?愚痴っても仕方がない。ミヤビに香水を渡してみる。


「道玄坂から回ってきたのか。ま、わたしに預けるのが正解ね」


 わたしはミヤビに香水を預けて安心していると。


「エ・リ・カ」


 道玄坂が後ろから抱きついてくる。またか……うん?道玄坂のまとっているのは安い香りだ……。不意にお金の事を思い出す。あ~ぁ、三千円でまた香水を買おう。


 わたしが道玄坂の腕を振り解くとミヤビが何かニタニタしている。


 女狐め……。



 朝の三時に目が覚める。少し早く起き過ぎたか。わたしは夜風にあたろうとベランダに出てみる。風は季節を感じさせるものであった。自然と心が落ち着く。もう直ぐ夜が明けて昼間の世界になる。今は闇だけが支配している。


「眠れないの?」


 ミヤビがいつの間にかにベランダの手すりに腰掛けている。


「あぁ、今は睡眠より夜風が欲しい気分でね」


 わたしの言葉にミヤビは夜の闇の遠くを眺める。ミヤビはいつになく綺麗であった。わたしはミヤビという存在に興味が湧いた。思念の塊で元悪霊に誰かの式神……わたしは余りにミヤビの事を知らない。横顔を見つめるとミヤビは凛としていた、それは研ぎすまされた剣先のようであった。


「ミヤビ、一勝負しないか?」


 ミヤビはくすりと笑い。


「それよりも月を探してみない?」


 どうやら、ミヤビにその気持ちはないらしい。わたしは感じていた、ミヤビが本当はもっと強い事を……。


「分かったわ、月を探しに公園に行きましょう」


 自宅近くの公園に着くと夜空全体を眺めて月を探す。気がつくとわたしは高校の教室で午前中の授業を受けていた。深夜に家を出て公園まで行って月を探した記憶はあるが、何故、今、午前中の授業を受けていたのか分からない。わたしは何気なくノートを見ると『幻術かけちゃった』ふ、女狐め、もはや笑えてくる状態であった。


 しかし、それは死を感じる程の緊張感が張り詰めていた。わたしは落ち着いて考える。試しに抜刀して銀鏡壁を広げてみる。午前中の授業のはずが深夜の公園に変わる。どうやら深夜の公園の方が真実らしい。


「あれ?解けた」


 ミヤビの驚く姿が現れる。


「流石、銀鏡に選ばれし者、わたしの幻術が破られるとは」


 わたしは凛としてミヤビに「月を探しに来たのだろう?」と言う。しかし、辺りは闇が覆っていて月明かりは無かった。


「やはり、月は出ていないみたい、今日はエリカと幻術遊びができて楽しかったわ」


 遊びねえ、わたしは幻術が解けなければ、本当は死にかけたのかもしれない。


 それは女狐のみが知る事であった。

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