第3話


 朝、目覚めると、何かが足りなかった。


 昨夜はミヤビとくだらない会話をした記憶がある。


 ミヤビはあれでいて化粧などに詳しい、わたしは初めてラメを教えてもらった。


 自称ではあるがミヤビはお嬢さまであるとのこと。


 女狐が良く言うと呆れていた。


 そうか、足りないのはミヤビだ。


 いつの間にかに寝落ちしてしまったからだ。


 わたしは頭をかきながら寝ぐせを直そうと鏡に向かう。


 鏡に映るわたしはぼっーとしている。


 気がつくと鏡の前に香水が置いてある。


 ミヤビの忘れ物かと手に取ってみるが、わたしには関係ないと言い聞かせて元の場所に戻す。


 今のわたしには銀鏡の刀の方がお似合いだ。


 でも……。


 わたしは再び香水の瓶を手に取る。


 少しぐらいなら……。


 シュっとすると柑橘系の爽やかな香りが放たれる。


「この香り……懐かしい……」


 わたしは独りごとを呟く。香水の微睡のなで夢見る気持ちに浸かっていると。


 携帯が鳴る。


 ミヤビからのメールだ。


 わたしが綺麗だというのだ。


 女狐らしいことであった。


 わたしは部屋の真中で銀鏡の刀を抜刀する。


 真剣の重さを両手で感じていた。


『この一振りに我あり』と叫び精神を集中する。


 わたしは目を閉じて光を感じる、朝日が部屋の中に入ってきたのだ。


 『よし』と気合を入れて朝ご飯の為に自室を後にする。


 キッチンに向かうと凛正が座っている。


「エリカさん、昨日とは輝きが違うよ」

「そ、そうか?」


 凛正はわたしより一つ下だが、見た目は子供である。


 しかし、性格は大人びていて的確な事しか言わない。


「それでいて臭う、幽霊にでも憑かれたみたいだよ」

「そ、それは、洗面所にあった香水の臭いではなくて……」


 ミヤビの事を話しても良かったが信じはしまいと隠すのであった。


 「そう、柑橘系の幽霊に近いね」


 あの女狐が柑橘系?くだらないジョークにしか聴こえなかった。


 わたしはキッチンの椅子に座るとヨーグルトを食べ始める。


「エリカさん、嘘のつけない性格は変わらないよ」


 凛正がそう言うと席を立つ。


「きっと、運命の出会いでもしたのだろう。僕が味方で良かったね」


 何もかも見通されている気分であったが凛正の子供の見た目は変わらない。


 ふ、嘘のつけない性格か……これは褒め言葉だと考えよう。


 わたしは朝ご飯を食べ始めて、心を落ち着かせるのであった。



 バスを降り高校までの道を歩いて登校していた。


 わたしは速足で歩き男子のグループを追い越す。


 特に運動部に入っている訳ではないが体を動かすのは好きだ。


 それでも、銀鏡の刀はズシリと重い。


 銀鏡の刀は妖刀である。腰にさしていても誰も気が付かない。


 わたしは複雑な気持ちで高校へと向かう。


 ミヤビが昇降口の前の階段に座っている。


 恰好は相変わらずこの学校の制服だ。


 ミヤビいわく、霊体の体は普通の人にも見ることが出来るように調整がきくらしい。


「ハロー」

「朝から元気そうだな」


 ミヤビはわたしと一緒にこの学校で学びたいと言い出す。女狐が何を考えているのか。


「お年は幾つです」


 と、小バカにすると。膨れて怒る。


 そんな事をしていると朝のショートホームルームが始まる。


 隣の席は男子だったはずなのにミヤビに代わっている。


 ミヤビはあれでいて、かなりの高等な悪霊……ではなくて式神だそうだ。


 ま、女狐には変わりがない。


 そして、一限の数学の授業が始まる。


 何事もなく授業が進み先生が黒板に問題を書くとミヤビを指名して解かせる。


 黒板の前で「ありゃー解けなかった」と笑いを誘う。


 次に指名されたのはわたしであった。わたしは数学が苦手であった。


 それでもと、黒板の前で考えるが解けない。


 ミヤビは道化の様にグッドと合図をする。


 わたしは大きく息を吐き、心を落ち着かせる。


 それからも、授業は続く。


 わたしはこんな事では揺るがないのにおせっかいな奴だ。


 そう、これがわたしの新たな日常だ。




わたしは自宅に帰ると凛正がリビングのソファーに横になっているのに気づく。


「エリカさん、水を一杯くれるかな?」


 明らかに体調が悪そうである。


 うん?


 銀鏡の刀が疼く……。


 嫌な予感がする。


 わたしはコップに水を入れて凛正に手渡す。


 凛正は一口飲むとよろよろと立ち上がり。自室に向かう。


 そうだ!ミヤビに聞いてみよう。


 わたしは携帯を取り出すとミヤビに電話をかける。


『ハロー、お呼びのようで』


 話の流れはわたしのマンションのベランダに来てくれるとのことに。


 電話を切りベランダに向かうとミヤビが手すりに座っていた。


「ちょっち、残念なお知らせだけど。聖痕こと銀鏡の刀は等価交換なの」


 やはり、嫌な予感は当たった。


「聖痕に選ばれし者は一番大切な人が悪霊になるの。エリカの場合は義理の弟さんらしいわね」


 ミヤビの言葉にわたしは絶句する。


 落ち着け。まだ、時間はあるはずだ。


「そんな、顔しないで、悪霊になっても、わたしみたいに式神として存在を保つ事もできるわ」


 ミヤビの言葉にわたしは銀鏡の刀をベランダから投げ捨てたくなる。


「等価交換の運命は変わらないわ。その銀鏡の刀に偽りはなく、悪霊を退治し続ければあるいは……」


『運命か……』


 絶句したわたしの最初の言葉が『運命』であった。



 そして、わたしは銀鏡の刀を抜刀して見入る。


「この刀はハナに例えよう、真に使いこなせば実がなり、わたしの運命を切り開くはずだ」

「ご名答、その銀鏡の刀は不完全、わたしもその『運命』が何処に有るかは分からないわ」


 ミヤビはベランダの手すりから降りて銀鏡の刀を見つめる。


 不意にミヤビの気配が無くなる。


 どうやら、帰ってしまったようだ。


 わたしは銀鏡の刀を鞘にしまう。


 そう言えば、ご飯がまだであった。わたしはベランダを後にして冷蔵庫に向かう。


 サラダと茹でてあるパスタがあった。


 インスタントのパスタソースをかけて食べ始める。


 サラダと一皿分のパスタを食べる終わると、わたしは自室に戻る。


 高校の課題をこなして布団に入ることにした。


 明日は早く起きよう。


 机の上に銀鏡の刀を置き、眠りにつく。


 朝、起きたのは何時もより二時間早かった。


 わたしは近くの公園に行き、抜刀して銀鏡の刀を眺める。


 勿論、剣術など知らない。


 そう、ここがスタートだ。

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