第21話

「あ、おばあちゃんからだ」




 朝、ポストを見に行くと、絵ハガキが届いていた。たくさん届いた書類に紛れて、おばあちゃんが水彩色鉛筆で描いた、カキツバタが一枚の小さな紙の中に咲いていた。




「カキツバタ好きだなあ、花言葉は、幸せはあなたのもの、とかだっけ」




 おばあちゃんはカキツバタが好きなのだ。見ていると幸せになれると、いつも絵に描く花はこの花だ。




「私はおばあちゃんを見ていると、幸せになることが出来るけれどな」




 私にとっての幸せ材料はおばあちゃんの笑顔なのだ。また老人ホームでお話ししたいなと、次の訪問が楽しみになった。




 そして、私は仕事を辞めた。おばあちゃんに会ってから、仕事に行くことはもうなかった。でも、それでいいのだ。やりたいことが出来たから。




「あ、請求した資料来た!ちゃんと見てから、出願しなきゃ」




 自分で請求した資料を急いで開けて、隅々まで読む。私が進みたい世界がそこにはキラキラと沢山あった。




「やっぱり調べた通り!まだ間に合うし、学費も安いや、大学にもいろいろあるじゃん」




 そう、私は大学に行くために資料を取り寄せたのだ。




「通信制なんて、知らなかった。調べればいろいろ道はあるんだね。有名大学だけが絶対だなんて、失礼なこと考えていたな」




 おばあちゃんと話をしてから、背中を押されて、思い切って仕事を辞めた私は、これからの為に、ネットでとにかく調べた。沢山圭太君にも電話をして、大学へ行く方法を教えてもらいながら、私は自分の道を探したのだ。そこで出会ったのが、通信制大学だ。




 毎日通う以外の大学なんて、知らなかった。本当にちゃんと勉強ができるのかとか、大丈夫なのかと、最初は疑問に思った。しかし、そんな疑問なんてすぐどこかにいってしまった。調べれば調べるほど、私が自分の生きたい道に進むための近道が載っていたのだ。




「働きながら勉強ができるわけだ」




 仕事をしながら、勉強をするのは大変だろう。家事だって、できていなかったのだから。でも、通信制なら大丈夫。そして、今度こそ自分が楽しいと思える仕事を見つけてやるのだ。そんな気持ちを持ちながら、私はやる気に満ちていた。今なら、なんだってできる気がしていた。




「私は児童心理学を学びたいのよね……これからの勉強のために、保育の補助員とかどうかな、パートで掛け持ちもいいかも。とりあえず、テストの日だけは休みやすいところ探さなきゃ」




 私は、自分の学びたい勉強と仕事を両立するために、調べながら、テレビを点ける。そこには、今年のセンター試験の情報を、ハキハキとしゃべる、ニュースキャスターがいた。




「頑張れ智花、私も負けない!」




 テレビを見てから、死に物狂いで勉強する智花を想像しながら、私も自分の道へ突き進む準備をした。




私の道はいくらでもあったのだ。




 そうだ、そうだとも。私にはまだ、沢山の道があった。終わりなんてないのだ。いつでもスタートできるのだ。周りだって、沢山頼れば教えてくれた。高校生の時は、一人閉じこもって、人生を諦めていたけれど、そんな殻は破れば抜け出せたんだ。




「昔は子供だったんだ」




――――ピーーンポーーン




 これからの為に、ワクワクしながら準備をしていると、インターホンが鳴った。




「宅配便で――――す!」


「はーーい」




 ガチャリと扉を開けて、対応した。急いでいたのか、印鑑を押すと、配達のお兄さんはバタバタと、すぐにいなくなった。そして、また、今月も野菜のたくさん入った荷物が届いた。




「お父さん……」




 また、届いたのだ。お父さんからの荷物が。




「迷惑だなんて言って、ごめんね」




 私は謝りながら、段ボールをバリバリと開ける。ガムテープで頑丈にくるまれた茶色の四角から、大きな野菜と一枚の封筒が出てきた。




「ん?手紙が入ってる……」




 今まで野菜だけだったのに、なんだろうと、急にドキドキしながら、封を切る。そして、その中には、こんなことが書いてあった。






『パパは元気です、心配しないでね。また野菜たくさん送っておきます。余計でしたらごめんなさい。体調には気を付けて。パパより』






 連絡なんて、家を出てから一度もできていない。お父さんは今、どんな気持ちで過ごしているのだろうか。




「ちゃんと、自分の道を進めたときに連絡をしよう」




 今連絡なんて、そんなことはしたくはない。




 だって、私は、お父さんが嫌いなのだ。だから、話したくもないし、会いたくもない。




 でも、わかったことがある。




 お父さんも辛かったんだ、きっと、大変だったんだ。仕事が辛くても、頑張って続けていたのだろう。休みながら働いていたのだ。




 私は働いて、気が付いたのだ。




 そして、今の私が思い出すお父さんは、高校生の私が思い浮かべるお父さんとは違っていた。




 私は実家にいた頃を思い出し、小さく呟く。




「下手だけど、ご飯作ってくれたっけ」




「焦げてるから、食べたくないなんて言ってごめん」




「服伸びちゃってたけれど、頑張って洗濯干してくれたよね、いつも怒ってしまってごめんね」




「掃除だって、下手すぎてゴミが残っていたけれど、毎日頑張ってたね」




「お父さん、ごめん、気が付かなくて」




「私、自分で、ちゃんとできなかったくせにごめんね」




「私、これから頑張るから。何があっても。だから、許してね」

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