第6話

「今日はT大学の合格発表の日ですね!今年はT大学を目指したAくんに密着しました。では、特集をどうぞ」




 今日は三月六日。朝からニュースはその話題ばかりだ。有名大学の合格発表の日に、密着取材のニュースだなんて、落ちていたら全国に公開処刑じゃないか。そんなことを考え、嫌な思考を回しながら、平日の休みをスタートさせる。




「みんな今どうしているんだろう」




 そして、卒業前のこの期間は登校日が少ない。だから、今は友達の様子がわからない。今日は何故だか友達にすごく会いたくなってしまった。私は寂しいのだ。今日くらい会いたいのだ。ぽつりと呟いてしまうのだ。




「お父さんからは何もなかったな」




 今日は大事な日なのに、また寝ていた。いや、お父さんからなんて何もなくていいのだ。忘れたまんまでよいのだ。そう、考えていると、突然、インターホンが鳴った。




――――ピンポーーン




 誰だろうか、こんな朝から。変なセールスだろうか。わからないが、朝からめんどくさいのは嫌だなぁと考えながら、とりあえず、私は玄関を開けることにした。




――――カチャッ




「愛、お誕生日おめでとう!これ受け取って!」




「智花……」 




 そこにはプレゼントを抱えた、智花が立っていた。




 驚きで顔が曇りから晴れに、一気に変化する。さっきまでの憂鬱な気持ちなんて、空の遠くのどこかに飛んでいっていた。




「お誕生日、おめでとうー!びっくりした?はいこれ、愛が社会人になっても困らないセット!」


「え?なにそれ?嬉しいんですけど!ありがとう……!ありが、とう……うぅ」




 私の目からは温かい大粒のかけらが落ちてくる。こんなにうれしい気持ちになるのはいつぶりだろうか。自分でも恥ずかしいくらい涙がこぼれてくる。




「忘れてるとでも思った?何があっても覚えているに決まってるじゃん!だから、泣かないの!」


「今日が誕生日なこと……忘れたいと思ってた……ありがとう。智花のおかげで、今日が誕生日になった」


「もう泣くなって、なんだそれ。今日は愛の大切な誕生日だわ。そこの公園ではなそうや!」




 智花は朝早くから、私を祝いに来てくれたのだ。私の事を忘れないでいてくれたのだ。




 私は涙を拭きながら、冬の公園へ智花と向かった。小さな木のベンチに座り、お互いの事を話し始める。




「あ、まずプレゼント開けて!はい、今開けて!」


「わかったって、進みがはやいよ。開けるね」




――――クシャクシャァ




 催促され、ピンクと透明のくしゃくしゃ袋に付いているリボンを引っ張る。こんなにもドキドキしていることが人生であっただろうか。プレゼントを開ける時のくしゃりと響く音を出しながら中身を取り出すと、綺麗な大人のメイクセットが姿を現した。




「こ、これ……ブランドのリップじゃないの?ほ、他にも良いやつがたくさん……智花これ……」




 かなりの値段がしただろう。高校生が友達に買うようなプレゼントではない。バイトをしているわけでもないのに。一個五千円はするのではないだろうか?それくらいのメイク用品が三つも入っていた。




「嬉しい?」


「うん、すっごく。でも、高かったでしょ」


「いいの。それはいいから。これで、バッチリメイク決めて、仕事バリバリこなしてよね」


「智花……お小遣い……かなり減ったでしょ……」


「もちろん。でもいいの。うちは裕福だし……うちのお金を愛にあげたいくらいだから」


「ありがとう……」


「でも、その代わりに約束してほしいことがある」


「約束?」




 とんでもないプレゼントの後には恐ろしい何かが待っているのだろうか。智花が何を言い出すのかと、ドキドキしながら待っていた。数秒、沈黙が続き、智花が口を開く。




「負けるな」


「絶対負けるなよ、私も負けない」




「智花……」




 智花は力強く、私に向かって言葉を放つ。冬の冷たい空気の中を、切り裂くように心から、私に投げ始めた。




「私はね、大学なんて行きたくないの。でも、お母さんは必ずT大に行きなさいって、小さい頃から私に教育している。逃げられない。反抗してもダメだった。気が付けば、反抗しようと思っても、それすらもできなくなった。勉強なんか嫌いだった」


「うん……」




 本当は知っていた。智花と毎日を過ごし、気が付いていた。あなたは勉強が嫌いで、今が苦しいことも。学校に来たくなくても頑張って来ていたことも。朝、家を出て、ゲームセンターで時間をつぶそうと試みたけれど、お母さんが怖くて結局学校に着いてしまったことも。私は全部知っている。




「今も嫌いよ勉強なんか。もう二度としたくない。でも、しなくてはいけないの。これからも逃げられないの。そして、私は今年の受験ダメだったから……」




 そう、智花はまた勉強をして、来年も試験を受けるのだ。知っていたが、卒業まで触れないつもりでいた。少しの沈黙の後、私は口を開く。




「智花はとっても頑張っているよ、知っているよ……」


「ねぇ、愛は私の事羨ましかったでしょ。なんで私じゃないのって。勉強こんなに好きなのにって」




 ストレートに言葉を投げられて、私は目を大きく開く。私の心の底の声を智花は感じていたのかもしれない。そんな風に思ったことは何回もあった。智花に対してだけではないけれど。




「……うん、すっごく。でも、とっても応援してた。今もしてる」


「そっか。応援してくれてありがとう。あんたは優しいよ。私はまだこれから勉強させられる。でも、負けないことにした。愛の分まで、私は頑張ることにした」


「人生、思い通りに行かないけれど、それでも、頑張った先はきっと明るいから。私はそう信じてる。だから、愛も負けるな。約束!」




 智花の眼差しは強く優しかった。




「うん。約束する。私も絶対に負けない。智花の分まで頑張るから……ありがとう。これから、頑張れそう。元気出た」




 私だけではない。そうだ、うまくいかないのは私だけではない。人が生きる数、いろんな人生の道がある。それが、必ずしも、全てマッチングしてくれるとは限らない。




 人生は簡単に進めるほど、楽な世界ではないのだ。複雑で、沢山の塞がれた道もあって、苦しいことも多い。でも、遠回りでもたどり着ける幸せはきっとある。私はそう信じることにする。そして、どんな道でも負けない。負けなければきっと辿り着く。それが、違う幸せだとしても。




「智花のおかげで素敵な誕生日になった、ありがとう」




「いいえ、お礼を言うのは私の方。愛がいるおかげで、私は頑張ろうと思えているよ、ありがとう」




 智花は私の事をずっと分かってくれていたのだ。本当は私の事を羨ましいと思いながら、過ごしながら、心配してくれていたのだ。私と同じように。




 だからこそ、私たちはこれからの未来を幸せに生きるための約束をした。どんなことがあっても、負けずに生きるんだ。




「また、学校で!残り最後の高校生活、楽しもうね!」


「うん!またね、智花!」




 卒業まであと一カ月。わたしは、少しづつ自分の進む道に希望を持てるようになっていた。

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