第5話
秋が過ぎて、あっという間に冬休みになった。学校への登校はしばらく無い。それが良いかと言われても、良いこともない。家にいることが、幸せでもないからだ。
「あれ、もう十時?会社は?」
リビングを覗くと、始業なんてとっくに過ぎているはずなのに、お父さんが寝転がっていた。そういえば、八時に朝ごはんのパンをかじりに二階から降りてきた時も同じ体勢で寝ていたのを見た。あれから二時間、ずっとこのままだったのだろう。
「……」
目を瞑って転がるお父さんは、聞こえているはずなのに返事をしない。
「ねぇ、聞いてる?」
私は少し苛立ちながら、問いかける。すると、さらに苛立ちが増す返事が返ってきた。
「行かない」
「い、行かないって……何回目?上司に連絡はしたの?」
「しない」
「しないって……」
連絡をしてないではなく、もはやしないというお父さんの休み方に私の怒りはふつふつと増していく。そもそも、なぜ仕事を休む。どうして簡単に休んでしまう。そう思うと怒りがドンドン膨らみ、心の中で収まらず、苦しくなっていく。
それも、今日だけではない。お父さんは仕事に行きたくないと思ったらすぐ休んでしまう。いつもいつも、どうして怠けるの。何回も言っているのに。家事はできなくても、仕事くらいちゃんと行ってよって。言っているというのに。それくらいは、我慢して頑張ってよって。
「仕事くらいちゃんと行きなよ」
「ごめんね」
「いや、ごめんねじゃなくて」
「ごめん」
「ねぇ、なんでごめんしか言わないの!ごめんじゃなくて直してよ!直さないと生活できないじゃん!」
「すぐに直せない……ごめん」
お父さんの言葉に我慢の限界がきていた。直さないくせに、ただ謝るだけ。毎日のイライラは沢山私の心に詰まっていた。私の怒りの塊は、蓋を押しのけ勢いよく溢れ出る。今までの全ての怒りが苦しく押し込まれすぎて、反動で飛び出ていく。
「お金稼がないと、生活できないんだよ?最近多く休みすぎなんだよ。昔からよく仕事休んでいるけれど、年々酷くなってるじゃん。せめて、私が安心できるくらいには仕事行きなよ。毎日毎日……休みばっかり増えてどうするの!」
「私は大学だって行きたかった、みんなみたいに今一生懸命勉強したかった。もっとやりたいことなんていっぱいあったの。でも、でも、全てを押し殺して生きているの!」
「ぐーたらぐーたら、いつまでするつもりなのよ!」
「起きてよ!起きなさいよ!」
私は抑えきれなかった。気が付けば涙で顔がぐちゃぐちゃで、視界は波打ってしまっていた。心の怒りは津波になって外に勢いよく流れ出る。声は震え、滲んでいく。
「こんな家に生まれてこなきゃよかった!」
「あんたは最低だ!」
私は視界が涙でハッキリしないまま、二階に駆け上がった。気が付けば自分の部屋にこもって、うずくまっていた。ドカンと感情的になったって解決などしないのに、今日は大人になれなかった。何を言ったって無駄なのに。今すぐ、大学生への道が開く解決策など無いのに。
「無駄なことをしてしまった」
「もう、夢は諦めた。それを掘り返したって悲しくなるだけ、やめよ」
涙を流し、鼻をズルズルとかみながら、気持ちを平らに落ち着かせる。海のような心の波は湖のように平らに戻していくしかない。いつまでも、こんな気持ちを抱えるわけにはいかないのだ。
「春からは、私は新しいスタートだから。道は少し変えられてしまったけれど」
別に、お金がないからって人生が終わったわけでもない。大学に行けなかったからって、道が全て閉じたわけでもない。
人生が思い通りにいかない時期が、私に早く訪れてしまっただけなのだ。
でも、悔しいもんは悔しい。
だからこそ、私はもっと私らしい道を探すしかないのだ。納得はできない。でも、たらればも言っていられない。
「新社会人の新しい世界で楽しんでやる」
私は強く前に生きようと決めたのだ。
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