第47話


 会長に生徒会の勧誘をされた日の夜、ベッドに横になって携帯をいじっているとメールが届いた。


 差出人は渡辺先輩から。

 そういえばあの人にメールアドレス教えたんだった。


 会長のインパクトが強すぎて完全に忘れてしまっていた。

 それにしてもそうか、僕は今日渡辺先輩を振ったんだ。


 ちょっと胸が痛むが、先輩のメールの内容を見て安心した。


『これからよろしくね!』

 その文字ともにグッドのスタンプも送られてきた。

 何がグッドかよく分からないけど。


 僕も改めて『よろしくお願いします』と打って携帯を枕元に置いた。


「はぁ……学園祭で会長のクラスに勝たないと、僕は生徒会に入ることになるのか」


 あの後冷静になって考えてみたけど、一年生が三年生に勝つなんて不可能に近いと感じてきた。


 まず違うのは経験の差。

 三年生はもう二回もスマイル橋進祭を経験している。


 実際に肌で感じた人たちと、パンフレットや過去の記事でしか見たことが無い一年生じゃどう考えてもそこに圧倒的な差ができる。


 それともう一つ。この学校の生徒たちが好む傾向のものを熟知している。

 一年生の好むものを完璧に把握していなくとも、昨年に学園祭を共に開催した二年生がいる。


 おそらくあの会長なら二年生の嗜好を把握しているだろう。


「あれ……? これ完全に詰んでない?」


 自然と口から零れた。

 会長がなんでこの戦いを挑んで来たかが分かった。

 でもあの場面で他の提案ができるとも思えなかったし、初めから僕は詰んでいたということか。


 ……いや、まだ諦めてはダメだ。

 スタートラインが劣勢でも後から追い抜いていく力があれば勝てる。


 というわけで早速先輩に聞こう。

 枕元に置いてある携帯からメッセージアプリを開いて、渡辺先輩にとある質問をする。


『渡辺先輩は心から愛している物はありますか?』


 まず一人でも先輩の好む傾向を知っておかなくては。


『北川心』


 数分後、渡辺先輩から返信が返ってきた。


 渡辺先輩……気持ちは嬉しいですけど、それは今じゃないです。


『食べ物でお願いできますか?』

『おはぎ』


 おはぎか……。確かに美味しいけども、一部の人からは人気でそうだけども、流石にちょっと和の要素が強すぎる。


 いや強くてもいいけど僕の一年一組のコンセプトが和とは限らないし、万人受けする物が欲しい。


 でも渡辺先輩はおはぎが好きなんだ。

 中々個性的な人だ。


『急にどうした?』

『いえ、先輩の好きな食べ物が知りたかっただけです』


 ……嘘を付いてしまい申し訳ございません。でも、学園祭で勝つために先輩から情報を手に入れようとしていましたなんて言ったら、それこそ怒られそうだった。


 嘘を付いてしまったお詫びに今度美味しいおはぎを奢ろう。そう決めた。


 やっぱり当然だけど万人受けする物がいいな。


 一部の人たちから人気が出ても、会長のクラスには到底勝てると思えない。


 ここはやっぱりそういうことに詳しそうな東雲しののめさんに聞いてみよう。

 ……と思ったけど、彼女は同じクラスだしいつでも聞けるからわざわざ連絡する必要はないよね。


 しかもこんな夜遅くに迷惑かもしれない。


 あと周りに聞けそうな人は……。

 ガチャリ

 学園祭考え事をしている時、自室の扉が開いた。


「兄さん、お風呂空いたよー」

「うん。ありがと――」


 そうだ。こんな身近に一人いた。

 お風呂が空いたことを伝えた楓が扉を閉めようとしたところで抑えた。


「に、兄さん? どうしたの?」


「楓、聞きたいことがあるんだけど」


「何?」


 扉を閉めるのをやめた楓は、廊下に立って僕を見た。


「楓って好きな物ある? これがなければ生きていけないよーってやつ」


「兄さん」


 楓も渡辺先輩と同じこと言うんだな……。


 これはもしかして僕の聞き方が悪いのか?


「そうじゃなくて食べ物とか」


「兄さん」


「兄さんは食べ物じゃありません!」


 ダメだ、楓に聞いた僕が馬鹿だった。


「真面目に答えるならクレープ」

「クレープか……確かにクレープが嫌いな人は少ないかも」


「なんでそんなこと聞いたの?」


「ん? それは……」


 なにその妙に赤い顔。何かを期待しているような表情は。


「楓との時間を増やすためかな」


「……どういうこと?」


「そのまんまの意味。じゃあお風呂入ってくる!」


「あ! 逃げるなぁ!」


 あながち間違っていない。

 学園祭で会長に勝利すれば楓と一緒にいられる時間が増える。

 直接的な意味ではないけど、嘘はついていない。


 楓に聞いて正解だったかも。女子にクレープ嫌いな子はいないだろうし、男子でもかなり人気がある。

 実際、町にあるクレープの屋台にはいつもたくさんの人たちが並んでいる。


 僕からの出店の案はクレープに決定。

 明日みんなに聞いてみよう。

 だけどクレープにおいて一つだけ心配な点がある。


 それは他のクラスと被るかもしれないということ。

 人気であるということは、それを狙う人たちも多い。

 運悪く他クラスと被ってしまった場合、面倒なことになりそう。


 それが唯一の心配な点だった。

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