第41話 妹の暴走ーー後編

 風呂場による楓の暴走は一旦治まった。

 まあ、僕が逃げ出してきただけなんだけど。


「兄さん、私はもう寝るからね。おやすみ」

「……う、うん。おやすみ」


 なんだ、普通に寝るのか。

 身構えていた自分が馬鹿みたいだ。

 流石に風呂場であんなに暴れたからもう気力が無いのかもしれない。


 濡れた髪をドライヤーで乾かして、僕も自分のベッドに入った。


 もしかしたら楓は先に僕のベッドで寝ているかもしれないと思ったが、それもなく楓はきちんと自分のベッドで寝ているようだ。


 なんで少し寂しがってるんだろう。


 いや、少しのぼせて思考がおかしくなっただけだ。

 いつも通りアラームをセットし、眠りに就いた。


 それから数時間後。

 ゴソゴソという音が布団から聞こえてきた。

 それにやけに体が重い。

 もしかしてと思い布団をめくると仰向けの状態で寝ている僕の上に楓がいた。


「楓、何をやってるんだ……!」


 今さっきまで熟睡していたので上手く声が出ない。


「今の興奮した兄さんなら私の寝込みを襲うかもって期待してたのに」


「襲うわけないだろ。僕たちは兄妹だぞ」


「兄弟だから何? そんなこと関係ない」


「関係あるだろ。犯罪だぞ」


「犯罪なんかじゃないよ。なんなら今ここで既成事実でも作っちゃう?」


「作りません!」


 よかった。喉の調子が戻ってきたみたい。

 眠気も今の状態で一気に覚醒した。


「楓は男が嫌いじゃないの?」

「男は嫌い。でも兄さんは好き」

「僕も男なんだけど……」

「兄さんは少し違う感じがするの。男とか女とかじゃなくて、根本的に何かが違う感じがする」


 ……もしかして僕が異世界から来たってことに気付き始めているのか?

 いや、僕が異世界人だと言うことはどこの証拠にもない。

 それにこの世界の人日糸からすれば、そんな非現実的なこと信じるわけがない。

 それがいくら楓でもあり得ない。


「楓、少し寝ぼけているんじゃないのか? 早く寝た方がいいよ」


「寝ぼけてなんかない。兄さんは一体何者なの?」


「僕は楓の兄さんだよ。それ以上でも以下でもない」


 そう言うと楓は安心したように微笑んで、再び抱きついてきた。


「そうだよね。兄さんは兄さんだよね」

「うん……」


 僕はいつか楓に、みんなに話さなければいけないのかな?


 僕はみんなと違って異世界から来た住民だってことを。

 別に異世界人とこの世界の人はなんら見た目の変わりない。

 世界観と魔法が有無するかどうかだけ。


 それとモンスターがいるかどうか。

 僕単体では本当にこの世界の人と全く一緒。

 でも妹は直感的に僕を何者か怪しんだ。


 たまたま……だよね?


「兄さんの心臓の音聞くと落ち着く」


「心臓の音なんてみんな一緒じゃないの?」


「違う。人によって変わるんだよ。お母さんと兄さんの心音も全然違かった」


「お母さんにもそんなことしてたのか……」


「私は兄さんの心臓の音が一番好き。琴葉さんや真矢さんとかのも聞いたけど兄さんの鼓動が一番好き」


「う、うん。そうなんだ」


 これは褒められているのかな……?

 まさか妹は心音フェチなのか?

 いや、まず心音フェチって何?


「私が好きな兄さんの鼓動。昔一回止まっちゃったことあったんだよ」


「……え?」


「中学生のころ、原因不明の病で突然倒れたでしょ? その時、一回兄さんの心臓の鼓動が止まったの。私は頭が真っ白になった。滅茶苦茶に泣き叫びながら兄さんに死なないでって言ってた」


「そうだったんだ……」


 自分の事のはずなのに別の人のことを話されているみたい。

 だから楓は僕にくっつくようになったんだ。

 それを恋だと勘違いしている可能性もある。


「楓は本当に優しいんだね」


「そんなことはないよ。兄さんの方が優しいよ……ねえ」


「何?」


「大好き」


 そう言うと楓は頬を赤く染め、唇を近づけてきた。


 ――そこから僕の記憶はない。


 朝普通に起きて、楓と普通に会話をしながら朝食を食べて、勉強をした。

 何度楓に昨日のことを詳しく聞いても全てはぐらかされてしまう。

 僕は楓とキスをしたのか、それともしていないのか。


 それが分かるのは楓だけ。

 しかし、楓は教えてくれない。

 つまりこのままいけば迷宮行きとなるのだ。


 でも考えたくない。

 妹とキスしてしまったなんて……。

 そんなのシスコンの粋を確実に越えてる。

 だから僕はキスしていないことに一票を入れてる。


 まあ、楓が握っている票は僕のたった一票になんて左右されない。

 キスをしているに投票したら確実に敗北。


 僕は夏休みの間、ずっと悶えていた。

 心の中でもキスした疑惑が消えないから。

 でもそれは考えても仕方のないことでもある。


 楓はしてもしていなくても今の関係のままなんだから。

 こうしてとんでもなく長く感じた夏休みが終了した。

 楓はいつも通り。二人きりになればくっ付いてくる。


 まあ、もう慣れてきたけど。


「楓ー! 学校行ってくるからちゃんと起きてね!」

「はーい!」


 楓はまだ中学生で一日だけ夏休みが長い。


 僕は今日から新学期なので、しっかりと制服を着こなし、学校へ向かった。

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