第40話 妹の暴走ーー前編


 それは家に帰ってきてから夕食を済ませ、僕がお風呂に入っている時だった。


 ガラガラッ

 お風呂の扉が開かれる音がして振り返ると、タオル一枚の楓が入ってきた。


 今日は珍しく僕に一番風呂を譲ってくれたと思ったら、こういうことだったのか。


「兄さん、今日は私が背中を流してあげる」

「え……その前になんで普通に風呂場に入ってきてるの?」

「だから兄さんの背中を流すためだよ」


 僕は即座に湯船に飛び込んで、隠さなければいけない場所を隠した。


「ほらほら、湯船から上がってください」


「嫌だよ、恥ずかしい!」


「なんで兄妹なのに恥ずかしがってるの?」


「そう言ってるけど楓だってタオル巻いてるじゃないか」


「……じゃあ私が取ればいいんだね?」


「そう言う問題じゃない! 僕にもタオル貸して!」


「もう、しょうがないなー」


 頬をプクリと膨らませて、脱衣所からもう一枚タオルを持ってきて僕に渡した。

 まさかとは思ったけど風呂場にまで来るなんて……。


「ほらお背中流してあげるから座って」


「本当にそれだけなんだね?」


「妹を信じてくれないの?」


「……わかったよ」


 そう言われると断りずらい。

 出会った時はこんな子だとは思っていなかったんだけどな。

 こうなったのも僕のせいだとか言われたけど、本当にそうなのかもしれない。


 それとも学校で猫を被っていることにストレスを覚えて、家でそれを発散しているのか。


 楓はタオルに石鹸をつけ、僕の背中を流し始めた。

 おお……これは思った以上に心地いい。


「兄さん、痒いところはない?」

「大丈夫。すごく気持ちいいよ」


「今日はごめんね?」

「どうしたの、いきなり」


 別に今日は楓が謝るようなことは起きていない。

 何の件で僕に謝罪をしてきているのだろう。


「私が普段学校で優等生ぶっているせいで三人にまで迷惑かけて」


 なるほど。そのことか。

 その件については楓は全く悪くないと思ってる。

 逆に学校で家のように怠けられている方が困るし。


「楓ならもうわかってると思うけど、僕たちは誰も楓に対して迷惑だなんて思ってもいないし、怒ってもいないよ」


「でも空気壊しちゃったよね?」


「まあ、はっきり言うけど今回のはあの同級生が悪いよ。時と場を考えていない。楓はあの三人のことをどう思ってるんだ?」


「嫌い」


「う、うん即答なんだね」


 でもちょっと安心した。

 楓にはちゃんとした人と人生を添い遂げてほしいから。


「学校にいる男子なんてみんな嫌い……あの猿ども。毎日毎日変な目で見て来やがって――」


「はいストップ! 楓さん、ダークサイドに落ちかけていましたよ!」


「あはは、ごめん。あいつら本当に嫌いなんだよね」


「そこまで嫌いなんだ……具体的には何をされるの?」


「イヤらしい目で見てくるわ、謎にボディタッチしようとしてくるわ、凝りもせず告白してくるわ何なのよ……」


 最後のはちょっと男子の子も可哀想に思えたけど、何となく楓が学校の男子を嫌う理由が分かった。


「でも男子ってことは女子は普通なのか?」

「普通なわけない。私が男子にモテるせいで陰口ばっかり。二人親友はいるけどその二人も可愛いからみんなから省かれてるの」


 可愛いから省かれるのか……美少女には美少女なりの苦労があるというわけだね。


 それが毎日続くなら家でぐうたらしたくなるのも分からなくもない。

 でも一番心配なのが表立っていじめが発生してくるか。


 今は陰口で済んでいるが、いずれ度を越えたいじめを受けてしまい上野さんのように人を信じられなくなること。


 上野さんと仲良くなるのは相当苦労したし、勉強ができていなければ今頃まだ彼女は一人だっただろう。


「その親友の二人はどんな子なんだ?」

「とてもいい子たちだよ。一人は、毎日影口を言われるのが怖くてびくびくしてるけど」

「可哀想に……」


 助けてあげたいけど、流石に楓の兄ってだけで横槍を挟むのはよくないし、ただの迷惑だ。


「本当に苦しくなったら相談してね?」

「うん。それは大丈夫」


 大丈夫そうには全然見えないが。 

 楓は学校のことになると急に暗くなるからなぁ。

 もうこの話は一旦やめよう。

 せっかく楓が背中を流してくれるって言ってることだし。


「おーい楓、手が止まってるぞ」

「……あ、う、うん。そうだね」


 楓はせっせとタオルで僕の背中を擦り始めた。


「兄さん、気持ちいい?」

「うん。気持ちいよ」

「じゃあこんなのはどう?」


 ピタッ

 何だこの感触は……。

 背中に何か柔らかいものと、狭い範囲だが少し硬いところが……。


「か、楓⁉ 流石にそれは――」


 楓は僕の胸元まで手を回し、抱きつく感じで僕の背中に柔らかくて大きな胸をくっつけてきた。


「待ってそれは流石に……」

「ほらほら、可愛い妹直々が直々に体を使って背中を流してあげてるんだよ? 気持ちいでしょ?」


 いやまあ気持ちいいってことに関しては否定できないけど、それは流石にやばい。


 お風呂の熱気のせいで体は既に火照っている。

 マズい……このままだと。


 楓の暴走に僕は終始振り回されっぱなしだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る