第39話 夏祭りの中止


 僕は一人で芝生に座り、上野さんに言われたことを考えていた。


 自分を見た方がいいってどういうことなんだ……?

 多分彼女に聞いても答えてくれないと思うし。

 僕は今日一日中、そのことを考えていた。

 結局プールに楓の同級生は姿を見せなかった。


 かなり目を光らせていたので間違いない。

 帰り道、電車に乗って自分たちの町に帰ってる時だった。


「え……」


 雅ヶ丘さんが驚いた様子で自分のスマートフォンの画面を見ていた。


「どうしたの?」

「心君、これ……」


 彼女の画面に表示されていたのは、今週に行われるはずだった祭りの中止の案内だった。

 理由は嵐が近づいてきているかららしい。

 なので祭りは九月に持ち越しだそう。

 まあ、嵐なら仕方がない。

 そんな危ない状況でやるわけにもいかないし。


「嘘……楽しみにしてたのに!」


 楓も楓ですごく残念がっていた。

 上野さんは……そこまで驚いていない。


「じゃあ祭りは九月にみんなで行こうか」

「そうですね。仕方ありません」

「そうだ、友達に連絡しないと」


 祭りが中止になったことで二人も忙しそう。

 そう言えば雅ヶ丘さんにあれをまだ渡していなかった。


「雅ヶ丘さん、これまた作ったから」

「これってもしかして……心君特製問題集ですか?」

「う、うん。そうだよ」


 ……そんな名前だったんだ。


「ありがとうございます! じゃあ私は残りの夏休みはこれに費やします」

「無理だけはしちゃだめだよ? 分からないところがあったら遠慮なく連絡してくれていいから」


 まさかここまで喜んでくれるとは思っていなかった。

 作った甲斐があったというものだ。


「ねえ雅ヶ丘さん。それは何?」


 興味深そうに問題集を覗く上野さん。

 彼女にはあまり必要ない代物だとは思うが。


「これは次回のテストで出るかもしれない問題を心君が厳選してくれた問題集です」


「……これを一から北川君が作ったの?」


「そうだよ。その問題集をやっていればちょっとはできるようになると思うよ」


「ちょ、ちょっと見せて」


「いいですけど……」


「ねえ北川君、どうして全部手書きなの? パソコンとか電子機器ないの?」


「あるけど……」


「兄さんは生粋の機械音痴だからね」


「楓は余計なこと言わない」


「いししっ、まだタイピングもロクにできないもんね?」


「いいの! これから頑張るから!」


 上野さんは、僕がタイピングができないと聞いた瞬間、物珍しそうな目で見ていた。


「北川君にも全くできないことがあるんだ……」

「私も機械音痴ってことは知ってましたけどそこまでとは」

「そりゃあ誰だって得意不得意はあるよ」


 逆に無いと思われていたのかな?

 どちらかと言うと不得意の方が多いと思う。


「兄さんは完璧そうに見えて意外とポンコツだからね」


「楓に言われたくない。そう言うんだったら家事の一つでも手伝ってほしいな」


「手伝うじゃん。洗濯物」


「僕が畳んだ服をタンスに入れてるだけは手伝ったに入りません」


「えー、ケチ」


 まったく楓は。屁理屈ばっかりだな。

 まあ、そういう手を焼くところが可愛いんだけれども。


「……もしかして北川君ってシスコン?」

「そうだよ、兄さんは重度のシスコンだよ!」

「勝手に決めつけないでくれるかな? 確かに楓は好きだけどそれは兄妹としてだよ。なんでそんなことを……?」


「なんか兄弟と言うより馴れ合い方がカップルだなぁ思って」

「そう見えてもそんな関係じゃないよ。ねえ楓」

「その割にはよく妹で興奮してるけどね」

「楓⁉」


 そう言えば楓ってこういう時僕の味方しないよね。

 もう大体わかってきた。

 それでもなんでだろう。楽しいって思っている自分がいることも事実だ。


 帰ったらまた楓に襲われるんだろうな……。

 しかも楓は祭りと言う唯一の用事があったのに、それもなくなった。

 ということは残りの夏休みは楓と一緒……?


 二人は勉強で忙しいだろうし。

 よく分からないが背筋が凍った。


「楓は北川君のことをどう思ってるの?」

「私? 兄さんは大好きですよ」


 そう言ってもらえて嬉しいが、兄妹愛にしては一線を越えているような気がするのだが。


「それは一人の男として?」

「もちろん!」


「……え?」


 質問を聞いた本人も、問題集を眺めていた雅ヶ丘さんも当然僕も一斉に楓の方を向いた。


「昔はただただ尊敬していただけだけど、最近の兄さんはかっこよすぎて――」


「う、うん! もういいや。北川君は聞かなかったことにしておいて」


 やや強引に楓の口を塞ぎながらこちらを見てきた。


「う、うん。聞かなかったことにするよ」


 きっと聞き間違いか何かだろう。

 そう自分に言い聞かせた。


 明日からまた楓と二人きり。


 帰り際、雅ヶ丘さんと上野さんに本気で心配されていたが、流石にそこまでのことは楓はしてこないだろう。


 おそらく、きっと。そうだと信じている。

 だが、僕の考えはたった一晩で打ち砕かれた。


 今日の晩の楓はいつもより積極的で、とにかくすごかった。

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