第36話 楓様……!?

 雅ヶ丘さんたちと食事をした日から三日後、僕たちはプールに行くため四人で電車を待っていた。


「うぅー手が痛い……」

「そりゃあ二日間ずっとペンを握っていたらそうなるって」


 楓はプールに行くため、二日間ぶっ通しで宿題をやっていた。


「なんで初日に終わらせないのよ」


「だって初日なんて体が動かないですし……がり勉の真矢さんには分からないですか」


「がり勉ではないわよ。ただ勉強しかしていないだけ」


「それをがり勉って言うんですよ」


 この二人は顔を合わせるたび口論し

かしないな。


 まあ、それほど話しやすい相手なのだろう。

 別に本当に喧嘩しているというわけではないので、あまり口は挟んでいない。


「でも多少は心君に手伝ってもらったんでしょう?」


「まあ、読書感想文だけですけどね」


「心君は何の本を題材にしたんですか?」


「僕はとある魔女のお話にしたよ。少しメルヘンチックだったから楓に合いそうだなぁって」


「楓がメルヘンチック……?」


 耳を疑うように上野さんは首を傾げていた。


「楓、家では怠惰だけど、学校では優等生らしいから」


「楓が優等生? 頭いいの?」


「学年一位ですけど何か?」


「え! すごい!」


 上野さんは本当にびっくりしていた。

 楓を学年最下位だとでも思っていたようだ。


 そして意外にも、元学年最下位の雅ヶ丘さんは勉強の事となるとそっぽを向いて硬直する癖がある。


 今も辺りを見渡すふりをして、会話から離脱している。

 ああいう部分が可愛らしくて面白い。


 笑うのは失礼なので、微笑ましくその光景を見ていた。 


 それから待つこと数分、電車が来た。

 電車に乗って約二十分くらいでかなり大規模なプールの施設がある町に着く。


 ショッピングモールがある町の隣の町にプールがある。


 僕のクラスメイト達も結構休み中に行くって言っていたので不安だが、まさかドンピシャに日付が重なることなんて早々ないだろう。


 それも初日とかならわかるが、こん

な平日の中途半端な日に。

 電車の中は比較的空いていて、プールるに行く道具を持っている人は数人しかいなかった。


「兄さん、妹に興奮して気絶したりしないでよ?」


「するわけないだろ。安心して」


「でも、前に私たちの下着姿見て倒れましたよね?」


「あれは……しょうがない」


「もしかして二人は、心君と行くところまで行っちゃってるの?」


 上野さんがガクガク震えながら聞いてきたが、勘違いしないでほしい。


「たまたま脱衣所に行ったら二人が下着姿で何かしていたんだよ」


「何かってなに?」


「二人でおっぱいの大きさを比べていたの」


「というかなんで家の脱衣所でそんなことしていたのかな……」


「兄さんは大きいおっぱいが好きだから」


 その瞬間、上野さんの目つきが変わった。

 あれは完全に獲物を狙うモンスターの目つきだ。

 それになんで上野さんの隣に座る雅ヶ丘さんは少し嬉しそうなんだ。


 分からない、目の前にいる二人は一体、どんな心境なんだ。


 上野さんは間違いなく怒っていると思う……。


「楓⁉ 嘘はよくないぞ、僕はそんなこと一言も言ってない!」


「えーでも、私がおっぱいを当てたら興奮して料理も洗濯も手についてなかったじゃん」


「……え? 心君、それ本当?」


 突然雅ヶ丘さんの目つきも変わった。


「あれは邪魔だったからだよ。興奮して手につかなかったわけじゃない。楓、頼むから勘違いされる言い方はやめてくれ、というか出来ればその話自体やめてくれると嬉しいんだけど」


「えーどうしよっかなー」


 四人で周りに聞かれたら即アウトな内容の話をしていると。


「あれ、楓さん?」

「やばっ! 楓様じゃん!」

「え⁉ なんでこんなところに楓さんが?」


 楓と同じ中学生と思われる男子三人衆が興奮した様子で騒ぎ始めた。


「な、なんで三人がここにいるの……?」


 なんだろう、先ほどまでの愉快な表情はどこかに消え、焦った様子を妹から感じ取った。


 それにしても楓さんならまだ理解できるけど、楓様って……。


「こんなところで何をしてるんです

か、楓様?」


「きょ、今日は兄さんとその友達でプールに行く予定で……」


「プール⁉ ちょうど俺たちも行くんですよ!」

「マジかっ! 楓様の水着……でゅへっ」

「あぁ……もう俺死んでもいい」


 ……何なんだこの男子は。


「ねえ楓さん、よかったら僕たちとも泳がない?」

「え、いやその……」


 楓がかなり困った様子。

 何かあの三人とあるのか? 別に虐められてるってわけではなさそうだ。

 現に楓のことを、さんや様付けで呼んでいるし。


「ねえいいでしょ⁉ お願い!」

「……で、でも」


 楓が助けを求めるように僕に視線を送ってきた。 

 僕は無言で頷いて、三人に尋ねた。


「ごめん……君たちは楓のクラスメイトかい?」


「あ? あんた誰だよ、なんで楓様の隣に座ってるんだ?」


「楓さん、この人誰?」


「だから、この人が兄さん」


「……え! か、楓さまのお兄様? 初めまして僕は楓様と同じクラスの田中と申します」

「あ、ずるいぞ! 俺は佐藤です、よろしくお願いします」


 この子たち……明らかに楓の兄とわかった瞬間態度を変えてきた。


「あのーすいません。楓は今日、私たちと遊ぶ予定をしているので」


雅ヶ丘さんも楓の様子を感じ取ったらしく、話に入ってきた。


「別にいいだろって……おい、奥の二人も滅茶苦茶美人じゃねえか」

「やばい、興奮してきた」

「お前それはやばいって!」


 うん。会話丸聞こえ。

 聞こえないように小さい声で話しているつもり何か知らないが、興奮しすぎてボリュームの調整ができていない。


 当然それを聞いた雅ヶ丘さんたちはゴミを見るような目で三人を見ていた。


「じゃあ僕たちも今日は混ぜてくださいよ!」

「一緒に遊んだほうが楽しいですって」

「そうですよ!」


 すごいなこの子たち。なんて度胸なんだ。

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、上野さんが三人をギロリと睨んだ。


 相手は中学生だし、あまり強く言いすぎないように止めようとしたが、遅かった。


 ごめん、田中君と佐藤君とあとはまだ名前聞いていない子。今回は君たちが悪いと思う。

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