第35話 兄さんの時だけ顔が赤くなる

 雅ヶ丘さんと上野かみのさんを家に招き入れ、玄関から妹を呼んだ。


「兄さん、シャキシャキ君は……」


「ほら、買ってきたよ」


「あ、ありがと。なんで琴葉さんが来てるの?」


「今日学校で雅ヶ丘さんと会ったんだよ、なんでかなー?」


「な、なんでだろうね。それと……」


 楓は上野さんをじーっと見ていた。


「……すごい綺麗な人」


 楓の口からぽろりとそんな言葉が零れた。

 まあ、わかる。雅ヶ丘さんくらい美人だ。

 というか僕のクラスの人たちも上野さんが可愛いことは知っていたし。


 影のクラスのアイドルとか言っていた人もいた。

 でも仏頂面で怖いから、話しかけられる人がいないんだよね……。


 唯一クラスのアイドルで話しかけられるのが東雲しののめさんなんだよね。


「この人は上野真矢かみのまやさん。僕のクラスメイトだよ」


「どうも。上野です」


「どうも北川楓きたがわかえでです。それで、真矢さんは兄さんのどこに惚れたんですか?」


「――ブフォッ」


 喉が渇いたので、冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んでいると楓がとんでもないことを聞いた。


「な、何をいきなり……」

「惚れたからうちまでひょこひょこ来たんじゃないですか?」


「そんなわけないでしょう! 第一、男なんてただの性欲の塊じゃない」


 上野さんって男子のことそんな風に思ってたんだ……。


「大丈夫ですよ、兄さんには性欲はあっても理性がそれを上回っているので」


 それは褒められているのかな? 

 というか根本的に、初対面なのに失礼だろ。


「こら楓、変なこと聞いちゃだめだろ」

「でも上野さん顔赤いよ?」

「そういう体質なだけだよ。それより楓は食器の準備して」

「そういう体質ねぇ……くししっ」


 楓は上野さんを見て不敵な笑みを溢した。


「雅ヶ丘さんといいよく顔赤くなるんだね、兄さんの前では」


「――楓、あとでその無駄に大きい乳を上野さんに移植するから覚悟しておきなさい」


「……ご、ごめんなさい」


 相変わらず雅ヶ丘さんは怖いな。

 楓もよく立ち向かえるな。

 怖いもの知らずってやつなのかな。


「心君、私たちも料理手伝いましょうか?」


「いいよ、お客さんなんだからゆっく

りしていて」


「そう言うことなら……」


 すると既にソファーでぐったりしている楓が聞いてきた。


「兄さんって素麺作ったことは?」

「もちろんないぞ」

「……し、心君。私もやっぱり手伝います」

「私も手伝うわ。私もかなりの頻度で自炊するから」


「ごめん、客人なのに手伝わせちゃって」


「気にしなくていいですよ」


 雅ヶ丘さんも上野さんも料理がとても上手だった。


 雅ヶ丘さんは前にお弁当を食べさせてもらったことがあるので知っていたけど、まさか上野さんまで料理上手だと思っていなかった。


 上野さんって面白いし頭もいいし、さらに料理上手なんてすごいな。

 そりゃあ陰で三番目のクラスのアイドルなんて言われるのも確かだ。


「兄さんが上野さんを変な目で見てる……」


 楓がキッチンから顔をひょっこりと出し、僕を凝視していた。


「北川君……?」

「見てないよ、変な目で見た事なんかないよ!」

「変な目でってことは見てはいたんだ」

「まあ、尊敬するなぁ……と思って」


「そ、そう。いいからしっかり見ていなさい!」


 素麺ってそこまで難しい料理じゃないよね?


「上野さん、顔赤いよ?」

「料理できない子は座ってて」

「……は、はい」


 雅ヶ丘さんだけでなく、上野さんにまでああ言えるのか。


 もう楓のコミュニケーション能力は人智を越えているような気がしてきた。

 そして三人で素麺を作ること十分。

 ようやく夕食が完成した。


 楓に食器を運ぶのを手伝ってもらい、四人で素麺を食べた。


「四人で食卓を囲むのなんて何年ぶり?」

「さぁ、でも久しぶりだね」


 本当はよく変わらないけど、適当に答えておく。


「普段は二人きりで家にいるの?」


「うん。父は早くに亡くなって、母さんは仕事で忙しいから」


「……そうなんだ。北川君も大変ね」


「母さんに比べれば大したことない

よ」


 楓も年上の知り合いが二人もできてうれしいのか、今日はテレビを点けずに話していた。

 家では普段僕しか話し相手がいないから、お姉ちゃん的存在ができて嬉し

いのだろう。


「そう言えば心君、渡したい物があるんです」


 夕食を食べ終わると、雅ヶ丘さんが何かを思いだしたようで、鞄をあさり始めた。


「これ、みんなで行きませんか?」


「これって……夏祭り?」


「はい。まだ一週間以上先ですけど、早く聞きたかったので」


「僕は大丈夫だよ。上野さんは?」


「わ、私も?」


「当たり前だよ。それとも来れない?」


「行けるけど……いいの?」


「もちろん」


「私は友達と約束があるから行けない」


「そうか。でもその前に楓は、宿題を終わらせるんだぞ?」


「うん。あ、でもプールには行けるよ?」


「プールはどうする? 割引券ちょう

ど四枚あるから上野さんと四人で行かないか?」


 僕は秘かに割引券を集めておいたのだ。

 でも念のため一枚多く獲得しておいてよかった。


「上野さんは水着ある?」

「一応あるけど、いつ行くの?」

「みんなの予定が合う時でいいよ、僕と楓は基本特別な用事は無いから」

「じゃあ、プールの予定はメッセージで話しましょう」


「うん。そうだね、もう遅い時間だし。ふたりとも、僕が送って行こうか?」


「大丈夫よ、子供じゃないんだから」

「私も流石にそこまでしてもらう必要はないです」


「そっか。じゃあおやすみ」

「「おやすみなさい」」


 二人は隣同士仲良く帰っていった。

 上野さんと雅ヶ丘さんも仲良くなれてよかった。


 あと問題は……。


「兄さん、一緒にお風呂に入ろうぞ!」


「入りません。毎度毎度誘ってくるんじゃないよ。お風呂から出たら言ってね」


「連れないなー」


 ブツブツ言いながら楓は風呂場へ向かっていった。


 さて、その間に問題集を作ってしまうか。


 机に座って、中断していた問題集の制作をスタートした。

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