第33話 大きいおっぱいと小さいおっぱい

「ここの部分をこうすればいいんじゃないかしら?」


「つまり公式をここに当てはめれば……できたっ!」


 上野さんと難問を解くこと小一時間、ようやく全て解くことができた。


「流石全国模試の問題集だね、レベルが違う」


「そうだけど、私の分からないところもほとんど解いてたじゃない」


「最後の一問は上野さんがいてくれたから解けたんだよ」


「そ、そう。ならいいけど……」

「顔赤いよ?」

「あ、暑いのよ今は夏だし!」

「そ、そうだよね」


 なぜか急に怒りだした。


「でもこんなことなら僕なんか呼ばずに解説を見ればよかったんじゃ……」


「ダメよ。……こういうのは身近な人と解くのが大事なの」


 そういう物なのかな……。でも確かに、解説を見るよりも二人で協力して解いたほうが楽しかったし、かなり頭に入ってきた。


「これでもう分からないところはない?」


「ええ。もう後は自力で解けるわ、ありがと」


「うん。役に立てたならよかったよ」


 勉強道具を片付けて、教室を出ようとしたとき。


 ブゥゥゥン

 鈍い羽音が窓の方から聞こえてきた。

 黒い光沢の甲冑を着た虫が教室に入ってきたのだ。


 うん。あれはカブトムシだ。

 暑いので窓を開けていたんだ。


「きゃあぁぁ⁉」

「ちょ、上野さん⁉」

「虫嫌い!」

「大丈夫、カブトムシだから!」

「無理ぃぃぃ!」


 上野さんは脱兎の如く椅子から跳ね上がり、僕に飛びついてきた。

 これは想定外の事件だ。こういう時に限ってなんで僕は、薄着を着てきてしまうんだ。


 彼女のそこまで大きくない胸……ゴホンッ! 慎ましい胸部が背中に密着する。


「だからカブトムシだって! 多分無害だよ!」


「虫がダメなのぉぉ!」


 カブトムシは二人きりの教室内を縦横無尽に飛び回り、窓から出て行った。


「……か、上野さん? もう虫は消えたけど……」


「ほ、ホント……?」


「うん。だからもう大丈夫――ッ⁉」


「北川君? どうしたの、真っ青な顔して――ッ⁉」


 虫が教室から出て行ったのを確認して閉めようとしたとき、反射した窓から教室の入り口が見えた。

 誰かが入り口に立っている。

 スカートを穿いているから女子生徒なのだろう。


「心君……? 楓から心君が学校に行ったと聞いたから来てみれば、ずいぶん楽しそうなことをしていましたね?」


「や、やあ。雅ヶ丘さん……あのね、これには深いわけが」


「ふふっ、大丈夫ですよ。私は話を聞かずに怒ったりはしません。訳をしっかり聞きましょう」


 笑ってはいたが、彼女の表情は完全に怒っている。


 というかなんで楓は雅ヶ丘さんに言ってしまったんだ。


 まるで三者面談のような形に机の配置を変え、弁解の時間が始まった。


「僕たちはまず問題集を一緒に解いていたんだ。そしたら虫が入ってきて……」


「入ってきて? なんですか?」


「わ、私が大の虫嫌いでね、慌てて北川君に飛びついた……じゃなくて北川君を盾にしたの!」


「上野さん⁉」


 上野さんはドヤ顔でこちらを見てくるが、それかなり苦しい言い訳だからね! 

 それに人によっては人を肉壁にした最低な人ってなるし。


「そうですか心君を盾に……あの、上

野さん?」

「は、はい!」


「それで言い逃れができるとでも? 私は確かにあなたが心君に抱きついている光景を見ました。そして、その限りなくゼロに近い胸を押し当てているのを見ました」


「か、限りなくゼロ……ッ⁉」


 なんでだろう。上野さんが可哀想に思えてきた。


「み、雅ヶ丘さん。本当に今回は事故だったんだよ。だから上野さんもわざとじゃないし虫が嫌いな人ならあの状況は怖いと思うよ?」


「……心君がそこまで言うなら」


 よかった。なんとか事は穏便に済みそうだ。

 ……そう思ったのが間違いだった。

 ここから上野さんの反撃が始まった。


「というか雅ヶ丘さんはなんで学校に来たの?」


「私は心君の妹から心君が学校に行ったからって……」


「それで何? もしかして北川君に会いたかったのかしら? 夏休み中会えなかったから会いたくなっちゃったんだ」


「そ、それは……!」


 おお、すごい。形勢逆転だ……って何観戦しているんだ。早く止めないと。


「認めたらどうかしら? 北川君に一刻も早く会いたくて、汗をかくほど全力で来ましたって」


「ち、違うのよ。汗は……暑かったから」


「いいじゃない、早く認めちゃいなさいよ。楽になりなよ」


 ……僕は一体何を見せられているのだろう。

 二人が刑事と犯行を認めない容疑者に見えてきた……。


 そう思った時、聞き覚えがある羽音が窓の方向から聞こえてきた。


 ……これはもしかして。

 ブゥゥゥン! 


 事の発端であるカブトムシが違う窓から再び入ってきた。


「ちょ、なんで全部閉めてないのよ⁉」


「ご、ごめん!」


 雅ヶ丘さんが来たから一枚しか閉められなかったんだ。


「「きゃあぁぁ⁉」」


 なんだ、雅ヶ丘さんも虫は苦手らしい。

 まるで怖がり方は瓜二つ。


 その光景に思わず笑っていると、二人は勢いよくこちらに迫ってきた。


「ちょ、ちょっと二人ともストップ!」


 ドガンッと重い音が立ち、衝突した。


 中々危ない態勢だったので、僕が下敷きになり二人を庇った。


「だ、大丈夫二人とも?」


 ムニュッ

 ……ん? なんだこの感触。

 僕の両手が何か柔らかいものを掴んでいる。


 片方は手に収まるくらいで、片方はとても大きい。


 この瞬間、僕は確信した。

 ……終わった。


見事僕もカブトムシが嫌いになった。

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