第32話 妹の加速する嫉妬

 特に大きな出来事もないまま、夏休みは残り半分になった。


 宿題を既に終わらせ、休み明けのテスト対策も無事終了した僕は、雅ヶ丘さんのために問題集を作っていた。


 次のテストで出題されそうなところをピックアップし、制作に励んでいると。


「おはよう兄さん」

 後ろにあるベッドから楓の声がした。


「もう二時だよ? それより宿題は大丈夫なの?」


「まだ残り半分あるし、大丈夫でしょ! そう言う兄さんは終わったの?」


「とっくに終わってるよ。今は雅ヶ丘さん用に問題集を作ってるんだ」


「ふーん。ずいぶん琴葉さんには優しいんだね」


「彼女は勉強熱心だからね。それに一度あの笑顔を見せられたら、また頑張ってほしいんだ」


「あの笑顔って赤点回避できた時の?」


「そうだよ」


「私は毎回学年トップだよ?」


「逆にどうやったらそんなに勉強できるようになるんだよ」


「授業を聞いていれば余裕なのです」


 自頭はいいはずなのに、なんでもっと頑張らないんだ。

 でも授業はしっかり聞いてるみたいだし、そこまで僕が首を突っ込む必要はないみたい。


「そう言えば夏休み終盤に親と三者面談じゃないの? お母さんに言った?」


「うん。その日は有給取ってくれるら

しい」


「それはよかった」


 話しながら手作業でどんどん問題集を作っていく。


 前回のような付け焼刃じゃなく、今回は余裕をもってテストに臨んでもらいたい。


 ピコンッ

 そんな時、僕に一通のメールが届いた。

 差出人は上野かみのさんだった。


「誰からのメール?」


「クラスメイトだよ」


「女子? 可愛い?」


「まあ、可愛いよ」


 なんで毎回そんな質問をしてくるのか謎なんだけど、答えないと拗ねてしまうので答えるようにしている。


 思春期の女子が拗ねると色々と面倒なのだ。

 特に北川家の家庭は。


 上野さんはどうやら苦戦している問題が多々あるから教えてほしいみたいだ。


 確か彼女が勉強しているのは次の休み明けのテストではなく、九月に行われる全国模試の勉強。


 約二か月前からテスト勉強とは、流石全国トップ十。


「ちょっと兄さん出かけてくるから、いい子にしてるんだよ」


「そのメールの主と遊ぶの?」


「遊ばないよ。勉強するんだ」


「勉強するって言って雅ヶ丘さんとはイヤらしいことしてたじゃん!」


「あれは誤解だって知ってるだろ⁉」 


 それに上野さんはそんなことする人じゃない。

 ……僕はそう思っている。きっとそうだ、大丈夫。


「私心配だよ……兄さんがどこか行っちゃいそうで」


 急にすごく落ち込んでしまった。

 こうなった時は慰めないと楓は立ち直らない。


 だからそっと頭を撫でてあげる。

「大丈夫。必ず楓の元に帰ってくるから」


「本当……?」


「うん。じゃあ行ってくるね」


「わかった。帰りシャキシャキ君買ってきてね」


「わかったよ。宿題やっておくんだぞ」


 そう言って扉を閉めた。


「どこか行っちゃいそうってそういう意味じゃないんだけどな……」


 楓がそう言っているのをギリギリ耳にした。

 どこか行っちゃいそうってそういう意味じゃないのか? ダメだ、まだ日本語を完璧に把握できていない自分がいる。


 おかしいなー、女神から日本語は理解できるようにしてもらったんだけど。


 楓が最後に呟いた言葉の意味は深く考えなかった。

 ただそっと記憶の片隅に置いておくことにしたのだ。


 待ち合わせ場所はなく、集合場所だけ指定された。

 集合場所は橋姫中央高校。

 つまり僕らの学校の教室だ。


 聞いたところによると学校は夏休み中はずつと自由解放しているらしい。


 別に喫茶店とかでもよかったのに、上野さんらしい。


「ごめん、待たせちゃって」


「別に私は朝からいたからいいけど……」


「朝からいたの⁉ やっぱりすごいなぁ、上野さんは」


「そ、そう? すごい?」


「うん。すごい!」


 上野さんは褒められると嬉しそうに頬を若干赤くする。


 というか休み中なのに制服で来てるんだ……。

 僕はシャツに短パンという軽い服装で来てしまった。

 しかし、彼女はあまり服装などはあまり気にしないよう。


「早速なんだけど、私が分からない問題をチェックしといたから、解いてもらえないかしら?」


「いいけど……五教科で十問もないよね?」


「十問は多い方よ。全国模試は一点でも落とすと順位が何百位も落ちる過酷なテストなの」


「そ、そうなんだ……」


 瞳孔に炎が見えるくらい彼女は燃えていた。

 そんな彼女に頼られているんだ、喜んで引き受けよう。

 彼女が一点でも多く取れるように僕も頑張らなくては。


 分からないところは付箋で印をしてあるのですぐに見つけた。


 まずは数学を解いてみるが……。

 何これ、難しすぎる。

 学校の定期テストとはレベルが違う。


 知恵を振り絞り、試行錯誤して考える。


 その問題は証明の問題。

 一応数学の単元の中では苦手な方だけど、諦めずに解いた。


 これが全国十位の頭脳でも難解の問題……流石としか言いようがない。


 しかし、なぜか分からないけど上野さんと難問を解く時間は、とても楽しく感じてしまった。

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