第二章 アツアツ夏休み編

第31話 妹と二人きりの日

 夏休み初日。今日は用事も特にないので、部屋の掃除や休み中の宿題をしたりして過ごしていた。


『楓の入室禁止!』


 でかでかとそう書き殴られた紙が、僕の部屋のドアに貼られている。


 もし入ったらなでなで禁止という制約を独自で結んだ。


 妹はそのせいで若干不機嫌。


 現在僕はソファーで洗濯物を畳んでいる。


 時刻は午前十時。

 この時間にやっと楓が起床してきた。


 せっかくの夏休みなのであまり注意はしないが、流石に十時は遅すぎじゃないか?

 昨日は夜中までゲームの音うるさかったし。

 だが一番注意しなくてはいけないのは――。


「楓、今洗濯物を畳んでいる最中だから抱きつかないでもらえるかな?」

「断る」


 部屋を出入り禁止にしてからというもの、僕が部屋から出るとこのようにべったりくっ付いてくるのだ。


「あのー楓、兄さん困ってるんだけど……」

「知るか」


 不機嫌なのは確かだ。

 こんな風に抱きつかれると困るので、注意するとすごい辛辣な返答が返ってくる。


「これ以上抱きついてるならこれも禁止にするよ?」

「ダメだよ。絶対」

「……わかったから、邪魔はしないでね」


 そして毎回、僕が先に折れる。

 諦めたことを確認した楓はこれ見よがしに抱擁を強くし、顔をこすりつけてくる。


 だんだん楓の行動がエスカレートしていっているような気がするのは僕だけだろうか。


 いや、これは絶対におかしい。

 この世界の兄妹って普通こんな感じなのかな? 


 まあ洗濯物が畳めないってほど邪魔はされていないので放っておこう。

 ……やりにくいのは確かだけど。

 しかし、楓の攻撃は抱擁だけじゃ止まらない。


 素早く次から次へと畳んでいると――。


「うわ⁉ か、楓……下着は別にするって約束じゃないの?」

「知るか」


 思春期の女子中学生の下着が何枚も積み重なって出てくるのだ。

 それを僕は本人がいる目の前で畳まなくてはならない。


 もういっそ本人にやらせようとも思ったけど、母に家事は僕が全部やると言ってしまった。

 約束は守らなくては。


 今日も今日とて妹の下着を畳む。 

 こんなにたくさん洗濯する必要ないだろって思うくらい何枚も選択してある。


 おそらく楓が洗濯機の中に放り込んだんだな。

 目を瞑って畳みたいが、それだと不格好になってしまうのでそれはできない。


 この妹よく考えている。

 部屋の入室禁止をした結果こんなことになってしまった。


 だけど自分から言った以上、そう易々と撤廃はできない。


 でもやめるまでは楓の悪魔の所業は繰り返される。

 それに自分の下着が兄に触られてるのにどこか嬉しそうなのは何なんだ。


 ……って待てよ。楓はそこまで下着に気を使うタイプじゃない。

 確か持っているのは七枚か八枚くらい。

 ここには八枚ある。

 上部の下着も全部ある。

 毎日洗濯をしているのでこれくらいは覚えた。


 ということは……今楓は穿いていない⁉


「楓お願いだから一度離れて下着を穿いて!」

「嫌だ」


 中学生とは思えない大きくて柔らかいものが背中に擦りつけられる。


「ちょっと、楓――」

「なあに、兄さん?」

「それは流石にやばいから……!」

「何がヤバいのかなぁ?」


「……わかった! わかったから、部屋は自由に出入りしていいから!」

「本当⁉ やったぁ!」


 そう言うと僕から離れてくれた。


「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った」


「妹のおっぱいで顔真っ赤とは、とんだ変態だね兄さんは」


「楓がそんなことするから悪いんだろう」


「じゃあ私残りの洗濯物畳んでおくよ。兄さんは休んでて」


「そ、そうさせてもらうよ。流石に力が入らない……」


 ソファーにぐでっと寝転んで呼吸を整える。


 これ以上エスカレートしたらその内一線を越えてしまいそうな気がしてな

らない。


 ダメだ、それだけは何としても……!


 ……でも今は疲れた。少し休もう。


 そのまま僕は深い眠りに就いた。

 目を覚ましたのは夜の七時。

 十時ごろに寝て起きたのが七時……⁉ 


 やってしまった。いくら楓の件で疲れたとはいえ、流石に休み過ぎた。

 そう言えば楓の朝食も昼食も作っていない。 


 飢え死にしていないだろうか。まあ、半日程度じゃしないだろうけど。

 お腹を空かせていないだろうか。


 勢いよく階段を上り、楓の部屋に入る。 


 しかし、妹の姿は無かった。

 ……もしかしてと思い、自分の部屋に入ってみると。


「や、やっぱりいた……!」

「ん、ああ兄さん。起きたんだね」


「楓も寝ていたのか……」

「うん。兄さんの布団に入ったらあっという間に」


「そ、そうか……」


 ツッコミたいけど今は抑えよう。


「それよりお腹空いていないか?」


「うん。昼食は自炊して食べたから」


「楓が自炊……⁉」


「驚きすぎ! これでも私は家庭科の評価5だよ!」


「すごいなそれは」


「それより兄さん、もう少し寝たい」


「夕食は?」


「いらない。ほら、布団入って」


「……はあ、今日だけだからね?」


「うん!」


「じゃあその前にお風呂沸かしてくる」


「行ってらっしゃい!」


 ……楓に好かれた男子は大変だろうな。


 頑張ってくれ、楓の想い人。

まあ楓に好きな人がいるのかは知らないけど。


 お風呂を沸かしに行く途中で、そんなことを思っていた。

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