第30話 雅ヶ丘さんの母親

 重いトートバッグを持ちながら歩くこと約三十分。


「着きました、ここが私の家です」


 雅ヶ丘さんの家は一般の家よりも一回り大きい一軒家だった。

「大きいね……何人家族なの?」

「今は三人ですが、父は出張で母と二人です」


「二人でこの家か……」


「昔はひいおじいちゃんなどもいたのですが、もう今はいなくて」


「そっか……それはごめんなさい」


「気にしないでください。さあ、中へどうぞ」

「お邪魔します」


 お洒落なドアを開けると中は豪華で、廊下にシャンデリアが置いてあった。

 やっぱりお金持ちだったんだ。


 トコトコと奥から誰かが来るのが分かる。

 まあ、大体は先ほどの話を聞く限りわかる。


「あら琴葉、お帰りなさい」

「ただいまお母さん。今日はお友達を連れてきたのだけれど……」

「まあ! 琴葉にお友達⁉」


 自分の娘が家にお友達を連れてきたことにとても驚いている。

 おそらく一度も無かったのだろう。


「初めまして北川心です。いつも雅ヶ――琴葉さんにはとても優しくしてもらって――」

「あらっ! 男の子⁉ しかもイケメンだしカワイイ!」


「あ、あの……」

「さあ上がって心君。こちらにいらっしゃい」

「あ、ありがとうございます」


 容姿はとても雅ヶ丘さんと似ているのに、性格が対照的で明るくて気前がいい人。

 もう一度言う。性格は似ていない。


「琴葉もお茶出すの手伝って」

「は、はい」


 もっとクールな人だと思っていたので正直意外だ。

 でも本当に若く見える。

 失礼だが僕の母親よりも絶対若い。


「後はお母さんがやっておくから琴葉は着替えて来なさい」

「わかった」


 雅ヶ丘さんの自室は二階にあるようで、階段を上って行った。 

 その間僕は雅ヶ丘さんのお母さんと二人きり。


「ねえ心君。今日はどうして家にいらっしゃったの?」

「琴葉さんの教科書などの持ち帰りを手伝っていたので」


「あのトートバッグ……?」

「はい」

「――重たっ! これ全部琴葉の⁉」

「は、はい」


 なんと雅ヶ丘さんの母親――雅(みやび)ママはトートバッグを持ち上げようとしたが、結局持ち上がらなかった。

 これを持ち上げられる女性はあまりいないだろう。


「あの子なんて重たい物持たせてきたのよ! 大丈夫だった? 肩壊れてない?」


「は、はい。確かに重たかったですけど大丈夫です」


「本当にごめんなさいね……でもあの子、人に頼るようになったんだ……」


 雅ママは申し訳なさそうな顔をすると同時に、とても嬉しそうな表情をした。


「それってどういうことですか?」


「あの子は今まで見た目は成長していても、中身は変わらなかったの。ずっと孤独で友達は一人もいない。別に友達と過ごすうえで性格に難があるというわけじゃないの。でもああ見えて臆病で目立つのが嫌いな性格だからいつまで経っても進歩出来ていなかった……そんな琴葉に遂に友達ができたことが嬉しくて」


「琴葉さんは僕に自分から話しかけてくれたんですよ。僕はつい最近橋高に来たばかりで、右も左もわからないところを助けてくれたんです。だから琴葉さんにはものすごく感謝しているんです」


「心君……本当にありがとう」


「それは僕の台詞ですよ」


「それで、いつ籍を入れる予定なの?」


「…………へ?」


「ですからいつ籍を――」


「ちょ、ちょっと待ってください! いきなり何を言うんですか⁉」


「何がですか?」


 先ほどまでの素晴らしい雰囲気は今の一瞬で消し飛んだ。


「ちょっとお母さん! いきなり何を言ってるの⁉」

 すさまじい勢いでドアが開かれ、顔を真っ赤にした雅ヶ丘さんが入ってきた。


「あら、もしかして今の話盗み聞きしてた……?」

「い、いやそれは……その……うん」

「いけないんだぁ」

「そんなことより心君に変な質問しないで!」


「変じゃないわよ。親としては当然の質問よ?」

「違う! まだ早いでしょ!」

「まだ……? まだね、わかったわ」

「……っく。やられた」


 一体僕は何を見せられてるんだ。

「じゃあ私はこの辺でお暇(いとま)させていただきます。あとは若い者同士でゆっくりしてください」


 すぅーっと消えるようにリビングから出て行ってしまった。


「お、面白いお母さんだね」

「面白くないですよ、恥ずかしい……」


 案外彼女が拗ねるところは初めて見たかもしれない。


「それより、あの事は本当なんですか?」


「あの事って……?」


「私にその……感謝してるっていう」


「うん。感謝しているよ、ありがとう!」


「……私もその、心君にはとても感謝しています」


 今までにないくらい顔を赤らめて、僕の隣に腰を下ろした。


「心君のおかげで私は今幸せなんです……」


 ゆっくりと僕の手に自分の手を重ねてきた。

 ちょっとこれはマズいんじゃないのか?


「ふふふっ、そのままキスしなさい。いやもういけるとこまで行っちゃいなさい」


 興奮気味に荒い吐息を吐きながら雅ママがドアの少しの隙間からこちらを見ていた。


「もうお母さん!」

「あら、バレてたのね」


 ……た、助かったぁ。

 もしあのまま流れに乗せられてたら本当にキスまで行っていたかもしれない。


 雅ママは救世主だ。

 対して雅ヶ丘さんは涙目で母親を責め立てていた。


 雅ヶ丘さんの家に来て、一面どころか三面くらい、彼女の新しい部分を見れた気がした。

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