第27話 電車内でキスはするものしゃない


 上野さんが帰ってから十分後。


「兄さん、お待たせー」

「ごめんなさい、ちょっと時間がかかってしまい」


 二人は中くらいの紙袋を持って出てきた。

 どうやら無事に水着を購入できたらしい。


「気にしてないよ。それより気に入った水着は買えた?」


「うん。買えたよ」

「私も買えました」


 それなら僕も待っていた甲斐があった。


「兄さんを待たせちゃったから、次は兄さんが行きたいところ行っていいよ」


「ありがとう楓。じゃあ……」


 とは言いつつ行きたい場所が無いんだよな……。

 二人に合わせる感じで来ていたので、自分が行きたいところを考えていなかった。


「じゃあ……ご飯でも食べようか」


「兄さん、行きたいところ無かったんでしょ?」


「……あははっ」


「兄さんはもう少し我が儘を覚えた方がいいよ」


「いやいや、僕はご飯を食べたいと思っていたんだ。それじゃあのファミリーレストランでも行こうか」


「別にいいけど……本当に行きたいところ他にない?」


「特にないかな」


 三人でレストランに入り、席に着いた。


「ファミリーレストランなんて久しぶりだなぁ、ねえお兄ちゃん!」

「そ、そうだね。久しぶりだね」

「私ももう何年振りでしょう、こういうところに来たのは」


 二人とも久しぶりに来たらしい。

 もちろん僕は初めて来た。

 ファミリーレストランと言うだけあって家族が多いのかと思ったら、意外とカップルや友達と来ている人も多い様子。


 しかし、よりによって一番中央の席に案内されるとは……。

 どこもかしくもから視線を感じる。

 当然二人は気にしていない様子だが。


「兄さんは何頼む?」

「僕は――」


 こうして周囲の視線に耐えながら、僕は昼食を食べた。

 そのあとはゲームセンターやら映画館などに行き、有意義な時間を過ごすことができた。

 かなりたくさん遊んでしまった。


 楽しかったが、結構歩いて回ったので疲れた。

 前世ではこれとは比にならないほど毎日歩いていたのに、鈍ってしまったかな……。

 機会があればまたトレーニングでもしようかな。

 時間は四時。僕たちは明日今学期最後の週なので、早めに帰ることにした。

 雅ヶ丘さんは歩いて帰るみたいで、僕たちはショッピングモールで別れた。


 今は楓と二人で電車に乗っている。

「ねえ兄さん。聞いてもいい?」

「どうしたの?」

「夏休み、一緒にプール行こうよ」

「プールか。うん、いいよ」

「へへっ、ありがとう」


 こうしてみるとホント可愛い妹なんだけどな……。

 朝に迫って来たり、料理中胸を押し当ててきたりする子だなんて誰も思わないだろう。


「兄さん、もうどこかに行かないでね」

「……ん? それってどういう――」


 よく楓の言っている意味はよく分からなかったが、ただの寝言か。

 今日一日遊んで疲れたのか、僕の肩に頭を寄せて寝てしまっていた。


「兄さん……」


 本当に寝ているんだよね? 狸寝入りじゃないよね?

 軽く頬っぺたをつんつんしてみるが、反応がない。

 普段ならこれだけでも敏感な肌を持っている楓は飛び上がるのだ。  


 本当に寝言なんだな……。


「――楓⁉」


 楓の指が僕の手に触れ、絡ませてきた。

 俗に言う恋人つなぎのような握り方。

 無意識で男にこんなことしちゃだめだろ。


「兄さん……」


 楓はずっと寝言で僕を呼んでいる。

 一体どんな夢を見ているのだろうか。

 絡ませてきた手を振りほどくのをやめ、今は楓の好きにさせてあげた。

 とはいえ傍から見れば完全にカップルだな。


 別に顔立ちが似てるわけでもないし、歳がそこまで離れているわけでもない。

「本当に血は繋がっているんだよな?」


 少し心配になった。

 本当の妹に少しドキッとしてしまった自分がいるからだ。


「兄さん……」

「ははっ、まだ言ってるのか。兄さんはここにいるぞ」


 優しく頭を撫でる。

 すると楓はほっこりした表情をして抱きついてきた。

 これは流石にマズイ。


 しかもかなりの人から見られてる。


「おい楓。起きて」


「う、うーん……兄さん?」


「もう少しで家だから離れてほしいんだけど……」


「おはよう兄さん」


「おはようじゃなくて」


 ダメだ、完全に朝だと思っている。


「兄さん……! チュッ」

「か、楓――⁉ 今は家じゃない、電車の中だ……!」

「へ……ッ!」


 眠気から一瞬で覚醒した妹は顔を真っ赤に染め、大人しく僕から離れた。


「……兄さんの馬鹿」

「馬鹿は楓だよ、しばらく僕の部屋には入室禁止だからね」

「そんなー……」


 楓は明らかにショックを受けた様子で顔に影を落としてしまった。


 まあ、その内僕に興味はなくなるだろう。


 それまで待てばいい話だ。


 僕たちは兄妹なんだから。

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