第26話 上野さんとの遭遇


 電車に乗って向かった先は先週来たばかりの、大型ショッピングモール。

 休日の昼間ということもあり、前回来た時の倍以上は人がいた。


「うわ……前回でも多い方かと思ってたからこれは流石に」


「人がゴミの様ですね」


「雅ヶ丘さん、その言い方はやめた方がいいと思います」


 でも本当にたくさんの人が行き来している。


「楓、はぐれないように気を付けてね」


「じゃあ昔みたいに手をつなぐ?」

「いやぁ……それはちょっと」


 恥ずかしいし、それに何より雅ヶ丘さんの視線が痛い。

 今回は楓もいるので雅ヶ丘さんも腕は組めないし、しっかりはぐれないように注意しておかないと。


「兄さん、もうすぐ夏休みでしょ? 水着買っていい?」


「うん、いいよ。水着売り場ってどこかな……」


「確か三階だったと思います。先ほど店内の地図に書いてありましたし」


「雅ヶ丘さんも水着買う?」


 質問するとなぜか彼女は顔を赤く染めた。

 僕、何か変なこと言ったかな?


「そ、そこまで心君が水着を見たいと言うのなら……」

「それは言ってないよ⁉」


「ふふっつ、冗談ですよ。私も水着はスクール水着しかないので買いたいです」

「じゃあ琴葉さん、行こう」

「ええ」


 ……ああ見ると僕と楓が兄妹と言うより、雅ヶ丘さんと楓の姉妹に見えてくる。

 あの二人は美人同士だし。

 テクテクと歩いていく二人の後ろを付いていく。


 さて、三階の水着売り場に着いたのだが……ここだけ熱気が違くない?

 若い女性たちが一堂に集まって水着を選んでいる。

 夏休みに向けてなのか水着の争奪戦が始まっていた。


「二人とも、これは流石に……」


「兄さん、行ってくる」


「え⁉ 行くの⁉」


「心君、私も行ってきます」


「雅ヶ丘さんまで⁉ ……ま、まあ止めはしないけど。ゆっくりでいいからね」


 焦ると危ないし、せっかくの水着ならちゃんと悩んで決めた方がいい。

 ……あの戦場に悩んでいる余裕があればの話だけど。

 二人は拳と拳をぶつけ合い、戦場へと向かっていった。


 普段あんなに面倒ごとが嫌いな楓と、大人数がいる場所が苦手な雅ヶ丘さんが自らの足へ死地へと踏み込んでいった。


 一体あの二人を動かす原動力は何なんだろう。

 そこまでして水着を見せたい相手がいるのだろうか。

 まあ、二人とも女の子だし好きな人くらいいて当然か。


 彼女たちが水着を選んでいる間、僕はフルーツジュースを買って近くの椅子に座って待った。

 おそらく水着売り場はレジも混んでいるので、多少時間はかかるだろう。

 そのままストローを咥えながら通り過ぎる人たちを観察していると。

 人混みの中に一人、見覚えのある子がいた。

 その子は僕に気が付いていないのか、僕の目の前の椅子に座ってため息をついていた。


「まったく……だから人がたくさんいる場所は嫌いなのよ」

「やっぱり、上野(かみの)さんだよね?」


「――ひぃ!」

「あ、やっぱり上野さんだ」


「……き、北川君?」

「うん。こんにちは」

「……どうも」


 返事してくれたー! 普段どんなに返事しても返してくれなかったからとても嬉しい。

 何だろう。なぜかものすごく達成感を感じる。


「上野さんはここで何をしているの?」


「お、親に偶(たま)には外で遊んで来いって追い出された」


「はははっ、いい親御さんだね」


「北川君は一人なの?」


「いや、妹と雅ヶ丘さんと来てるけど、今はいないんだ」


「……そう」


 なんかぎこちないな……。

 せっかく話せるチャンスなんだから何かもっと話さないと。

 そう思っていたが、話題を振ってきたのはなんと上野さんの方からだった。


「北川君は……疲れないの? そんなに毎日女子たちに巻き込まれて、男子には恨まれて」


「僕は全然疲れないよ……っていうと嘘になるかな」


「やっぱり疲れるの?」


「うん。でも僕の場合は嬉しい疲れなんだよ」


「……嬉しい疲れ?」


 キョトンとした顔で首を傾げる。


「うん。みんなといっぱい話したり、友達とふざけ合ったりして疲れる、それが嬉しい疲れ」

「……北川君は少し変わってる」


「それは上野さんもだと思うよ。余計なお世話だと思うかもしれないけど、僕は上野さんと仲良くなりたいんだ。他の人に変わりはいない、ただ一人の上野さんと」


「私と……?」


「うん。だから友達になってよ」


 持っていたフルーツジュースを左手に持ち替え、空いた手を彼女に差し伸べる。


「…………い」

「ん? ごめん聞こえなかった」

「わかんない! ……ちょっと考えさせて」


「うん。僕はいくらでも待つから、いつか教えてね」


「……やっぱり北川君は変わってるよ」


 そう言って彼女は帰っていった。


 ふと彼女を見た時、頬が赤くなっていた。 


 暑い中引き止めちゃって悪いことしたな……そのまま僕は楓たちを待った。

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