第24話 妹は朝から兄に迫る


 あの後、夕食を食べて雅ヶ丘さんが帰宅した。


 彼女はテストが終わったばかりにも関わらず、勉強をしていた。

 夜、次のテストに向けてわからない所をメールで質問されたのだ。


 それに比べ楓は受験生なのに遊び惚けて。

 そろそろ僕も楓の勉強を見た方がいいかもしれない。


 そう思いながら眠りに就いた。


 その翌日。

 ジリジリジリッ――。

 いつもと変わらず、耳に響く金属音が激しく部屋中に響き渡る。


 音のする方向へ手を伸ばそうとするが、なぜだろう。力が入らない。

 いや、力が入らないというより、腕が痺れている?


「すう……すう」


 一定の間隔で寝息が聞こえてきた。

 それはちょうど僕の右腕の方。


 ジリジリジリッ――

 目覚まし時計が早く起きろと鳴り続けている。


 しかし、僕の右腕には妹の楓が寝ていたのだ。

 楓は寝ぼけながら、音のする方向に手を伸ばし、ノールックで目覚まし時計を止めた。


 自分の部屋でもないのにあそこまで正確に時計の位置を把握しているとは、逆に恐ろしい。


 それにしてもなんで楓が僕の布団に寝ているんだ?


 寝ぼけて寝る部屋でも間違えたか。


「おーい楓、朝だぞ」


「う、うーん……すう」


「おーい。起きてよ」


「ん? ああ兄さん、おはよう」


「おはよう。それで、なんで楓は僕のベッドで寝ているんだ?」


「夜這い」


「は⁉ 何を言って――」


「はははっ、冗談だよ。昨日は兄さん

と寝たい気分だったから」


 朝からとんでもない発言をしているのにも関わらず、この呑気っぷり。

 少しは楓を見習おうかな。


「あー、よく寝た。兄さんのベッド気持ちいいね?」


「楓も同じベッドでしょ……」


「そうだったねー。じゃあ私は顔洗ってくる。じゃあね、兄さん」


 そう言うと楓は、僕の頬にキスをした。

 いや待って。

 キスをしたとかなんで僕はそんなに冷静なんだ……?

 妹にキスされてるんだぞ? それももう思春期の。


「か、楓? 本当にどうしてしまったんだ?」


「だってさあ、兄さんはまだ学校に通い始めて日が浅いから油断してたけど、もう近くに女の気配を感じたからこれからはもう悠長なことしてられないって思えたの」


「ごめん、言っている意味がよく分からない……」


「つまり、これからは覚悟してねってこと」


 楓はそう言うとベッドから起きて、僕を一瞥し不敵に笑った。

 今は夏場なのにとてつもない寒気が背筋を駆け巡った。

 僕の安住の地までもが危険にさらされてしまったかもしれない。


 起きたばかりだからか、朝から楓にあんなことをされたからなのか知らないが、体中が重い。


 そのままゆっくりとベッドから起きて、朝食の準備をした。

 朝食はいつになく喉の通りが悪かった。


「はぁ……今までの楓に戻って欲しい」


 いや。別に今の楓が嫌いというわけじゃない。

 というか何があっても妹は嫌いにならない。 

 だけど、毎日あんなことされたら流石に心身ともに参ってしまう。


「これからどうすればいいんだ……」

「お、悩み事かな?」


 駆け足で僕の隣について、話しかけてきたのは。


東雲しののめさんか。おはよう」


「おはよう。元気ないねー、珍しい」


「ちょっと朝から妹と色々あって」


「兄妹喧嘩かー。少し憧れちゃうなぁー」


 喧嘩ってわけじゃないけど……詳しく聞かれても困るからそういうことにしておこう。


「私にもお姉ちゃんがいるんだけど、クールビューティーってやつなのかな? 私には無頓着って感じであまり接する機会が無いの」


「そうなんだ……」


 そんな姉妹もいるんだ。

 もし妹があんなに騒がしくなく、何もかも自分でできる子だったら……僕は少し寂しいな。


「ねえ、それよりさ」


「うん、どうしたの?」


「心君って琴葉と付き合ってんの?」


「――は⁉」


「……なにその反応。なんで驚いてるの?」


「ぼ、僕なんかと雅ヶ丘が付き合うわけないでしょ」


「そうかな? ……あのね、私の友達に心君のこと気になってる子がいて、私たちも観察してたんだけど毎日ずっと一緒にいるからどうなんだろうって。それに校内でもかなり噂が広がってるよ?」


 一体どこからどう見たら僕と雅ヶ丘さんが付き合っているように見えるというのだ。


 僕にそのことを言うのはいいが、雅ヶ丘さんが僕と付き合っているなんて虚言をされたら確実に嫌がるだろう。 

 僕たちは一緒に勉強をしていただけなのに。


「その噂は嘘だよ。あまり雅ヶ丘さんに迷惑をかけないようにしたいんだけど……」


「迷惑……? なんで?」


「だって嫌でしょ、僕なんかと付き合

ってるなんて嘘情報流されたら」


 すると彼女は何かを察したような笑みを溢した。


「ははあん。もしかして心君は気付いていないの? 雅ヶ丘さんの様子を見ても気付かずにいるんだ」


「気付く……? 一体どういうと?」


「やっぱりか。これは少し面白くなってきた!」


「え、ちょっと東雲さん⁉」


 東雲さんはそう言うと一人で走って学校へ向かっていった。


 一体あの人は何がしたかったのだろう……。


 不思議に思いながら、今日も上野かみのさんに振る話題を模索していた。

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